ど-439. いがいが
何か喉がいがいがします?
「?」
「如何なさいました、旦那様?」
「ん、いや、ちょっと……」
「ちょっと? 何でしょうか?」
「あー」
「旦那様? そのように言葉を濁してしまわれるとまるで旦那様の言葉に何か意味がある様に勘違いしてしまいそうになるのですが?」
「いや、そんなに気にすることでもないのかもしれない……、ってか、お前の方こそその言い方じゃ俺の言葉に意味がない、みたいに聞こえるわけだが?」
「おや、その様に聞こえませんでしたか? それは失礼いたしました」
「どちらかと言えば今のお前の発言の方が思い切り失礼だからな?」
「旦那様には誠に残念では御座いますが、私は正直者ですので嘘偽りを、それも旦那様相手にするなど出来ようはずも御座いません」
「時には真実は人を傷つける、と言う」
「真に残念なことです」
「――が、だがしかし! お前の場合は違うと思う」
「そのような事もあるかもしれません」
「かも、じゃなくて確定な」
「私の事を一番存じて下さっております旦那様がそう仰られるのでしたら、そうなのでしょう」
「その割には全く反省の色が見えないんだが?」
「反省? 今のどこに反省をしなければいけないところが御座いましたか?」
「……本当にふてぶてしい奴め」
「お褒め頂きありがとうございます、旦那様」
「いや、褒めてないからな!?」
「旦那様は本当に照れ屋さんでいらっしゃいますね」
「それじゃあまるで俺が照れ隠しに褒めたの否定してるように聞こえるのですが!?」
「違いましたか?」
「違うだろうがっ」
「では…………旦那様は私を褒めて下さったわけではなかったのですね」
「ゃ、そこで落ち込んだふりをすること自体わけわからないんだが?」
「旦那様は本当に意地がお悪う御座います」
「いや! そもそも今の流れにお前を褒める様なところは何一つなかったからな!?」
「では意図的に勘違いをした私が悪いと旦那様は仰られるのですかっ!」
「……」
「仰られるのですかっ!!」
「それは普通にお前が悪いだろ、やっぱり」
「それもそうですね。ですが私の悪はすなわち旦那様の悪と同意ですので、やはり旦那様が悪いと言う事になります」
「なります、って……それじゃあどうやったって俺が悪いって事に行きついちまうだろうが。それは何の理不尽だ、一体」
「流石は旦那様。誰も見習うべきでない、悪の大鏡で御座いますねっ」
「元凶はお前だ」
「まあ、つまり一心同体と言う事ですか。存じてはいる事ですが、旦那様より改めてそう言われると照れてしまいますね」
「誰が一心同体だ、誰が」
「旦那様と私以外の何者が居りましょう?」
「俺とお前じゃない他の誰か、だ」
「なんともつれないお言葉で」
「いや、俺はさっきから当たり前のことしか言ってないからな?」
「私も、例えば旦那様が少々どころか大幅に頭の痛いお方であると言うような、もはや世の常識と言えるような事しか申し上げてはおりません」
「それは常識違う」
「私の常識はもはや世界の常識、」
「――で堪るか、コンチクショウ!!」
「それはそうと旦那様? 先程は何を気になさっておられたのですか?」
「先程……あぁ、アレか」
「はい。探りを入れたところ、旦那様が気にされるほどの不穏当な何者かの気配は周囲には御座いませんし、それとは別に何かお気づきになられた事がおありでしたか?」
「いや、周りの事っつーか、自分の事なんだけどな」
「旦那様の?」
「ああ」
「それはどのような事なのですか?」
「別に大したことじゃないんだけどな。何か、朝起きた時からちょっと体調が悪いかなーと思わなくも――」
「それはいけませんっ!!」
「――ないかな、て、え?」
「旦那様は直ぐにお休みをっ。身体に障ったら如何なさるおつもりですか」
「え、え?」
「ですから日頃よりあれほど申し上げているではありませんか。お体には気をつけて、どうかご自重ご自愛下さいますように、と」
「いや、別に大したことじゃなくって。ちょっと喉が痛いかなって思う程度なんだが……」
「喉が――!? 旦那様は風邪をひかないと言いますのにっっ」
「……いや、それはどういう意味だ、おい」
「さあ旦那様、寝床と温かな食事を用意いたしますので本日の所はどうかごゆるりとお休み下さいませ」
「だからそれほど大したことじゃないって。どちらかと言えばいつもお前の仕打ちの方が酷いと俺は思う」
「それは良いのです。加減を心得ておりますので」
「出来れば、そのギリギリのところを突いてくる、みたいなのは止めようなー?」
「それは承伏致しかねますが、今はとにかくお休み下さいませ、旦那様。話はそれからに御座います」
「……ま、分かったよ。医者の不養生――って医者ってわけでもないけど、今のところは大人しくしておくさ」
「はい。では――」
「ああ。一応だが、ちょっと今から上げる薬草でも用意してもらおうかな? まあ用心に越した事はないし、気を遣って困るわけでもないしな」
「はい、旦那様」
「んじゃ、クスペリカの萌芽とカリクスの木の皮少々取ってきてくれ。残りは手持ちので大丈夫だから」
「了解いたしました。では旦那様は、私がいない間無理をなさいませぬ様」
「ああ――って、もう行きやがった。……なんだかなぁ、いつもあれくらい、素直で従順だとあいつも可愛らし――……いや、それはそれで不気味か。ま、どちらにせよ? この機会にゆっくりさせてもらいますかねー」
【ラライとムェの修行一幕】
「今までの私は甘かった」
「……いや、師匠?」
「ムェはやればもっと出来る子。だから、限界を超えたところくらいまでは頑張らせるべき」
「……あのー、師匠?」
「と言う訳で今日から本心を変えます」
「……師匠」
「……なに、ムェ」
「重くて動けません」
「心配なし。これからもっと重くしていく」
「いや、だから今の時点でもう限界――」
「それじゃあ、先ずは仲間にしてほしそうなつぶらな瞳でこちらを見ている青色ゼリー王様をやっつけてみて」
「いや、師匠。そんな王様要る筈が……――って本当に青色の王様っぽいゼリーが何かこっち見てるしっ!?」
これは平和な光景が淡々と続く物語です。