Step NEXT -始まりが終わる時-4-
やんや、やんや。
取り敢えず一区切り……?
「……確かに。そう言えば誰も来ませんね。私の部屋が滅茶苦茶になったり壁に穴があいたり……中庭も酷く荒れていて余程の騒ぎがあったはずですよね?」
「うん、まあそれなりにね。ただこれはルイルエお姉様が人払いの結界を張った……可能性もあるから断言はしずらいんだけど、念のため」
「人払い……? でもこれ程の騒ぎでも誰も来ないほどの強力な人払いなんて聞いたことが――」
人払いの結界とは――一般的に知られているものでは、要は人の無意識をその場所から遠ざけて、“何となく”そちらに行かないようにする類のものである。
よってその効果から、騒ぎが大きくなりすぎると効果の意味がなくなるという欠点があり、今ナナーツォリアが指摘したのはその点だったが。
一切迷うことなく、ツェルカは断言した。
「いや、人払いって言っても防音防振防光とか、色々あるから。私でさえある程度のモノなら出来るから、ルイルエお姉様なら誰にも気づかれずに国一つを壊滅させるくらいの完璧な人払いの結界位は使えるはずだよ?」
「は、はぁ……?」
「とはいっても、ナナーツォリアはルイルエお姉様に合った事ないからピンとこない、かな?」
「え、ええ。それに国を滅ぼすとか何とか……随分と凄い方のようですけど、もしかしてW.R.(ワールドランキング)の何方かですか? ……ルイルエ、と言う名は聞いた事がありませんけど」
「や、ルイルエって言うのはお姉様の偽名だし。W.R.には……た、多分いないんじゃないかなぁ~? 例外とか言う形で」
「れ、例外ですか……」
「うん、そう。――って、今はルイルエお姉様の事は置いておいて。時間ないし」
「あ、はい。そうでしたね」
「うん、と言う訳で説明に戻るけど。これだけの騒ぎが起きても誰もやってこない理由として考えられるのは二つ」
ぴっ、とツェルカが指を一本、立てる。
「一つは最初に言ったけど、ルイルエお姉様が結界を張ってた場合。つまりは誰もここに来る事が出来ないって事。こっちだと別に問題なんだけどね。問題なのはもう一つの可能性」
「もうひとつ、と言うと……」
ナナーツォリアの声に頷いて、ツェルカは二本目の指を立てた。
「可能性その二、ここに来る必要がない場合」
「必要がない……?」
「うん、そう。何が起きたかを全部知ってるから、態々ここまで来る必要がないって事。まああくまで最悪のケースを考えた場合なんだけどね」
「全部知ってる? でもどうやって、」
「それが大問題の理由なんだけどね。……実は私たちってさ、この国――というかこの街でとある病気が広がってるって事があって、その病気の撲滅のために来た……らしいんだ。私も全部の事情を教えてもらった訳じゃないんだけど」
「はぁ、とある病気、ですか」
「うん、ペイン病っていう病気なんだけど……あ、【厄災病】の方が知ってるかな?」
「【厄災病】!? それって国一つも簡単に滅ぼされるとかって言う、史上最悪な不治の病じゃないですか!?」
「うん」
「た、大変です……」
と、慌てた様子で部屋の外に出て行こうとするナナーツォリアを、その襟元を握りしめて止めるツェルカ。
「ちょい待った」
「で、ですが急いでお触れか何かを出さないと、民に被害が――」
「大丈夫。不治の病とか言われてるけど、多分、私たちのご主人様がソレ治せるから」
「な、治せるって……あの【厄災病】をですかっ!?」
「うん、そう。特効薬なんてものも貰ったし。それにそうじゃないと態々ご主人様とお姉様が“治し”になんて来ないと思うしね」
「……信じられません」
「まあ信じる信じないは、ちょっと置いておいて。多分だけど、兎に角街のヒト達は大丈夫だから。少なくとも――あのご主人様が放置してるくらいだから命に別状はないんだと思う」
「……分かりました。取り敢えず今は信じましょう」
「話が早くて助かるよ」
「……それで、【厄災病】がどうかしたんでしょうか?」
