Step 4.01 -始まりが終わる時-2-
上げたって、勘違いしてました。わお。
誰も、何も言わない――。
それはまるで初めから存在していなかったみたいに。
「……キーくん」
居心地が悪そうに服の端を握ってくるツェルカだったが、それはキックスとしても同じである。兎に角居心地が悪く――それ以上に気味が悪い。
周りは見渡す限り目、目、目、目。この場所にいる全ての目が二人の事を注目している。それも値踏みするような、それでいて見下す感を隠そうともしない視線。
――場所は王城。あの日、ノノーツェリアが死んだ次の日。つまり翌日の事である。
二人の正面手前には王座に座る壮年の男がいて、その髪の色や顔つきが少しだけノノーツェリアの面影を感じないでもなかった。
その左右にはいかつい顔や怖い顔の老人壮年青年と様々な面々が並んでいるが誰にも言える事は先ず顔が怖い。そして場の雰囲気も最悪に近かった。
最初に声を上げたのは、王座に座る壮年の男だった。
「――キックスと言ったな?」
「……はい」
真っすぐその瞳を見返して、益々怖くなる。その瞳が何を映しているのかが分からない。それに何か、瞳の先に潜んでいるような気がして怖気が湧き上がってくるのを抑えきれない。
可能ならば、キックスは今すぐにでも逃げてしまいたかった。
だがそれが出来ない――その理由へとちらりと向けて、
「……」
苦笑のような、何故か作り笑いだと確信できてしまう表情を浮かべてこちらを見返してくるその蒼瞳にほんの少しだけ脱力する事が出来た。
「もう一人はツェルカと言ったか」
「……はい」
キックスが隣を見ると、ツェルカは益々居心地が悪そうに、その背中に隠れるようにして顔を俯かせてしまった。こう言う目立つような場所は慣れないと言ってはいたが――それだけと言う訳ではないだろう。
と、思いながらもキックスは口に出したり、ツェルカの事を心配しようとするのは、止めた。今は他人を気にかけるよりもこの今にも吐きそうな空気をどうにかしない事には、自分の事でさえ危うい。間違いなく、今は真っ青な顔をしているだろうからと。
そんなツェルカの情けない様子に周りからは抑える気もない笑いを抑えているような、嘲りのような忍び声が漏れていたがそれも気にならない。心積もり程度、キックスが晒された視線から庇う様に動いたがその程度では意味がないし、何より今はそんな事はどうでもいい。
くらくらする頭に対して、何となく――この目の前の男を何とかしないとダメだという気分が湧き上がってきていて。
キックスは吐き気を抑えるために少しだけ俯いた。結果的にはそれが王に対して礼をしたようにも見えたという。
「二人とも、此度はあの魔物の軍勢を追い返した腕前、称賛に値する」
「……いえ、そんな、事は」
「その様に謙遜する必要はない。わが国も――恥ずかしながら今少々混乱していてな。実際の所、あの量の魔物の群れに攻め込まれていたら少々危なかった所だ」
「――王、ソレは!!」
「よい。二人とも、そう言った理由があるのだからその様な謙遜は必要ないのだぞ? むしろもっと堂々としているがいい」
「…………いえ」
「ふむ、あくまでその姿勢を、あれ程の武勇を立てておいて……なに、このような場だからと緊張する必要はない。もっと力を抜くが良い」
「………………はあ」
「さて、それで褒美を取らせようと考えているのだが……何か望むものはあるかね?」
「――」
褒美なんて何もない――のだがそれを口に出せる雰囲気ではなかった。何となく、この嘲りの視線にこれ以上侮られてたまるかと言う負けん気も湧いて出てきていて。
それに何より――
“あのような武勇”なんて一体何のことなのか。そもそも一体何に対して褒められているのか、昨日の騒ぎは何のお咎めや質問もなしなのかとか、色々と思うところはあったのだが。
どちらにせよ、自分にはそんな褒美をもらうような資格などは一切持ち合わせていないとキックスは考えていた。
