まつり(前)
唐突に、描きたくなった。
とある街の街外れ――そこに一組の男女の姿があった。
一人は老若男女誰もが目と言わず心を奪われるだろう、くすんだ銀髪の絶世の美女……何故かエプロンドレスを着ていたりするが。
もう一人は、一見普通そうに見える男。……それ以外取り立てて目立つような個所はない、至って普通っぽい感じの男である。
二人は色々な意味で対象だった。
片や酷く人目を引き、片や誰の印象にも残らなそうな容姿。片やシワ一つ埃一つないメイド服を着ており、片やあちらこちら煤汚れた旅人風の服装をしている。
――けれど不思議とその二人が一緒にいる光景に違和感はない。堂々、けれど何処か飄々とした感じの男に、その隣にただ静かに佇み仕える女。それは確かに“一組”の男女だった。
「ょ、ようやく着いたー」
「はい。十数日振りの街で御座いますね、旦那様」
「……あぁ、本当なら数日でたどり着いてたはずなんだけどなぁ」
「はい、旦那様。長い道のりに御座いました」
――回想しよう!!
いつもの如く酷い目にあった。
……回想終わり。
「……何か思い返してみるとろくな目に遭ってないな、俺」
「そうで御座いますね、旦那様。特に道中では食料が早々に尽きてしまい大変で御座いました」
「いや、それは今まで培ったサバイバル技術があればこそ、それほどでもなかったけど」
「さすがは旦那様、野生の申し子っ」
「……そこまでではないと思いたい。つか、サバイバル技術の大半がお前の所為で培われたものだと言う事を思い返すと次第にお前の事がムカついてきた」
「その様に唐突に褒められても困ります、旦那様。照れてしまい対処に困るでは御座いませんか」
「そうかそうか。――別に褒めてないから困らなくてもいいぞ。よかったな」
「そうですね」
「……」
「……」
「しかし色んな迷境秘境を逃げ回っての十日と少し――」
「迷境? 秘境?」
「……」
「そのようなモノ、御座いましたか、旦那様?」
「……あったんだよ」
「左様で」
「あぁ。しかし……苦労したぜ」
「それは確かに。仰るに御座いますね、旦那様」
「まぁ? ――それもこれも、全部お前が『こちらの方が良いのではないでしょうか?』とかほざきやがった所為だけどなっ!」
「いいえ、旦那様。恐れながら申し上げさせていただきますが、予想以上に日数を労してしまったのは旦那様が方位も気にせずに走って逃げ回った所為であるかと」
「……ふつーの奴は野性のドラゴンとかに会えば逃げる。しかも数十匹単位でご対面って一体何のサプライズだよ、ったく」
「ドラゴンなど、可愛いものでは御座いませんか」
「おまえにとってはなっ!」
「旦那様にも大変なついていた様子でしたのに」
「いや、あれは単に俺を食料としてみなしていただけだと思う」
「そうとも言います」
「やっぱりそうかっ、そうなのかっ!!」
「涎をたっぷりと垂れ流して“わーい、ごはんだー”と叫んでいたではありませんか」
「いや、それが分かるの、お前くらいのものだからな?」
「旦那様ならばフィーリングで何とかなると私は分かっております」
「いやごめん……てか、何とかなっても分かりたくねぇよ、そんなことは」
「そうですか。いえ、ですが流石は旦那様。ちゃんと分かっておられたのですね」
「いや、うん、まぁ……あれだけ涎流して目ぇ充血させて、襲い掛かって来られたらなぁ。誰だって想像がつくっつーの」
「それもそうですね。褒めて損しました。褒めた分をお返しくださいませ、旦那様」
「んな無茶な……つか、勝手に褒めておいてそれを返せとかいくらなんでもあんまりだろ」
「旦那様ならばっ」
「いや、できるとかできないとかの話じゃないし、そもそも」
「……そうですか」
