ど-416. 自己規制
控えましょう
「少し自重致しませんと、旦那様」
「唐突に何だ、そして何を自重しろと? いやむしろお前が自重しろ」
「これ以上自重していては何もできなくなってしまいます。つまり旦那様は私に何もするなと仰られるので?」
「どのあたりが自重してるとほざくんつもりだ?」
「何処からどう見ても、万人誰が見たとしても自重しているでは御座いませんか。何をその様に分かり切った事を」
「分かり切った事とか、そう言うのはどうでもいいから。兎に角具体例をあげてみろと俺は言ってるんだ」
「自重しなければ今頃は旦那様にしな垂れかかっております」
「嘘だぁ……って、」
「おや?」
「そう言う、ワザとらしくこっちに倒れこんで来たりとかはいいから」
「旦那様の方こそ、普通女性が倒れてきたら抱き止めるのでは御座いませんか?」
「倒れてきたら、な」
「ではもう一度、」
「ってだからそれはもう良いと言っている」
「ですが折角旦那様に抱き止めていただけるとのことですので、抱き止められたいのですが?」
「いや、お前の場合は何か違うし。大体倒れるとかこけるとか、そう言う奴じゃないだろ、お前は」
「私も時には失敗をします」
「そりゃ……そうだろうけどさ。なーんか、お前が超絶ドジになった時があった様な気もするし。良く思い出せないけど」
「その辺りはお忘れくださいませ。私としては振り返りたくない部類の過去ですので」
「そうなのか?」
「はい」
「なら何が何でも思い出さねば……んー」
「……旦那様がそう言う態度をなされると言うのであれば――失礼を!!」
「っぉ!?」
「旦那様、避けないで下さいませ」
「そう言うお前はいきなり問答無用で殴りかかってくるな!」
「いえ、旦那様が他の女性の方々と仲良くしていたのを見て、つい嫉妬心が働いてしまっただけですのでお気になさらぬ様」
「そうか、嫉妬なら仕方ない……はずはないっ。つーか今この状況で! 何処の辺りに俺ら以外がいるって言うんだ!!」
「二人きりですね、旦那様♪」
「ああ、そうだよな。んで、嫉妬云々は?」
「そうでした。早く旦那様を殴らねば。そして証拠隠滅を……」
「っと、やっぱりいい。嫉妬とか何でんないしもうどうでもいいからっ。だからまた殴りかかってこようとするんじゃねえ! 殴られるとやっぱり普通に痛いんだよっ」
「それはそうでしょう。痛くなければ躾になりえません」
「躾とか言ったぞこいつー!!」
「おっと、言い間違えました。痛くなければ躾にならないでは御座いませんか」
「……いや、さっきと言ってる事変わってねぇし」
「そうで御座いましたか? ではもう少々柔らかに包み込んで、調教、と言い換えましょうか」
「いやいい。お前が言いたい事はよぉぉく、分かったから。それ以上何か言う必要はねぇ」
「それもそうですね。言葉を重ねすぎるとその言葉の重みが薄れてしまう、とは言いますし」
「そう言う事ならバンバン言ってくれて構わないぞ。むしろ繰り返し何度でも何度でも何度でも言ってくれ。聞き流す準備は万全だ」
「では旦那様のご配慮に甘えさせていただくとしましょうか」
「おう、そうしろ」
「では――愛しております、旦那様」
「ああソウダネー」
「……」
「んで、他に何か言いたい事は?」
「本当に聞き流しておられるようですね、このおおおおおおばかな私の旦那様は」
「ああソウデスネー」
「……」
「――って、ちょっと待て! お前はにじり寄ってきて何をしようとしている!?」
「肉体言語、と言うのをご存知でしょうか旦那様?」
「ああ、殴り合ってお互いの気持ちを確かめ合う――とか言う趣味は俺にはない!」
「私も御座いません」
「ないと言い張るつもりなら隙を見て俺の間合いに入ってこようとするな」
「……旦那様は中々隙を見せませんね?」
「ふっ、もう慣れたものさっ」
「旦那様が次第に手強くなっていくことを、寂しく思うと同時に嬉しく思います」
「俺としてはひたすら虚しいだけの気もするけどなっ」
「何故でしょう?」
「だって、つまりそれだけお前にこう言う目に遭わされてきたってことだろ?」
「そうなりますね。つまり旦那様の身体は私の事を忘れられなくなってしまうほどに私を受け入れて下さった、と言う事で御座いますね」
「受け入れた覚えはない。お前が強制的に――……つか、他の意味にも取れるような紛らわしい言い方は止せといつも言っているだろうが」
「他の意味とはどのような意味を仰っておられるので?」
「それは――」
「それは?」
「まあ、色々とだ」
「色々とですか」
「ああ、色々とだ」
「……、そうですね」
「なんだよ、今のわざとらしい間の開け方は? 何か言いたい事があるなら聞くだけ聞くぞ?」
「いえ、何でも御座いませ、っと?」
「っと、危げぇ!?」
「……旦那様、そのような場所に立っておられると危ないかと」
「……それが、折角足を滑らせたお前を助けようとした俺に対してかける言葉か? 思いっきり、鳩尾に肘が入ったのだが」
「そうだったのですか?」
「そうだよっっ、あぁくそ、ワザと転ぼうとしたんじゃないって分かってしまった瞬間に勝手に動いた自分の身体が憎い。お前の身体能力なら不意をつかれて落とし穴に落とされたって楽々と事後回避が出来るって分かってるのに。良く考えれば足を滑らせた程度でお前が転ぶはずもないだろうに……」
「口ではそう言いながらも助けて下さる愚かな旦那様が私は大好きです」
「……そこはせめて“優しい”とかの形容にしないか? 愚かなとか言われると褒められてるんだか貶されてるんだかわからないし」
「褒めておりますよ?」
「そうか、今のは褒められてたのか、俺」
「はい、お優しい旦那様」
「その取ってつけたような言い方は止めて。なんかそれじゃあバカにされてるっぽいし」
「褒めておりますのに」
「そう聞こえないって話だ」
「仕方のない、ヒネた旦那様です事」
「悪いな、これはもう性分でな」
「存じております。……全く、これだから旦那様は。少しは自重して頂きませんと」
「何を自重しろと、つかだから自重するならそれはお前の方だっての」
「……旦那様がそう仰るのであれば」
「お? もしかして自重する気になったり?」
「はい。では今後は旦那様が望まれる通り、自己を主張するのを今まで以上に誠心誠意控えて、一層つつがなく影のように旦那様に寄り添うように致しましょう」
「……ゃ、無理だろそれは。そもそも俺よりお前の方が目立つし」
【ラライとムェの修行一幕】
「ムェ、影のように気配を断って、周りに溶け込む修行をする」
「それは分かりましたけど……何をする気なんですか、師匠?」
「うん、今からお城に忍び込む。捕まれば一巻の終わりでどきどき初体験」
「じゃあ、まず最初に支障が手本を見せて下さいよ?」
「うん、分かった。かわいい弟子の頼み」
「じゃ、お願いします」
「んっ、……見てて?」
「はい、師匠。……、……、……ぁ、門番に掴まった。何か訊かれて――って、何か連行されて行っちゃったけど、……まぁ師匠なら大丈夫かな?」
合掌です。
身体がぎしぎしと痛むのですねぇ。