45.5 ある姉弟といふモノ
仲はあまり良くないです?
レム――その他二名が愉快な(?)会話を広げている最中。
この一角だけは空気、と言うか雰囲気が違っていた。
「……イチ」
「久しぶり、と言っても良いかな、レアリア・ルーフェンス……姉さん」
最後の『姉さん』は周りの誰にも聞こえない程の大きさで呟かれ、レアリアは僅かに表情を曇らせた。
「イチ、私は――」
「貴女が言いたい事は分かっているつもりだ」
「ならっ――」
「だが、折角書いた手紙、届ける事が出来なかったみたいだな?」
「それ、は……」
「まああれを無事届ける事が出来てたのなら、こんな細々とした事態になってなかったはずだから、依頼は失敗と言うことか」
「細々とした、事態……?」
「そう。貴女があの手紙を届けてくれていたのなら、今頃はちゃんと戦争に入っていたはずなのに……」
「なっ!? 話が違うっ!! イチ、アレは誤解を解く……起きそうになってる戦争を止めるためのモノだって――」
「誤解? 誤解も何も、愚姉のネルファが己の欲望の為だけにリリアン姫を攫ったのは本当の事。ならば弁解のしようもないだろう?」
「っ、でもそれは――」
「ほんと、やれやれだ。折角、あのW.R.五位『戦姫』がいないうちに戦況を有利になんて考えていたのだが、中々うまくいかないものだな。おまけに興味深くはあるが余計な邪魔も入るし……まあ思った以上にカトゥメの軍隊が役立たずだったと言うのが分かっただけでも僥倖か。全く、あの愚王ももう少し兵の育成をちゃんとしておいてくれればいいものを」
「……イチ、私にはイチが何を言ってるのか良く分からない」
「良く? 状況を理解していないと言うよりも理解したくない様に見えるぞ?」
「……」
「実際、結構貴女の“実力”だけは買ってたつもりなのだがな? 理解力と戦闘力を含めた、だ。だがそれでもまだ分からないと駄々を捏ねるのなら、それはこちらの見当違いだったと言う事になる。
が……当然、違うな?」
「っ……」
「まあこちらとしては貴女の考えなどどちらでもいいんだが。だが依頼を完遂出来なかったのならば報酬は無しと言う事になる」
「わた、私が言いたいのはそんな事じゃないっ!!!!」
「どの道、報酬と言ってもどうせ払う事など出来はしなかったのだろうけれど?」
「っっ、それは、どういう……」
にっこりと、ヒト受けしそうな爽やかな笑顔で――だが目の内だけは決して笑っておらず、見るモノをその甘い微笑みと強い意志のこもった瞳で虜にしてしまうような、そんな笑顔をクィックは浮かべていて。
近寄ってくるクィックにレアリアは動く――もとい、逃げ出す事が出来なかった。
直前まで近寄ったクィックは他の誰にも聞こえぬ様、レアリアの耳元でほんの少しだけ甘い声色で囁きを漏らす。
「でもね、姉さん。この程度の仕事も碌にこなせないって、なんて無様なんだい? とても……半分とは言え同じ血が流れているとは思えないよ」
「……」
「高が手紙を届けるだけ。アルカッタに手紙を届けて、そこで殺されてくるだけの本当に簡単な仕事だったって言うのに、何でこんな簡単な事も出来ないかな?」
「……それ、は――」
微笑みを浮かべながら、不思議そうに首を傾げるクィック。そこに悪意は――少なくとも読み取れる悪意は存在しなかった。
ただ純粋に、何でこんなん簡単な“お使い”も出来ないのかと不思議がっているだけ――直前の言葉さえなければ、少なくともそう見えただろう。
「それは、どういう意味なの、イチ?」
「どういう意味? 姉さんが想像している、その通りの意味だよ」
「っっ」
「少しは役に立って死んでくれれば――そうすればようやくこの汚らわしい血とも少しはお別れ出来るかな、と思っていたのだけれど……やれやれ、中々うまくいかないね?」
「……イ、チ、私は」
「“私は”? それでどうする? いっその事、ここで騙された仕返しでもしてみる?」
「……」
「そうだね。無駄な努力、何もしない方が賢明だ。そして――っっ!?」
瞬間、レアリアに向けて伸ばしかけていた手をひっこめて、大きく後ろへと飛び退るクィック。
――直後。
キュ、ルルルルルルルルルゥゥゥゥゥ
一匹の真っ赤な飛竜が二人の間を通過した。
「「な、飛りゅ――」」
だが二人が飛竜の存在に驚きを示すより先、より大きな驚愕が二人の意識をそちらに割いた。
――死塵と化せ、デッド・エンド
それはまるで地の底から響いてくるような静かで重い声だった。
そして生まれる、圧倒的な黒い塊のナニか。存在するだけで……離れていると言うのに遠くからソレを見ているだけで心の奥底より恐怖心が湧き上がってくるのが分る。
それが、頭の上に「?」を浮かべて何が起きているのか良く理解していないっぽい、一見冴えない男の頭上へと――直撃した。
「っ、レムッッ!!??」
レアリアが上げた叫び声は、だが周りの轟音にかき消されて何処にも届く事はない。まるで純粋で圧倒的な“力”の前にはヒトの子など、どう足掻こうと無力な存在でしかないかと言っているようで――
「ふっ、くっ……はっ、はははははっ、はははははっ、凄いっ、凄いじゃないかっ!!!!」
「っ、イチ!! 何が可笑しいのよ!?」
「? ……あぁ、いや何。想像以上の“力”だったものでな。思わず取り乱してしまっていたみたいだ。それよりも確か……レム、とか言ったか? 面白そうな人材だったがあれでは流石にどうにもならないだろうな。少し、おしいな」
「惜しい? 惜しいって――!!」
「? それよりも何をそんなに……ああ、もしかしてあのレムとやらは姉さんの恋人、いや好きな人か何かだったとか?」
「そんなことあるわけないじゃない!! ただのご主人様よ!!」
「……あの男、以外と手が早かったんだな。でも……ご主人様か、姉さんってそう言う趣味があったんだ、知らなかったよ」
「っっ!? あ、や、い、今のはそう言う事じゃなくて!!」
「まあ姉さんがどんな特殊な趣味を持ってようと……余り近寄らないでくれるか、ヘンタイ?」
「ちょ!!?? そっ、それは誤解――」
と、弁明しようとしたところでレアリアは、そしてクィックの二人とも、再び別の事に意識をとらわれる事になる。
「ふはっ♪ ふはははっっ♪♪ ふはははははは、げほげほっ、……うぅ、慣れない事は余りするものではありません」
二人が向けた視線の先には――高笑い(?)する赤い幼女の姿があった。
…………むぅ。結局遅れた。