「それにっ、ドラゴンだけならお前が傍にいるからまだしも、ケルベロスに漆黒の溶解スライムに首狩りの暗殺生物――って結局あれが何だったのか知らないが、その他もうランクA以上の危険生物オンパレードな魔種にあれだけ出くわすってどんな幸運だよ、ってかこの近辺はそんなに危険地帯なのか?」
「間違いなく私の気配を追ってきたものであると推測いたします。わざと彼らをおびき寄せるようなこともしましたので」
「おまえかっ、やっぱりお前のせいなのかっ」
「はい。ですが旦那様?」
「何だよっ!?」
「旅には適度な危険がつき物で御座いましょう? ドキドキのハラハラうはうはです」
「あれは適度とは言わんっ、普通の奴なら軽く数十回はしんでるしっ! それにドキドキハラハラはまだしも、どの辺りにうはうはが有ったのかと俺は問いたいっ」
「私がお傍で抱きついたりなど大胆なことをしていた辺りですが、旦那様はご不満で?」
「抱きつく……抱きつく、ねぇ。あの俺が逃げようとした瞬間に『きゃ,旦那様怖いっ♪』なんて大根演技で何度も邪魔してきた件の事か?」
「うはうはでしたか?」
「……うははっ、って笑い出したくなるくらいには――てめぇ何度も何度も何度も邪魔して何のつもりだよっ!?」
「喜んでいただけた様で何よりに御座います」
「俺の何処が喜んでるように見えるっ!? お前は目が悪いのか、それとも頭が悪いのかっ!?」
「どちらかと言えば旦那様の存在が悪いかと」
「俺かっ、全て俺の所為だと抜かすのかっ!?」
「旦那様、あまり騒がれると目立ってしまいます。それほどまでに目立ちたがりなのですか、旦那様は」
「――っと。いや、確かに目立ちたいってわけじゃないが。……つーか、俺が騒がずとも誰かさんの容姿の所為でどうせ目立つと思うけどなっ」
「旦那様の容姿は人目を引いて目立つと言うほどまでに醜悪ではないと私は思うのですが、世間の見解と私の見解は違っているのでしょうか?」
「いや、俺じゃなくてお前のことだよ」
「私の? ……旦那様に不評を頂かぬ程度に容姿には気をつけておりましたが、まだまだ足りませんでしたか。それは大変申し訳御座いませんでした、旦那様」
「……や、醜いって事じゃなくて。逆の美人って言う意味の方で目立つんだよ、お前は」
「存じております」
「……こ、こいつは」
「……しかしながら旦那様?」
「何だよ」
「なにやら、街が騒がしいようですね?」
「あぁ? ……そう言えばそうだな。俺達がこれだけ騒いでてもほとんど注目されてないし」
事実、ヒトの目は時折ちらほらと止まるが、それでも立ち止まらずにすぐに逸れてしまうほどだった。
いつもならこれだけ騒いでいれば大道芸か何かと勘違いした、もしくはメイド服の女に見惚れた輩が立ち止まって、それなりの人だかりになったりするのだが。
「おひねりが頂けないとなると旅の資金が不安になります」
「いや、俺達大道芸とかで金かせいでないからな? あとおひねりとか言うな。あれは他の奴らが勝手に勘違いして勝手に出してるだけだ」
「はい。では旦那様の汗水血水を流した馬車馬労働に期待ですね」
「……たまにはお前も働こうな?」
「検討しておきますが、私は旦那様のお世話で大変忙しいですので、これ以上の過剰な労働は難しいかと。ですので金銭不足とあらば旦那様の労働を増やしましょう」
「いや俺の方ももういっぱいいっぱいだからなっ!」
「……では旦那様の労働五倍増しの件は今後の要検討、との事にしておきましょう」
「検討もしなくていいから。……と、いうか。何だ、ずいぶんと賑わってるっぽいけど、もしかして祭りでもやってるのか?」
「――ふむ、どうやらその様で。何でしたら旦那様、私達も参加いたしますか?」
「ああ、まあ、そうだな。せっかく丁度いいタイミングでこの街に着いたんだし。何の祭りか知らないが一緒に楽しむって言うのも悪くはないか」
「はい、旦那様」