「その【厄災病】にかかっていたノノーツェリアが急変した。別人みたいに……ううん、アレは多分、本当に別人だったともう」
“冥了”の欠片にとりつかれて――
不意に、二人の話をぼんやりと聞いていたキックスの頭の中にくすんだ銀髪のメイドさんの言葉が思い出された。
確か何かに取りつかれているとお姉様は言っていたが――どうしてここで“冥了”なんてずっと昔にいた十二使徒の名前なんてものが出てくるのだろうか……と、ぼんやりとした頭で思っていたが、答えがまとまる事はなかった。
「それで問題なのはここから。【厄災病】にかかっていたノノーツェリアが急変した。あと、この街のヒト達は皆【厄災病】にかかっている疑いがあって、特に城の中のヒト達の感染が強い――みたいなんだ」
「城の中……?」
「うん。【厄災病】にかかったかどうかは特定の魔力を見れば分かるらしくて――私が調べた限りだと城内が一番感染が酷かったんだ」
「……そんな」
「それでね。そう言う事はどうでもいいんだけど、問題はこの街の全員が一度は【厄災病】にかかっていて、多分、最悪の事態として誰もが皆、ノノーツェリアみたいに急変する可能性がある……と、思っても良いと思う。――あぁ、ただしお姫様だけは例外だけどね」
「私だけ? ……どうして、」
「言っちゃ悪いけど、お姫様からは魔力を全く感じないし」
「ま、全く……それは、確かに私に魔術の素養は、でもその……」
「だからね、ご主人様かルイルエお姉様がどうにかしたのだと思うけど……多分、お姫様は【厄災病】にかかってない。もしくは完治してるよ」
「……」
「あと、そう判断した理由は実はもう一つあって。どうやらお姫様がキーくんの“ご主人様権(仮)”を持ってるらしいって事」
「キックス様の、ご主人様権……ですか?」
「うんそう。凄く、凄っっっっく悔しいんだけど、キーくんが一定以上、お姫様から離れられないのは確かだし……でもあくまで(仮)だからね!?」
「私が、キックス様のご主人様……」
「……まったくもう、ご主人様もお仕事じゃなくて休暇でキーくんと二人きりにさせてくれれば良いのにっ、あぁ思い出しただけでムカムカしてきた――ご主人様のバカっ!!」
「キックス様の、主……」
「ふぅ、ちょっとすっきり……、それで本当に不本意なんだけどっ、こんな事が出来るのはノノーツェリアか、それとも間違いなくご主人様だけだろうから……そのご主人様がお姫様を放置したっていうのなら、お姫様はシロ、信用しても大丈夫って事だと思う」
「……ご主人様」
「あのー、お姫様、聞いてる?」
「あ、はい。ちゃんと聞いてますよ。私がキックス様のご主人様なんですよね。跪かせて靴を磨きなさいとか、着替えを手伝いなさいとか背中を流しなさいとかあんなことやそんなことまで命令出来ちゃうご主人様なんですよねっ!?」
「――くっ、殺したいっ。今すぐこの女を殺したいよ、キーくんっ!! ……あぁでも私の方からキーくんのこの温もりを手放すのは私には無理……運が良かったね、お姫様!」
何か、二人して悶えていた。
キックスもなんとなく身の危険を感じて、身をよじってようやくツェルカを引き離した。無意識の行動である。
「あんっ、キーくんのいけずっ。でもそこもす・て・きっ♪」
でもってまた抱きつかれた。今度は力ずくで引き離そうとしても無理だった、と言うより窒息――
「って、だから私の目の前で破廉恥な行動は止めてくださいっ!! 私に見せつけてそんなに楽しいんですかっ!?」
「ふふんっ、私とキーくんの愛の語らいは時間と場所と観衆を選ばないんだよ、お姫様っ」
「――ぷはっ、って言うかツェル姉、いい加減離れてよっ!?」
「ぁんっ♪」
どうやら意表を付けたようで引き離す事に成功した。
意識がとびかけていたこともあって思考がようやくクリアに――と言うよりおちおち落ち込んでも居られないというのか、と少しだけキックスは落ち込んで……それからようやく、少しだけ笑う事が出来た。
何処までもいつも通りのツェルカの姿に、何だかとても安心する。
