ど-449. 体力測定と言う名の鬼ごっこ
ららら~
「……寝させて。お願いだから寝むらせて下さい」
「旦那様、何を弱気な事を仰っているのですか」
「いや弱気じゃないし。つか本当に眠いので寝させて下さい」
「まだまだこれからでは御座いませんか。何を弱気な事を仰っておられるのですか」
「十日も寝てなくて『まだまだこれから』とかありえないからっ!!」
「高々十日……それに旦那様の事ですから、私の目を盗みしっかりと休眠してらっしゃるのでしょう?」
「や、まあ、流石に本当に十日ずっと寝てなかったらぶっ倒れたりしてるだろうけど。そうじゃなくても碌に寝てないんだから、もうぐっすりと、それはもう死んだかのように眠りたいんだよぅ」
「情けないですね、旦那様。『俺、今までの自分を変えたいんだっ! もう弱いままは嫌なんだ!!』と力強く仰ったあの時の決意をもう忘れてしまわれたのですか?」
「……そんな事、言った覚えないから」
「そうですか、お忘れなのですか。……昨日、偶然夢に見た旦那様はあんなにも勇敢で御座いましたのに」
「お前の夢の話かよ!? と言うか今聞き捨てならない事言ったな、お前!!」
「聞き捨てならない事?」
「そうだよ! 昨日見た夢とかって、何テメェ一人で寝てやがるんだ!!」
「つまり旦那様は私と伴に眠りたかったと言う事で?」
「そうだよ、さっきから言ってるじゃねえか! 俺はもう寝たいんです、ってさあぁぁ!!」
「旦那様のいつもの戯言かと思い聞き流しておりました」
「いつものじゃねえし戯言でもないし――つか聞き流してるんじゃねええ!!!」
「しかし旦那様、まだ随分と余力を残しておられるようですね?」
「よ、余力と言うか、もうお前にツッコミを入れずにはいられないという執念だけで動いてるね、今の俺」
「それだけの元気があれば十分かと」
「……全然、十分じゃないし。お願いだからもう眠らせて」
「そのような弱気な事を仰る旦那様は寝ては駄目です」
「くっ、こうなったら意地でも寝て――」
「えいっ♪」
「っぉ!? 何かビリっときた、ビリっと!?」
「適切な量の致死痛を適切なだけ与えてやれば存外、眠らずにいられるものです」
「致死とか言った! いま致死とか言いやがった!?」
「常人ならば、と言う意味です」
「俺は常人だよ!?」
「そうご謙遜なさらずとも。少なくとも日々旦那様イビリと称して私が鍛えている限りで既に常人の域は超えているはずです」
「イビリと称すっつーか既にイジメだよ!? イジメ恰好悪い!!」
「言い方が悪いですね、旦那様。せめて拷問、と仰ってくださいませ」
「拷問の方がもっと性質悪いよ!?」
「少なくとも十日間、魔物の群れから走って逃げ続ける事が出来る方を常人とは言わないと思いますが?」
「くそぅ、何だか無駄に逃げ足だけ自信が付いてきそうだ、俺」
「決断力のなさと逃げ足の速さ、あと縄抜けの上手さは誇ってよいと思います、旦那様」
「……どれも誇れる気がしねぇ」
「ああ、それと薬学の知識も、存分に誇っていただいてよろしいかと」
「……それくらいなのか。俺が堂々と誇れるのってそれくらいしかないのかっ」
「いえ、他にも御座いますよ?」
「他に……? 何だよ、あるなら最初から言えよぅ」
「お断り致します。言えば旦那様がつけ上がりますので」
「つけ上がるとか言うなよ!?」
「……しかし旦那様、存外に元気であらせられますね? 私の見立てでは旦那様の体力もそろそろ尽きる頃のはずなのですが?」
「ふっ、俺を甘く見るなよっ、……俺は多分、その内に眠りながらでも置きいるかのごとく振る舞える特技を習得できる気がする」
「事務処理の方は既に時折やっておられるのを拝見した事が御座います」
「え、マジで?」
「はい。寝ながらハンコを打ったり、食事を取り血を吐いたり、……――それに書類を持ってきた処理部の方々を口説いたり」
「……え、マジで?」
「はい。処理部の方々を口説いたり、情報部の方々に強襲を掛けたり、護衛部の方々にちょっかいを出しに行ったり、被服部の方々のプライドを粉微塵に打ち砕かれたり、他にも――」
「いやちょっと待て! ……それ、本当に俺がしてたのか?」
「はい。私はしかと見ました」
「……やべぇ、記憶にないと言うか、流石にそこまでしてりゃ俺ってもしかして夢遊病とか?」
「いえ、それはないかと。恐らく原因は事前に私が盛った薬にあると思われますので」
「テメェか、テメェの所為かやっぱり!?」
「旦那様が新薬の効果を試したいと仰ったので泣く泣くです。仕方なかったのです」
「仕方なく、とか言ってほくそ笑んでいるお前の幻影が見える」
「ですが仕方なかったのは本当です。私には効果がありませんでしたから」
「……だろうなぁ。こう言うところで態々リスクのある嘘言う奴じゃない、し……」
「はい」
「――」
「……旦那様?」
「――っと。流石にマジで、そろそろ駄目っぽい」
「限界ですか、旦那様?」
「お、落ちそう……つか眠る。もう寝てやる、絶対寝てやる」
「後ろから歓迎して下さっている魔物の方々は如何なさるおつもりで?」
「……お前、何とかしとけ」
「――はい。旦那様が仰られるのでしたらその様に」
「つーわけで……寝る!」
「はい、お休みなさいませ」
「……」
「――と、既に眠っておりますか。しかし大凡、私の想定通りの体力値でしたね。正直なところ今更体力面を鍛え直しても、意味はないと思うのですが……」
「……」
「旦那様が望む事であるならば、それもよいでしょうか。では……後ろの皆様方、どうか、旦那様の眠りを妨げる事の決してないよう――黙らせて差し上げましょう?」
【シャトゥちゃんの冒険-without Blue Sky-】
「うむ?」
きゅきゅっ?
「ルル、あれ! あの雲! 何だかレムの顔に似てる気がします!!」
きゅ!
「ルルもそう思うよね? ……レム、今頃何をしているのでしょうか」
きゅ~
「うむ、我もそう思います。レムならばきっと――今頃女の子でも口説いているのです……なんだかむかむかむかむかです」
きゅ!!
「いえ、ルル。今はまだ駄目です。でもきっといつの日かレムを討ち取って、もとい娶って見せます!!」
きゅ~!!!!
「うむ! そのために、さあルル、明日に向かって前進なのです!!」