「ん~、じゃあとりあえずお前、ちょっとどんな祭りやってるのか聞いてきてくれないか?」
「……」
「ん? 何だよ、その目は。珍しく何か不満でもあるのか?」
「いえ、どのような祭りであるかの調査自体に不満はないのですが、旦那様はその間に如何される思惑なのでしょうか?」
「な、なんだよ。何するとかって、……お前、何か始めから不穏当なことで俺を疑ってかかってないか?」
「いいえ、その様なことは絶対にありえませえん。断言いたします」
「……何故断言できる?」
「それは当然、私が述べるのは紛う事なき事実であり、疑いを欠片でも持つに値しない至極当たり前の事でしかないからで御座います、旦那様」
「……当たり前、ねぇ。それで、お前の言う当たり前ってのは一体どんなことを考えたりいてるのかね? ためしに聞いてみてやろうじゃないか」
「一番可能性が高い事象としてはどこぞのお嬢様に“偶然”出会って仲良くなられることでしょうか。あぁ、この場合のお嬢様は別にお金持ちもしくは貴族の御令嬢に限定しませんので悪しからずご了承のほどを宜しくお願い致します」
「……いや、そんなおいしい偶然なんて草々転がってないぞ、というかなんでそれが一番可能性が高いんだ?」
「今までの統計で出た結果ですが?」
「それこそ嘘だろ。つか、今までそんな素晴らしい出来事とかって一度でも有ったりしたか? いや、ないだろ」
「……、――その通りに御座いますね。……たとえ万人の瞳に映るのが黒であろうとも旦那様が白と仰られるのであればそれは絶対の白で御座いましょう」
「?」
「いえ、なんでも御座いません。では第二に高い可能性としては、やはり何かの厄介ごとに巻き込まれること、でしょうか?」
「いやそれも……お前が変なことに手を回さなければ厄介ごとに巻き込まれたりはしないと思う」
「本当に?」
「……」
「本当にその様なことを信じておられるので?」
「いや、俺は断じてトラブルメーカとかじゃない。歩けばトラブルにあたるとか、そんなどこかの不幸体質持ちではない……はずだ」
「……そうですね。旦那様がそう仰られるのであればその通りなのでしょう。……たとえ事実が如何であれ」
「そ、そうだともっ!」
「では第一、第二に高い可能性は旦那様に不評のようですので、第三の可能性でしょうかね?」
「第三のって……またろくでもないような内容じゃないだろうな?」
「さて? それは旦那様の受け取り方しだいではないかと思いますが?」
「ま、それもそうだな。……というわけである程度覚悟はできたから、その第三の可能性とやらは?」
「はい、では第三の可能性としては旦那様自らが進んで街のお嬢様に声をかける――あるいは巻き込まれる必要もない程に、既にトラブルが発生している、が同着で御座います」
「ま、俺が自分で声をかけるっつーのは無いとして――っと、」
ぁ、と。駆けてきた少女が“偶然”二人の前で転びそうになり、それを反射的に抱き支える男。
◇◆◇
「危ないなぁ。で、大丈夫か?」
「あ、はいっ、ありがとう御座いますっ」
「急ぐのもいいけど、ちゃんと足元には気をつけてな?」
「は、はい。本当にありがとう御座いまし……? あれ、見ない顔ですけど、もしかして旅の人ですかっ?」
「ああ、ちょっと立ち寄ったんだけど、今ってお祭り中だよな?」
「あ、はいっ。龍神様を讃えるお祭りなんですけどっ――あれ、でもそー言うことを聞いてくるっていうことはもしかしてお祭り目当てで来たんじゃなかったりします?」
「まあ、ここに来たのは偶然。んで、祭りをしてたのも偶然だな」
「へぇー、それはそれはっ。じゃあ運がいいんですね、旅人さんっ」
「そうだな。せっかくグッドタイミングに立ち寄ったんだ、その――龍神とやらを称えるお祭りとやら、思う存分楽しませてもらうさ。……ま、はっちゃけすぎて余所者の俺らが迷惑にならない程度にな」
