ど-445. 暑い日
もう春も終わりですか……
「あ、井戸だ」
「――水音がしません。枯れております」
「……またか。もうこれで何度目だ」
「十一度目に御座います、旦那様」
「そんなにか……それにしても暑いなぁ」
「はい、そうですね」
「……」
「如何なさいました、旦那様?」
「暑い、とか言うんならせめて汗の一つはかいてないとな、とか思っただけだ」
「私もちゃんと汗はかいております」
「ほぉ。顔色一つ変えず全然平気そうだけど、どのあたりが汗かいてると?」
「旦那様、ご覧になられたいのですか?」
「口から出まかせとかじゃないなら是非、な」
「……少々恥ずかしくは御座いますが旦那様がお望みと言う事でしたら――」
「いや待て」
「はい、待ちます」
「お前、何いきなり服を脱ぎだそうとしてるんだよ」
「旦那様が私の胸の谷間にかいた汗の痕跡を見たいと仰られたので、逆らえるはずもなく仕方なく」
「あ、汗かいたのってそこか」
「はい。ですので旦那様、少々お待ち下さいませ」
「って、だからまた脱ぎだそうとするな、待て」
「はい、待ちます」
「と言うかちゃんと服を着ろ」
「ですが旦那様が……」
「前言撤回。やっぱり見なくて良いから。お前が暑くて汗かいてる事はちゃんと分かったから。だから服を着ろ」
「はい、旦那様」
「……良し着たか? 着たな? いきなり脱ぎだすとかはもうなしだからな?」
「まるで私が急に服を脱ぎだす痴女の様に仰られないで下さいませ。それはどちらかと言えば旦那様で御座います」
「いや、俺も急に服脱ぎだしたりとかはしないし」
「ご謙遜を」
「謙遜でも何でもなく、な。俺はそんな変態さんではない」
「成程。“その程度”の変態ではないと仰る……これは失礼いたしました」
「……もう今はそれで良いや。つかただでさえ水がないし、余計に口を開きたくはないところだな」
「おや、つれない物言い。もう少々戯れに付き合って下さってもよろしいですのに」
「また今度なー。今日は本当に暑いし、喉も渇いてきたし……」
「水を飲みたいと言うのであれば魔術で水を精製されては如何です?」
「駄目だ。あれは邪道つーか、外道だし。魔法とか魔術だって、別に水気のないところから水を創り出してるわけでもないしな――……まあ一部の例外を除いて、な訳だが」
「左様で」
「つかお前だってこのくらい分かってるだろうが」
「旦那様が苦しむところは見たくありませんので、聞いてみただけです」
「あ、そ。兎に角、魔術魔法で水を作ったりはしない」
「はい、旦那様」
「つーことで……いや、でも今日、と言うかこの辺りは本当に暑いのな」
「……では旦那様、こう致しましょう」
「何だ、何か妙案でも思いついたのか?」
「はい。昔の方は良い事を仰いました。水が飲めなければ、氷を食べればよいのです」
「……いや、ソレどっちも同じ意味だから。つか難易度上がってるし」
「さあ旦那様!」
「ゃ、俺に何をしろと?」
「さあ、旦那様っ!」
「……もう一つ言うと、その差し出してきた石コロは何だ。それを俺にどうしろと?」
「それはご自分でお考え下さいませ。旦那様の全てを超越したようなお考えならば私になど到底及びもつかない事を思いつかれるに違いありません」
「うん、取り敢えずその石コロは要らないからポイしような、ポイ」
「それもそうですね」
「……ま、こうも暑いのにぐだぐだ言ってても仕方ないわけだ。今は何処かで休んで、順当に涼しくなるだろう夜からでも移動するか」
「順当過ぎて面白味が御座いません、旦那様」
「こんなところに面白味を求められても困るわけだが」
「そうですね。旦那様に期待した私が愚かでした」
「だな。つか、どこか適当に休める日陰でもあればいいんだけど……」
「少なくとも私が目視できる範囲では休息をとれそうな日陰は見当たりませんね」
「お前に見えない範囲っつーと……うへぇ、じゃあ当分はこの暑い中を歩いていかなきゃ駄目ってことか」
「はい、そうなるかと」
「……ま、愚痴ばかり言っていても仕方ない。歩くかー」
「はい、旦那様」
【シャトゥちゃんの冒険-with Blue Sky-】
「……」
「……」
「……」
「……」
きゅ?
「ダメなの。ルル、後ろを振り返っちゃダメなのです。気にしちゃダメなのです相手にしたらだめなのです」
きゅぅぅ~
「はい、後ろのあれはほんとうは存在していない、私たちには見えない幻です」
「どうかしたのかな、シャトゥルヌーメ? それともようやく俺の想いに応えて結婚してくれるに気になったのかっ!?」
「……なにも居ないの。私は何も聞いてないの」
きゅ!
「ルル、今日はどのくらい私の信者様が増殖されるのか楽しみですね!」
きゅぅぅ
「だからルル、後ろの幻は気になっても気にしちゃダメなのっ」
きゅ、きゅぅぅぅぅぅ
平和って何だろう?