それに引き換え自分は――いつまでもウジウジとしたまま、情けない姿で、何も考えてくなくって……何処までも無力でどうしようもない、
「――大丈夫だよ、キーくん。キーくんの事はお姉ちゃんが護ってあげるから」
なんて、再度抱きつかれて耳元で囁かれた言葉に少しだけ元気になるのがまた嫌で。
「それじゃ、ようやくキーくんもお姉ちゃん萌えパワーに少しだけ元気を取り戻してくれたところで、」
「いやお姉ちゃん萌えパワーってなにさ、ツェル姉」
「キーくんのお姉ちゃん好き好き大好きパワーの事――って、キーくんってば大胆さんなんだからっ♪ 恥ずかしいな、もうっ!!」
顔を真っ赤にして、マウントポジションから拳を振り下ろすツェルカ。しかも的確に鳩尾に。
「ぉっ!?」
声にならないほど痛かった。と言うか一瞬、天国が見えた気がした。食べ物が意に残っていたら確実に吐き出しただろう位の衝撃である。
自分で言い出して、自分で照れて、照れ隠しに鳩尾を殴るとか、勘弁してほしい限りである――と、キックスはもう薄れ逝きそうな意識を必死につなぎ止めながら思って。
「そう言う訳で、今後の方針を少しだけ話しあおうか、二人とも――?」
◇◆◇
――なんて事を、話しあって。
あれから決まったのは精々ナナーツォリアの護衛をして、しばらくは敵襲に備えながら情報収集。兎に角、現在置かれている状況がまだはっきりとしていないので、今は様子を見てから決めるという事で――
「自分たちを従者に――ナナーツォリア姫の従者にしては貰えないでしょうか?」
ざわっ、と初めて。嘲笑以外でこの場の空気が震えた。
よりによって何でナナーツォリア姫なんかの従者に、とか。バカな事を……とか。色々と。そこにはいっそ清々しいほどに分かりやすい敵意やら悪意やらがあって。
「……その様な事が褒美で良いのか、キックス、それにツェルカよ?」
「はい。僕ら二人の――総意です、王よ」
「ふむ」
王は黙考するように、少しだけ両目を閉じて。
それから意思を問う様に、傍にいたナナーツォリアへと視線を向けた。それに頷くように、“作った”笑顔を王へと向けるナナーツォリア。
「よし、良いだろう。主らには近衛騎士の位を与え、我が娘ナナーツォリアの守護を命じるものとする」
「――ありがとう、ございます」
◇◆◇
所変わって、とある一室での事。
「ところで旦那様?」
「あん、なんだ」
「何故今回はこのような手の込んだ事をなさるのですか? いつもであれば一気に殲滅いたしますものを」
「ああ、何だ。まあ人員育成? みたいな感じだ。ちゃんと【使徒】って言う天災に対抗出来うるだけの人材の、な」
「そうでしたか」
「ああ、まあ今のところはそんな感じ。あと、キックスの野郎が微妙に館の中で人気があってムカついたから」
「……そうでしたか」
「ああ。取り敢えず理由としては後者の方が大きいけどな」
「流石は旦那様。期待を裏切りません」
「それほどでも、あるけどなっ!」
「では、ノノーツェリア様、それに彼女を世話していた……確かサナ様とツヅキ様、でしたか。御三方を如何なさるのですか?」
「如何って、サナってばあさんとツヅキって娘っ子はお前が拾ってきたんだろうが」
「その場の勢いと言うモノです」
「その場の勢い、ねぇ。まあ今回は、知り合いがいた方がお姫様も安心されるだろうし? 結果オーライってところか」
「流石私。存分に賛辞してくださいませ、旦那様」
「誰がするか、バカめ」
「では自分でする事に致します。流石私ですね、偉いです」
「虚しいな、それ」
「そうですね。それはそうと旦那様、ノノーツェリア様は如何なさるおつもりで?」
「そうだな、取り敢えずは本人の意思次第って事で」
「しかし当人は死んだ扱いになっておりますが?」
「まあそんな事もあるさ。人生何事も経験だ」
「流石、旦那様が言われると間抜けさを感じます」
「ほっとけ」
「はい、旦那様」
そんな、どうでもいい会話の一つ。
キックスくん、お城に努めることになりました!
後はお城の中でハーレム要員をかき集めるだけさっ