「ふふっ、そうしてくれると街の住人としてもありがたいです。……旅の人にこういうことを言っちゃうのは何ですけど、時々喧嘩の早い乱暴な人たちっていますから」
「ああ、そういう駄目な奴は何処にでもいるよなー。ま、俺はそういう奴じゃないから安心だけど」
「そー言うことを自分で言っちゃうんですかっ?」
「ふっ、まあな。傍にいて俺ほど安心な奴はいないしなっ、その点は安心して俺の事を見ててくれればいいぞっ!」
「見ててって、ずっとですか?」
「さあ、どうだろう? 君が望むのならいつまでも、って言いたいところだけど……」
「あれ? もしかして私、いまナンパされちゃってる?」
「さて、どうかな?」
「ふふっ、なんだか変な人ですねっ」
「よく言われる、多分悪い意味で」
「そうなんですかっ、何だかますます変な人ですねっ!」
「変なヒトって連呼しないでくれるとありがたい。微妙に落ち込むから、それ」
「ぁ、ご、ごめんなさい。初対面なのに何だか失礼な事を言っちゃって……」
「いや、それはどうせいつもの事だし大して気にしてないけど……そう言えば、何か急いでたんじゃないのか?」
「ぁ! そ、そうでしたっ!! ご、ごめんなさいっ、私急いでたんでしたっ!!」
「ああ、と言うか何だか呼び止めたみたいで悪かったな」
「いえ、それは……」
「ほら、俺の事は気にしなくていいから急いでいたなら早く行ったほうがいいぞ」
「はいっ、それでは――……ぁ、私、チェルシーって言いますっ、街の東の方でお店をしてるんで、良かったら見に来てくださいね、旅人さんっ!」
「ああ、分かった。後で見に行くよ」
「はーい、ありがとう御座いますっ、旅び――」
「っと、俺の名前はレムだ。よろしくな、チェルシー」
「ぁ、はいっ、よろしくお願いしますね、レムさんっ!!」
「応っ」
◇◆◇
「と、眩いばかりの笑顔で手を振って、チェルシー様は走って行ってしまわれました」
「……」
「……で、旦那様?」
「ああ、何だ」
「何か、ご弁明は御座いますか?」
「この場合、別に仲良くってほど仲良くもなってないだろ、とかトラブルってわけでもないよな今の……って言うのはオッケー?」
「言い訳ですか? 旦那様がそれで良いと仰られるのでしたら私に異存は御座いませんが?」
「……で、でもあの子、一つ気になった事を言ってたよなー」
「実にあからさまな話題転換で御座いますね、旦那様?」
「でもほらっ、お前は気になったりしなかったか? あの子が言った、」
「――龍神、ですか」
「ああ、そう、それ」
「可能性としては何者かの騙り、もしくは龍種の生き残りと言う線が妥当でしょうか」
「だな。そう言えば今思い出したけど、一部の地域で龍種の事を生き神とか言って崇めてるところが確か何処かにあった気もするし?」
「そうですね。私もそのような地域があったと――何処かで聞き及んだ気がいたします」
「ま、ここがそういう地域の一つなんだろうな」
「はい」
「んで、どうする?」
「どうするとは、どのような意味でしょうか旦那様?」
「いや、その龍神とやらが偽物か本物かは知らないけど、街の雰囲気から察するに特に悪さをしてるわけでもなさそうだし……一つその“龍神”サマとやらに挨拶でもしてくるかどうしたものかと思ってな」
「旦那様の意のままに。私はどちらでも構いません」
「……んじゃ、まあ別に良いか。その龍神サマとやらが何者かも知らないし、何者だろうと俺達には関係ないしな」
「はい」
「俺らは俺らで、偶然街についた旅人らしくお祭りを楽しむとするか」
「はい、そうですね、旦那様。それに、このように賑わっている時の方が売れ行きも良いかもしれません」
「売れ行き? ……何か売るものでもあったか?」
「いえ、旦那様にはそれほど関係はないのですが、久々に新作の本を売りに出そうかと思いまして」
