ど-409. 視線の先
700……?
まあ、いつも通りの平凡な日常。
「……何か、凄く周りから見られてる?」
「私が美人だからでしょう」
「何だ、そっかぁ~」
「はい、旦那様」
「……で、んなこと言ってて恥ずかしいとかないか?」
「いいえ? 単なる事実を述べただけでなぜ恥ずかしがる必要があるのですか?」
「それもそっか」
「はい。全くおかしな、いえいつも通りの旦那様ですね」
「……ダメだこいつ、というか、美人なのは確かに事実な訳で、……なんて言えば良いんだろ、こういう場合」
「素直に『愛してるよ、ハニー』とでも仰って下さればよろしいかと」
「誰が言うか」
「旦那様が。他の方からの告白などは一切望みませんので」
「だから言わないと言っている」
「……もうっ、あのときはあんなに熱くていらしたといいますのに」
「何か含みのあるように聞こえる言い方は止めて!? 周りからの視線がっ、視線がっ!!」
「心地よい嫉妬で御座いますか? それとも私のようなものを侍らしているという事実に対する優越感? 存分に感じてくださいませ、旦那様」
「いや無理だから。つーかそんなモノはない。むしろ胃が痛くなってくるような視線だな、相変わらず」
「それだけ私が目を引いているという事でしょう」
「そりゃまあお前は確かに目を引く容姿……と言うかまあ姿もその容姿にメイド服とか、かなり目を引くけどさ。今俺が見られてるって思ってるのはそう言う事じゃなくてだな、」
「嫉妬の嵐ですか」
「まあ、それもあるか」
「ご心配なさらず、私は旦那様一筋ですので」
「それは別に気にしてない」
「――」
「あ、いや、お前が誰を好きになろうが誰になびこうが、俺がとやかく言える事じゃないってそういう意味であってだな、別にお前の事なんて一切気にしてないとかそういう意味じゃ、」
「――旦那様ならば思う存分、とやかく言ってくださって宜しいのですよ?」
「いやぁ、それは、まぁ、だからこそ何も言えないというか、だな、」
「――……旦那様、取り敢えず一発殴らせていただければそれで許します」
「それは断る」
「そうですか」
「ああ、痛いし。つか何でもかんでもぽこぽこ殴るな。お前はどれだけ自分の拳が凶器か分かってるのか」
「はい、十二分に心得ておりますとも」
「ならストレス解消とかみたいに俺を殴る――」
「だからこそ旦那様しか殴っておりません」
「……一番殴っちゃ駄目なのがその“旦那様”だと俺は思う訳だが?」
「そうなのですか?」
「そこでどうして尋ねてくるのか、それが俺には分からない」
「それはそうと旦那様、――確かに、見られていますね」
「ああ、そうだな。……というよりも俺を殴っちゃ駄目云々の話は?」
「旦那様、山を登る方が良く仰る格言が御座いましょう?」
「格言? かどうかは知らないが、『山を登る理由はそこに山があるからだ』とか言う奴の事か?」
「はい。まさにそれで御座います」
「……んで、まさかとは思うがお前が俺を殴り飛ばす理由が『旦那様を殴る理由はそこに旦那様がいるからです』とかほざく気じゃねだろうな?」
「旦那様を殴る理由は――」
「いや待て、それ以上言わなくて良いから」
「そうですか。言葉で表わさずともご理解いただけているようでなにより」
「微塵も分かりたくないけどなっ」
「照れる必要は御座いません」
「照れてはいないぞ、断じて。……んで、いい加減話を元に戻すけど、この視線に心当たりは?」
「私よりも旦那様の方が心当たりがあるのでは? あと旦那様の照れた表情をみたいです」
「断る。でも俺の方に心当たり? 特にあるわけじゃないが……」
「何でも最近、空から降ってきた変態がいるらしいですよ?」
「……俺じゃないからな?」
「空を飛ぶ程度ならば珍しくはないのですが、何でもその男性は飛んできて、地面に体半分ほど埋まったらしいのです。そして抜け出して上半身裸――上半身裸! で何かを叫んでいたとか」
「多分、誰かさんに対する恨み事じゃないかなぁ? あ、後その変態とやらは俺じゃないぞ?」
「そうですか。そう言えば確かに飛行の魔術は難易度がまあ高かったですね」
「誰もそんな事は指摘してねぇ。兎に角、そんな破廉恥野郎は俺じゃないから」
「旦那様に露出狂の気があるのは存じておりますが、くれぐれもやり過ぎないようにご注意くださいませ?」
「だから俺じゃな――つーか、さっきから元凶が何をいけしゃあしゃあとっ!!」
「――今宵の旦那様は、良く飛びます」
「飛ばないぞ! 飛ばないからな!?」
「それは、残念」
「……あと、ひとつお願いがあるのだが?」
「はい、如何用で御座いましょうか旦那様?」
「服、くれないか?」
「旦那様が望まれるのでしたらお渡しいたしますが、メイド服にご興味があったのですか?」
「いやそうじゃなくて! ……服じゃなくても、お金とかでもいいから。兎に角、くれ。いい加減、上半身裸で街中を闊歩するのは嫌過ぎる」
「興奮しますねっ!」
「いや全然してないし。というか俺を勝手にそんな特殊性癖の持ち主にするな」
「ですがお断りいたします」
「……何を?」
「手持ちは、今はこのメイド服しかないのですが……」
「って、その服自体今どこから出した!? と言うか、絶対手持ちあるだろ、お前。良いから早く俺の服を――」
「はい、どうぞ旦那様。進呈いたします」
「……だから、これはメイド服だ、女もの。いいからさっさと俺の服を出――」
「はい、どうぞ旦那様。進呈いたします」
「……」
「分かっておりますとも。不肖この私、旦那様の女装性癖に今更引いたりなどは致しません」
「何か俺が女装癖でも持ってるような言い方は止めろ!? 俺は今まで一度も女装なんてした事ねえよ!!」
「では、今回が初めてという事になりますね?」
「……ぃ、嫌だ」
「ですが困ったことに服の手持ちがこれ以外御座いません」
「嘘だ」
「いえ、誠に残念ですが……これ以外の服はつい先ほど分解してしまいましたので。きれいさっぱり、御座いません」
「それはないとは言わん!! テメェはその服を着せる気満々かっ!?」
「いえ、その様な事は……それで旦那様、如何なさいます? 露出狂を取るか、女装趣味を取るか――……何ですか、この変態は」
「いやお前が突き付けた選択肢だし、それ! それに俺はどっちも嫌だ!!」
「もうっ、我儘な旦那様でいらっしゃる事」
「いや、これは我儘とかじゃないと思う」
「ですがこれ以外に選択肢はないわけで」
「お金、」
「たった今無一文になりました」
「お前は鬼か!?」
「いえ、どちらかと言えばりゅ――……と言うのは良いとしまして。では旦那様、如何なさいます?」
「……」
「さあ旦那様、ご決断を」
「決断……」
「はい」
「――って、出来るかそんな事ぉぉぉぉ!!!!」
【潰される人々:ルルーシア編】
「――ルル、ごー、なのです!!」
きゅ~!!
【潰される、ではなくシャトゥが騎乗しているだけでした】
みんみん。
いや、意味はないですが。