ど-413. 理由はそこに海があるから
理由なんて、些細なものです。
「あ」
「旦那様!?」
「アァァァァー!!!」
「……あぁ、旦那様が海の藻屑に」
「――じゃ、ねえだろうがっ!!」
「おや旦那様、ご無事なようでなによりに御座います」
「……なぁに平然としてやがるのかな、お前は?」
「平然となどしておりません。旦那様がご無事であると分かり心の底より安堵しております。嘘ですが」
「嘘だろ――ってか、自分で白状してるじゃねえか、嘘って」
「私は臆面もなく嘘を付けるほど捻くれてはおりませんので」
「そうだな、お前はある意味じゃ真っすぐだもんなっ」
「はい。純情そのものと言っても過言ではないでしょう」
「いや過言だし」
「そんな事は御座いません。たとえば旦那様と手を繋ぐのも恥ずかしくて出来ませんし」
「……どれ」
「……ぽ」
「いや、『ぽ』とか自分で言ってるし。確かに照れたようには見えるが、それが演技だと俺には分かる」
「嘘の中に隠す本当、と言う事を旦那様はご存知でしょうか?」
「ああ、そう言う事もあるかもな。でも今のは違うし」
「ふふっ、まだ旦那様は私の事を完全にご理解されていないのですね。そう考えると少し可笑しく思えます」
「……ほぅ、と言う事は実はお前は超純情で俺と手を繋ぐ事さえも照れ出来ないような、初心ちゃんです♪ とかほざくか」
「なんですかそれは。旦那様はバカですか」
「……」
「いえ、旦那様が“お”が頭に五回以上つくバカである事は既に周知の事実に御座いましたか。失礼いたしました、旦那様」
「――今のやり取りは何だー!!!」
「やりとりとは?」
「お前が恥ずかしがり屋とか純情とかその辺り!!」
「事実ですが何か?」
「事実、……事実ね」
「何かおかしなことでも御座いましたでしょうか、旦那様?」
「何もかもがおかしなことばかりだ。……つーか、そもそもの原因をスルーするつもりは俺はないぞ?」
「はて、何の事でしょう?」
「『旦那様!?』とか声だけ心配そうなもの出しても、その直前の俺の背中を突き飛ばしたと言う事実は変わらない」
「あれは旦那様の背中に“誇り”がついていたので微塵も残らずに払い落して差し上げようと思ったまでの事です。海に落ちてしまったのは旦那様の踏ん張りが足りないからかと」
「……へぇ。じゃあもうひとつ前に戻るが、直前にお前が足払いを掛けやがった理由は?」
「あれは旦那様の足元に虫がおりまして、踏みつけてしまわれるのは可哀想かと思ったので御座います」
「虫、ねぇ。俺はずっと海を眺めてたわけだが、それをどうやったら虫を踏みつけるような事態になると?」
「もしもが御座いますでしょう?」
「まあ、ないとは確かに言いきれないけどな。――んで、足を払われてバランス崩した瞬間に俺は背中を押されたわけだが」
「まあ、不運な偶然が続きますね、旦那様」
「ああ、偶然が続いたとかはこの際いいとして、バランス崩して足が地についてない状態で俺がどうやって踏ん張れるとお前は思ったんだ? 思い至らなかった、とか言う戯言は聞く気はないからな」
「旦那様ならば不可能を可能にして下さると信じておりました。全く、期待を裏切る旦那様にはがっかりです」
「な・ん・で・俺が悪いみたいな感じになってるんだよ!?」
「私の信頼を裏切られた旦那様にはがっかりです」
「俺はお前のその無駄な信頼の仕方にがっかりだよ」
「しかし旦那様の運動神経ならば、あそこから半回転捻りで海に落ちるのを回避は出来たと判断致しますが?」
「まあ、半回転捻りまではいかなくても、咄嗟に船の手すりに掴まることくらいなら出来たけどな」
「では旦那様はワザと海に落ちられたのですね。ふふっ、そんなに泳ぎたいのでしたら言って下されば私が海に突き落として差し上げましたのに」
「とか言いつつ既に突き落とされてるけどなっ!」
「私は先を見据える女ですので」
「ちなみにいつの間にか俺が海で泳ぎたいとか言う事になってるみたいだが、断じてそう言う事はないからな」
「そうなのですか?」
「そうなんだよ。つーか、俺が咄嗟の行動を出来なかったのの原因もテメェのせいだろうが」
「何の事でしょう? もしや旦那様の気分を和ませようと、悪戯心混じりに後ろから目を塞いで『だーれだっ♪』などとして見せた事でしょうか?」
「あれで俺の身体は硬直した」
「硬直、ですか?」
「そう。何か企んでるんじゃないかと疑おうとした瞬間に足払いくらって続けざまに背中押されて海に突き落とされた」