「新作? そんなの書いて……は、いたなぁ」
「はい。今回は『旦那様と仲睦まじく過ごす一つ未満の方法』シリーズを数冊、売りに出してみます」
「……何だかいつも通りの怪しいタイトルだな、つか一つ未満の方法ってなんだ、それは」
「人気シリーズでプレミアも付いているのですよ?」
「いや知らないし。……つーか、そのタイトルにある“旦那様”とやらが俺個人の事を指してるんじゃなければ心底どうでもいいな」
「いえ、旦那様は旦那様ですが何か?」
「……」
「旦那様?」
「なあ」
「はい、如何なさいましたか旦那様?」
「いや、それって意味あるのか? つか俺と仲良くする方法? しかも一つ未満だし……つか何でそんなモノが人気なんだよ?」
「十冊ほどで金貨一枚にはなりますよ?」
「高っ!?」
「旦那様にのみ、特別に本の内容を紹介致しますと、先ずは手っ取り早く調教と洗脳――」
「マテ」
「如何なさいました、旦那様?」
「その本、売るの禁止な? あと世の中に出回ってるヤツ、俺が意地でも回収してやる」
「それは既に手遅れかと」
「……手遅れ、だと?」
「はい、旦那様の目を盗んで既に売り子に渡しております」
「いつの間にっ!? ……つか、本当にいつの間にそんなことしたんだよ?」
「旦那様がチェルシー様と楽しく仲を深めておられた間に街中に一走りしてですが……そうですね、旦那様は私の不在にも気づかぬ程にチェルシー様と楽しく団らんなさっておられましたからね?」
「うぐっ」
「と言う訳ですので、その件は既に手遅れですので速やかに諦めて下さいませ旦那様」
「……絶対、絶対後で回収だ、回収」
「それは無理かと。私も旦那様の邪魔をする気満々ですから」
「……」
「何か? それとも今更ながらに私の美貌に見惚れてしまわれたのですか?」
「それはない」
「……少しくらい考えて下さってもよろしいのでは御座いませんか、旦那様」
「……、うん、やっぱりないな、お前に見惚れるとか」
「……考えて出された結論がそれであるならばそれで、やりようのない怒りの様なモノが湧き上がってきます」
「大丈夫。それはきっとちょっとした胸やけだから。気にするな」
「それもそうですね。久しぶりに新刊を出して旦那様の栄光と言う名の汚点を世に知らしめることが出来たことを想えばこの程度些細な事ですね」
「……絶対、見つけ出して回収、燃やし尽くしてやる」
「ああ、旦那様が久しぶりに張りきられております。そのようにやる気に満ち溢れたお姿も大変素敵で御座いますよ、旦那様」
「うおー、俺はやるぜぇぇぇ!!!」
「そして無駄だと言う事を知って絶望されるのですね。まあいつもの事ですのでお気を落とさないで下さいませ、旦那様」
「慰めるの早いよ、テメェ!?」
「結果は既に見えておりますので」
「……くっ、今までがそうだったからと言って今回もそうとは限らないと言う事を目に物見せてやるっ」
「と、言う事を私が新刊を出すたびに仰っておりますね、旦那様。それで旦那様は果たして何冊、回収する事が出来たのですか?」
「……」
「私、本が旦那様の手に渡れば判るような仕掛けを施しておりますが――と、旦那様には何度も説明しておりますからご存知かとは思いますが、それでもその仕掛けが発動した事は未だ一度たりとも御座いませんが?」
「……」
「旦那様、ふぁいとっ♪」
「ぐああぁぁぁ!!!!」
「と、言う戯れもこの程度にして、早く街に入りましょうか、旦那様。そろそろ目だって参りました」
「おま、おみゃ、おみゃみゃ――」
「旦那様、どうやら興奮のあまり口が回っておられない様子ですが、余り興奮しすぎると身体に毒ですよ?」
「全部お前のせいだろうがー!!」
「いいえ、そんな事は御座いませんとも。そもそも旦那様が悪いのでは御座いませんか」
