ど-434. えもの
――さあ、狩りの始まりだ……?
「ここはどこ、わたしはだあれ?」
「旦那様、如何なされたのですか?」
「旦那様? だれが?」
「だ、旦那様? ……ま、まさかあの時のことがショックで記憶を――」
「う~む、そうなの……か?」
「あ、いえ。それとも先々日のあの件でしょうか、はたまた少し前のアレ、先日のあの件と言う事も考えられますね」
「いや心当たりあり過ぎだろ、それは」
「流石は旦那様、記憶喪失など当たり前だと仰られるのですね」
「や。そもそも……って、はぁぁ、もう良いや」
「はい。……それで旦那様、今のど素人演技にはどのような意味があったのですか?」
「ど素人って……いや意味はないが。つか何となく?」
「そうでしたか。しかし旦那様、記憶喪失と言うのは果たしてどのような気持ちなのでしょうね?」
「さ、さあ? 俺はなった事がないから分からない……と言うか、その振り上げている大きなハンマーは一体何のつもりだ?」
「気になった事は確かめてみなくては済まない……という性分にたった今なったもので。やはり記憶喪失がどのようなものかと言うのは体験談を聞いてみるのが一番だと私は思うのです、旦那様」
「……自分で体験してみるとか言う選択肢は?」
「御座いません」
「即答かよ!?」
「だって、怖いじゃないですか。記憶をなくしてしまうなどと言う事は」
「だよねぇ!? 俺もそう思うぞ!!」
「はい。ですので、やはり自分で確かめるよりも他者の経験を聞き入れるのが一番良いかと判断したしだいに御座います」
「だからと言って俺の記憶をなくそうとか考えるのはどうかと思うぞ!?」
「ですが私は、たとえそれが一時のものであったとしても、唯一無二、かけがえのない私の旦那様の事を忘れてしまうなど私には耐えられません」
「だからっ! それでその大切な旦那様の記憶を葬り去ろうとする考えはどうかと思うのだが、と俺は主張したいんだよっ!!」
「痛いのは一瞬で御座います?」
「一瞬じゃねえよ、つかそんなハンマーで殴られたら普通に死ぬよ、俺!?」
「旦那様ならば紙一重でも記憶喪失に陥ってくれる事を信じております」
「信じるなっ!!」
「旦那様を信じずして、私が他の何を信じる事が御座いましょうか」
「……えと、己自身とか?」
「私自身よりも旦那様の方にこそ、信じる価値があると私は存じております」
「そこまで信用されてると流石に照れるものがあるんだけどな……」
「私はあくまで本心を語っているに過ぎませんので、それで旦那様が喜ばれると言うのでしたらそれは私にとって嬉しい限りに御座います」
「けどっ、それとこれとは別だ」
「確かに、別問題で御座いますね、旦那様」
「あ、いや待てやっぱり同じ問題かもしれないっ」
「いえ、別問題に違いありません」
「だからその大きさのハンマーは流石にやばいと――うおっ!?」
「外しましたか。ですが――次は外しませんっ」
「いや外せよ!? つかワザと自分で空振っておいての逆切れっぽいやる気の出し方はどうかと思うのですがっ!?」
「場を盛り上げようと演出してみました」
「要らない演出だよ!? つかそもそもそのハンマー自体がいらねぇよ!!」
「成程。旦那様はこの程度のハンマーでは役不足であると、そう仰りたいのですね」
「誰も言ってないっ!!」
「ではこちらの――通称『閂』を……まさか使う日がこようとは夢にも思いませんでした」
「……な、何だそれ? 一見ただの箒の様で……凄く嫌な感じしかしなんだが?」
「メイドに必須の七つ道具の一つ、箒で御座います、旦那様」
「いや、箒なのは見たままだし。つか必須?」
「色々なモノを掃除するのに便利です」
「……今の言葉の、色々なモノってのが普通のゴミとか埃とかと一線を画してるような気がするのは俺の気のせいか?」
「“何でも”綺麗に出来る優れモノの一品に御座います」
「……具体的には?」
「一掃き程度で数万の軍隊ならば一掃できます。一掃きとはまさにこの事ですね」
「……で、そんな物騒なモノを今出して、どうするって?」
「ご心配なさぬ様に、旦那様。例え数万の軍勢を一掃できる力を有するとしても、その力を一点に集中してしまえば周りへの被害は最小限で済みますので」
「誰もそんな心配してないけどねっ、と言うよりもお前はその一点集中した力とやらをどうするつもりですかっ!?」
「――旦那様、記憶喪失になっても私の事は忘れないで下さいね……?」
「それが矛盾した物言いだと言う事に気づけ!?」
「では、参ります」
「参るなっ!!?? っていうか、ふと思いついた事をちょっと言っただけでどうしてこんな目に!?」
「旦那様が、悪いのです……!」
「いや俺が悪いもなにも全部お前が悪いだろうが、どう考えてもっっ」
「私の悪は旦那様の悪と言うのはこの世の常識――」
「んな理不尽あるわけあるかー!!」
「力づくでまかり通る理不尽もこの世には多々ございます」
「それは、分かってるつもりだが……これは何か違うー!?!?」
「ではお覚悟、」
「してたまるかっ!!」
「と、言うのはまあ、軽い冗談です。……と、旦那様は逃げてしまった後ですが。では――狩りの時間と参りましょうか」
【ラライとムェの修行一幕】
「ししょー」
「……なに、ムェ」
「僕ら、いつまでこの森の中にいるつもりですか?」
「森から出るまで」
「……ちなみにここからまっすぐ歩けばすぐに森の外に出れます」
「それは嘘」
「こんなことで嘘ついてどうするんですか、師匠」
「私はもう五日もこの森の中から出られていない。きっと迷いの森に違いない」
「いや、普通に毎日、僕が街から食べ物買ってきてるでしょうが」
「……あれは、ムェが狩ってきてるのかと」
「ええ、確かに“買って”きてますね?」
「……」
「……、単に師匠が方向音痴なだけです」
「……ムェ」
「なんですか、師匠」
「おなか減った、それと眠い」
「はいはい。それじゃあ僕は食べ物買ってきますから、師匠はどこか適当なところで寝てて下さいよ」
「うん、後は、任せた……くー」
「……はぁぁぁぁ、やれやれだよ、……と言うか、何やってるんだろ、僕」