「まあ、今の旦那様のお話しだけを聞いていますとまるで私が故意に旦那様を海に突き落としたように聞こえますね?」
「そう言うお前は未だ故意じゃないと抜かすか」
「不幸な偶然と言うのは度々生じるモノで御座います、旦那様」
「そうだな、それは多分他の誰よりもよっぽどよく知ってるけど……偶然と言うのはあくまで偶然であって、必然とか故意に起こした“偶然”とかではない」
「それほどまでに旦那様は私の行いを故意にしたものになさりたいのですか?」
「はっはっはぁ~、――いや、実際そうだろ?」
「ふふっ、旦那様は相も変わらず失礼で御座いますね?」
「お前の方は相変わらず無礼だよな?」
「――」
「――」
「所で旦那様、遠泳はお好きですか?」
「嫌いです」
「そうですか。ではこの際好きになるように心がけてはいかがでしょうか?」
「うん、まあそれ自体は別にいけど――テメェはまた海に突き落とす気満々か?」
「旦那様のお肩に“誇り”が……」
「いや、直前に確かめたから埃はついてなか……と言うか、何かさっきから微妙にバカにされてる気がするんだが気のせいか?」
「いえ、私は先程からずっと旦那様の誇りを叩き落とそうとしているので旦那様がバカにされていると感じられたのであれば、それはおそらく事実かと」
「……“ほこり”って、もしかして埃じゃなくて誇り?」
「旦那様が何を仰られているのか良く分からないと言う事にしておきます。そして旦那様の問いかけにはその通りです、と応えておくことにいたしましょう」
「ほぅ、ほーう、そうか」
「はい」
「――で、お前って遠泳って好きか?」
「では旦那様は濡れそぼったメイド服姿の私をご所望なのですね? 肌に張り付いた服と体のラインがはっきりと見えてしまう艶姿をご所望なのですね?」
「よし、お前も納得した所で突き落としてやろう」
「あんっ、旦那様♪」
「いや、まだ俺何もしてないし」
「旦那様に突き落とされる予行演習をしてみました」
「要らないから、そう言うのは。……と言うかさっきから周りの視線が微妙に痛い」
「旦那様が非道な行いを私にすると公言なさっておられますので、それに対する無言の抗議かと」
「世界に俺の味方はいないのか!?」
「私がおります」
「お前がその最もたる天敵だと思うのは俺の気のせいだろうか?」
「気のせいです」
「……わぁ、言い切りやがった、こいつ」
「旦那様は気違いが多いですから」
「キチガイ言うな。非常に不本意な意味に聞こえるから」
「いえ、そのつもりで申し上げておりますので、旦那様の受け取り方に間違いはないかと」
「そっちの方が酷ぇよ。と言うか、こう言う無駄な会話はもう止めようぜ」
「旦那様がそう仰られるのであれば。……それで旦那様は何故海を眺めていらっしゃったのですか?」
「いや……青いなぁ、と思ってだな」
「はい、青いですね。それが何か?」
「いや、それだけ。青いなぁ、何か呪い殺されそうな色合いだなぁ、とか思ってただけ」
「そうですか。ですが旦那様は私がお守りいたしますのでご安心を」
「……突き落とした何処のドイツがその言葉をほざくか」
「私です」
「……も、良いや」
「そうですか」
「俺はまたお前に突き落とされないように気をつけながら、もう少し海を眺めようと思うんだがお前はどうする?」
「では私も旦那様の隣で海を眺めさせていただいてもよろしいですか?」
「何もしないと誓うなら歓迎しよう」
「では、随伴させていただきますね」
「ああ」
「では――お隣、失礼を」
【ラライとムェの修行一幕】
「よし、海に逝こう」
「いや師匠、既に目の前海です。あと、微妙に“行く”っていう言葉が違う意味合いだった気が……」
「海で特訓、重りをつけて海に放り出す」
「普通に溺れますから止めてください、師匠」
「重りはどれくらいが良い?」
「なしでお願いします。……もう海に突き落とされるのは諦めますから」
「――よし、山に逝こう」
「……って、さっきまでの話は何だったんですか!?」
「さっき? なんのこと?」
「ダメだ、この寝ぼけ師匠」
「――む? 悪口を言われた気がする」
「気のせいですよ、師匠っ」
「……そっか、なら良かった」
「……ほっ」
「それじゃ、重りはこれくらいで頑張ろう、ムェ」
「って、え、えぇ!? それはなかったんじゃ、っていうかそんなモノつけたら普通に溺れ――」
「……執行」
「ししょーー!!??」
やっぱり休日はさぼり気味……むぅ。と言うか、朝起きれなくなってきている今日このごろ? かな。です。
平日は極力頑張りますです、はい。