「何だっ、俺の何が悪いっ、と言うかいつもいつもいつもいつもいつも決まって俺かっ、俺が全部悪いのか、問答無用でそこまで俺が悪いと言うのかっっ!?」
「だって……だって、旦那様はこの街に来るなりあのような女性と仲良くなられて、それも私の目の前で……多少の嫉妬くらいしても良いではありませんか」
「……」
「多少の嫉妬くらい良いではありませんか?」
「――んで、いつも無表情のお前が、今は満面の笑みの意味は?」
「嫉妬したのは本当ですがそれと旦那様に適度な刺激を味わって頂こうと言う想いとは一切関係がありません。私、嘘がつけないので顔に出てしまっていたのですね、これは失敗しました」
「いや、そもそも隠す気なかっただろうが、お前は」
「当然です」
「……」
「当然です」
「ゃ、二度言わなくていいから」
「当然です」
「……もう良いや。それよりも、確かにお前の言うとおりこんなところでダラダラと俺のストレスがたまっていくだけの会話してても無駄だな」
「いえ、そう言う事でしたら無駄では御座いませんね。旦那様、もっと私とだらだらとした会話を楽しみましょう」
「断る」
「なんともつれない旦那様です事」
「今の話の流れでまだ話を続ける程俺は特殊な性癖持ちじゃねえ」
「それもそうですね。旦那様は既にその辺りは超越されておりますし」
「超越もしてねぇよ!?」
「ではついに悟りを啓かれたのですかっ!?」
「啓いてないからっ!! ――って、だからこう言うのはもう良いっつーのっ」
「――これは失礼を、旦那様」
「いや、いい」
「ご寛大な処置、ありがとうございます」
「それはそうと、だ。……偶然とはいえ、折角楽しそうなお祭りの最中に街についたんだ。楽しまなきゃ損だろ、な?」
「はい」
「んじゃ、行くか……と、その前に」
「? 如何なさいましたか、旦那様?」
「なに、ちょっと、な。……ほら」
「旦那様? ほら、と仰られましても、如何なさったので? そのように手を宙に上げて、もしや雨でも降ってきましたか?」
「そう言うのじゃなくて。これはどう見たって『お手を拝借』ってやつだろうが」
「ちょっとボケてみました」
「ボケなくて良いから」
「はい。では、旦那様。お手を――失礼いたします」
「はいよ。ちゃんと、迷子にならないように手を離すんじゃないぞ?」
「ご心配なく。もし私が迷子になる時は旦那様の片腕が引き千切れた時ですので」
「怖ぇよ!? 引き千切れるとか言うなよ、別の意味で心配になってきたよ、俺っ!?」
「では、参りましょう、旦那様」
「あ、ああ。と言うか引っ張るな、そんなに引っ張るな。何だかその内腕を引っこ抜かれそうで怖い」
「おっと。久々の旦那様のエスコート言う事で思わず足取りが軽くなりすぎましたか。危うく旦那様の腕だけを持って行ってしまうところでした」
「だから怖いっての、そのネタっ!! ……頼むから本当に腕だけ、とか言うことはなしにしてくれよ?」
「はい。旦那様が、しっかりとエスコートして下さるのでしたら」
「……」
「……えすこーと」
「……じゃ、行くぞ。絶対に、ぜっっったいに! はぐれないようにな! 変な奴に声かけられてもついていかない返事しないっ、連れがいるからってちゃんと断る事っ。あと暴力に訴えてきたらお前が何とかする事っ、良いな分かったな!?」
「最後の一つ以外了承いたしました、旦那様」
「いや、最後のが一番可能性高いし、重要だから」
「偶には男らしいところを見せて下さいませ」
「断る」
「そう仰らず。ちゃんと惚れ直しますので」
「断るっ! 余計な面倒はご免だっつーのっ。もしそう言う事になったら全力で逃げるからな、良いなっ?」
「……旦那様がそう仰られるのであれば仕方ありませんね。――はい、旦那様の仰せのままに」
「宜しい。それじゃ改めて、……いい加減街に入るか」
「はい」
◇◆◇
……長くなったので前中後にします。