Act XX いん、サルトル
……飽きた、ぽ
とある――サルトルと言う名の街角で。
宿屋の片隅、轟音が鳴り響いていた。それと言うのも奇声を上げた男が一人、狂ったようにして宿屋の中に突っ込んできたからであり――
宿屋の周囲には次第に野次馬たちが集まり出していた。
そして、騒動とはかけ離れた街外れの裏路地での事。
一人の男と女がいて、後は簀巻きにされた何かが地面に転がっていた。
「――ったく、一体何なんだよ、これは」
「さて、調べてみない事には何とも言えませんが。少なくとも尋常な様子でなかった事だけは確かですね」
「……と言うか、お前、俺に何か言う事は?」
「さすが旦那様、見事な動きでした」
「つか、その旦那様を一人置いて避難とかないと思うんだけど?」
「私は荒事には向いておりませんので」
「いや! お前が荒事に向いてないとか言ったら世の中の奴ら全員荒事に全く向いてねえよ!?」
「そう言う時の為に旦那様がおります」
「それどういう意味!? つかそれじゃあ人身御供とか言う感じに聞こえるのだが!?」
「そうとも言います」
「言うのかよ!?」
「……旦那様、少々声を抑えて下さいませ。いくら路地の裏通りとはいえ、余り大声を出すと無駄に人目を集めます」
「大声を出させたのは誰だと……まあその通りではあるか」
「はい」
「んで、この街中で奇声上げてた変態の事だけど――」
と、言って男は地面に転がった簀巻きを見下ろした。
女の方も同様に、簀巻きを見下ろして、
「ああ、旦那様のご同類の方ですね」
「違ぇよ!?」
「その様に、親近感を抱いたからと言って照れずともよろしいのでは御座いませんか?」
「抱いてないしっっ、つか何でこんな変人と俺が同類扱いされなきゃいけないんだよ!?」
「突然奇声を上げる、突然暴れ出す……おや、旦那様と共通点が――」
「ねえよ!? 全く微塵もこれっぽっちも共通点なんてないよ!!」
「――旦那様」
「何だよ、まだ何か――!!」
「大声は控えて下さいますように、と先ほど申し上げたばかりでは御座いませんか」
「ぁ、っと。そう言えばそうだったな」
「本当に仕方のない旦那様ですね?」
「……くっ、どの口がそれをほざきやがるか」
「私のこの口以外に何か御座ますか?」
「……ないな」
「そうでしょうとも」
「……テメェもちょっとは反省しとけ」
「ご心配には及びません。責任の有無は全て旦那様になすりつけづみに御座いますればこそ、私は何を反省すべき事が御座いましょうか」
「わーい、……何堂々と責任なすりつけるとか言ってやがるんだよ、お前は」
「常々申し上げているではありませんか。私の責任は旦那様の責任であり、旦那様の責任は旦那様の責任であると」
「……何だか似たような事を聞いた事がある気もするけど……――って、全然話が進まねぇ。じゃなくて今はこいつの話をしてるんだ」
「旦那様のご同類の事ですね。はい、承知しております」
「だから同類じゃ――って、もう今はそれで良いか。それでこいつの事だけど、」
「尋常な様子では御座いませんでしたね」
「ああ、ってようやく真面目に話す気になったか」
「私は初めから真面目です。しかし確かに旦那様が危惧されるように、この方は旦那様と同じ変態では御座いましたが正気ではありませんでしたね」
「まだそれ言うか。いや、まあ、確かにその通りだけど……」
「旦那様が変態であると言う事がですか?」
「そっちじゃねえよ。この変態が正気じゃなかったって事の方だ」
「承知しております。しかしながら、確かに正気では御座いませんでしたが、少なくとも魔力は感じられませんでした」
「魔法に限らずとも正気をなくさせる方法なんていくらでもあるさ。例えば薬とかな」
「旦那様、まさか……」
「まさかって何だよ!?」
「いえ、薬と言えば旦那様、旦那様と言えばこの私と言うほどに旦那様は薬学には通じておられますし、まさかとは思いましたが旦那様がそのような事に手を出しておられたとは……」
「出してない。いや、そりゃ一応そっち方面の知識も持ってはいるけどな。少なくともお前以外に使った覚えはねぇよ」
「……今、聞き捨てならない言葉を聞いた気がいたしますが?」
「そりゃ気のせいだ。第一、効果を試そうとしたは良いけどお前相手じゃ全くと言っていいほど効かなかったし」
「そうですか。ならば良いのです」
「……良いのかよ」
「はい。それに旦那様が望むことであれば私は全てを受け入れる所存に御座いますので。ただ……出来れば私を私でなくすような類の事は控えていただけると嬉しいのですが」
「誰がするか、と言うよりもそもそもんな非道な事をする前提で話を進めるな」
「これは失礼いたしました。そうですね、旦那様はお優しいですから」
「……――まあそんな事は良いとして、今はこの男の事についてだよ」
「薬物、ですか。……あと照れておられる旦那様も大変素敵に御座います」
「うるさい。で、薬……薬、ねぇ」
「心当たりはおありなのですか、旦那様?」
「まあ、あるにはあるが、問題はその目的とかそっちの方だよなぁ。どう考えても碌な使い方してるとは思わないな」
「と、仰られますと?」
「だってああいう効果っつーと、マリオネットポーションの失敗作だぜ?」
「……あぁ、あの傀儡の――……と、言う事は旦那様?」
「いや、今回アレが何か企んでる感じはしてないけどな。それともお前の方で何か気にかかることでもあったか?」
「いえ全く」
「なら違うんだろ。それに失敗作だしな。何処かの誰かが単に真似て作っただけだろ」
「真似するにしても、ステイルサイト如きが作った様なモノではなく旦那様の様に素晴らしいお方が作った薬を真似されれば宜しいのですが」
「全くだ」
「しかし旦那様? 劣等品とは言えこのまま放置しておくにはあまり気分の良いものでは御座いませんが、如何なさるおつもりで?」
「そりゃ当然――決まってる」
「と、仰られますと?」
「こいつ正気に戻して、それから行くんだよ。この薬を作ったバカの所に。んで――ちとばかしキツイお仕置きだ」
「はい、旦那様」
この話題、唐突に思いついておきながら急速に飽きた……と言うより、メイドさんとメイドさんとメイドさんの活躍(旦那様除く)を書いた方がいいのか書かない方がいいのか、判断に迷います。