ど-451. 精神統一、です
……微妙におかしい、いやいつも通りか?
「心を落ち着かせるのです。精神統一です」
「……」
「さすればすべてが視えてくるでしょう。さすればすべてが受け入れられるでしょう」
「……」
「さあ、あなたも一緒に、れっつ精神統一」
「……少々、やり過ぎてしまいました」
「そこのあなたも一緒に精神統一を如何ですか?」
「と言うよりも旦那様? 何をなさっておられるのでしょうか?」
「見て分かりませんか? 精神統一です。心を無にしているのです。この世で最も素晴らしい、全てのしがらみから解き放たれる行為です」
「……コレはまた、随分と旦那様らしくない言葉をお吐きになられる」
「私らしくない、ですと?」
「そもそも旦那様がご自身の事を“私”などと言う現状に激しく違和感があるのですが」
「それは悲しい事です。ですが私は目覚めたのです、悟ったのです。と、言う訳でさあ、あなたも一緒にれっつ精神統一」
「お断り致します。精神の統一をする必要もなく、私の想い、行為、決意には微塵の揺らぎも御座いませんので」
「おぉ、それは素晴らしい事です」
「いえ。それ程でも。……こういう場合は確か斜め四十五度、でしたでしょうか?」
「? 何をなさっておられるのです?」
「いえ、お気になさらず、旦那さ――まっ」
「……ふむ」
「なっ、避けられた!?」
「危ないではありませんか。私が精神統一で一切の雑念を捨てていなければ危ない所でした。精神統一、やはり素晴らしいことです」
「……何か変なスイッチでも入れてしまったのでしょうか?」
「変なスイッチなどではありません。私は! 世の心理に辿り着いたのです!!」
「世の心理に辿り着く? コレはまた異なことを仰いますね、旦那様」
「……異な事、とはどういう意味でしょうか?」
「何も。そのままの意味ですが? 旦那様が世の心理に辿り着くなどと、実に馬鹿げた事を仰っております、と申し上げたに過ぎません。やはり旦那様は少々……いえ、大変お疲れの様子ですね」
「そのような事はありません。私は今、心も体も、何もかもが全てから解き放たれたような清々しさでいっぱいなのですから」
「……これ以上何を言っても今の旦那様には無駄である、ですか。ならば――最終手段を使うしかありませんか」
「ふむ。どのような手段に訴えてくるのかは知りませんが、私に暴力は効きませんよ?」
「それは先の件で存じております。ならばこうするまでの事――……旦那様、お手を拝借」
「?」
「ぁんっ」
「って、お前はいきなり何してんだよ!?」
「……旦那様このような場所で急に胸を揉むなど、大胆です」
「いや揉んでないから! つかテメェから押しつけておいてそれは一体何のつもりだ!?」
「……その割には未だ私の胸から手を放さないのは何故でしょうか? あと指も動いておりますが、旦那様?」
「おっと。何の感触かと思わず確かめてたのを忘れてた」
「その割には凝視しておられますが?」
「気の所為だ」
「左様で」
「ああ」
「では――無事お戻りいただいたようでなによりに御座います、旦那様」
「無事?」
「いえ、何でも。こちらの事ですので旦那様はお気になさらず」
「いや、気にするなって言われても……お前、また俺に何か変なことでもしてたんじゃないだろうな?」
「いえ。滅相も御座いません。そのような事実は一切合財、何処にも存在すらしておりませんとも」
「……ほんとか?」
「はい、旦那様に誓って」
「いや、俺に誓われても困るんだが……」
「……――私、ではなく旦那様が変な事をされていたのですが、まぁ方便でしょう」
「ん? どうかしたか?」
「いえ。何でも御座いません。それよりも旦那様?」
「あん、何だよ?」
「お疲れではありませんか?」
「疲れ……? あれ、そう言えばなんか異様に気がだるいな、と言うか、……? 俺って今まで何してたっけ?」
「旦那様、今は余り深い事をお考えにならずに、お休み下さいます様」
「あ、ああ。それもそうだな。取り敢えずは疲れてるっぽいから休むのが先決か」
「はい」
「ん、じゃあそうさせてもらうけど……あ、そうだ」
「……何でしょうか、旦那様」
「や、お休みって言い忘れてただけだけど、どうかしたのか?」
「いえ、何でも御座いません。では旦那様、お休みなさいませ」
「ああ、お休み」
「……、……さて、証拠物品の隠滅を――」
……タマシイの叫び。
ダメっす。なにも思いつかなかった。