あんな情けない姿しか晒せず、他人に頼りきりで、どうしようもなくおろかなだけの自分なんて――
◆◆◆
あの時――ツェルカの五度目ほどの呼びかけでやっと我に返ったキックスがノノーツェリアの“遺体”がない事に即座に気づき、何も考えずに行ったのは態々持ち去ったと思われるルイルエお姉様(偽名)を追いかける事だった。
特に意味が合った訳ではないし今さらでもあるものの、それでも“態々死体を持ち帰る”なんていう手間をするくらいなのだったら――もしかしたら何らかの方法でノノーツェリアはまだ生きていたりするのではないか、魔力の流れ……生命力と言い換える事も出来るそれがまるで視えなかったのは確かだが実は何らかの方法で偽っていただけではないのか、と。
例えんどんな無茶なことであっても、“彼女“ならばそれを可能としてしまう気が不思議とするのだから。
他力本願、とどれだけ言われようと良い。自分の都合の良い妄想だとしても構わない。
そんな願望を信じるくらい……信じさせてくれるくらい良いじゃないか――と。
「ちょ、キーくんっっ」
後ろから聞こえるツェルカの声にも振り返らず、キックスはそのまま前へ、ただひたすら前へと突っ走り、
「――!!」
急に、前へ進めなくなった。
手は、足は、身体の全ては動いている。足を持ち上げて、腕を振り上げて、地面を蹴って大きく前へ――……それでもキックスの身体はそれ以上前に進む事はない。
その“現象”はキックスにとってはここ数日非常に馴染み深いもので。反射的にキックスは振りかえりざま、叫び声を上げていた。
「――ノノ!?」
当然だが、振り返った先にノノーツェリアの姿はない。左、右、左と探すが見当たる影はツェルカ以外にはなく、ならば上は――と、見上げたところでキックスはその動きをピタリと止めた。
「の、の……?」
キックスの視線の先、ぶち抜かれた城壁の向こう側、部屋の中に立っていたのは金髪蒼眼の少女。何処かぼっとした、まるで寝起きのような表情ではあったがそれは間違いようもなくノノーツェリアの姿そのままで。
「ノノッ、やっぱり生きて――」
「き、キーくん? いきなり何、まさか幻影とか見えてるわけじゃないだろうし……だ、だよね?」
幻影? あれが幻影のはずがない。
「ほら、ツェル姉、あそこ! あそこにノノがいるよ、ちゃんといるんだよ!!」
「……――」
キックスが興奮しながら指示した先、そこへと視線を向けて、ツェルカは動きを止めた。ただし、それは決して驚きではなく――
「キー、くん……あれは」
ツェルカから漏れ出た声、そして浮かべていた表情は間違えようもないほどの呆れ、落胆、納得、少なくともその類のもので。
そんなツェルカの表情を見た瞬間、冷や水を浴びてしまったように、もしくは夢から覚めてしまったように、キックスは冷静になる事が出来た。そして彼女の着ている服装と、思い当たる可能性から、当然の答えへとすぐに辿り着いた。
少なくともキックスが知りうる限りではずっと寝たままだった、ノノーツェリアの双子のお姉さん。
「……ナ、ナ?」
「――?」
不意に、まるでキックスの呟きが届いたように彼女の視線が下に――キックスの居る場所へと向いた。
何処かぼんやりとしたままだったその瞳がゆっくりと焦点を結ぶようにキックスの姿を映していき、
「っっ!!」
キックスの姿を映しきるより先、不用意に足を踏み出した彼女がそのまま足を踏み外した。踏みとどまるような事もなく、彼女の身体はそのまま地面へ叩きつけられるように吸い込まれて――
「っぁ――」
「キーくんっ!?」
彼女が転落するより先に“何となく”駆けだしていたキックスが落下してきた彼女の身体を受け止めていた。
それでもなんとかギリギリと言ったところで。当然のごとく両腕に本足らずで人一人を支える力など持っていないキックスは結局重さと衝撃耐え切れずに地面と彼女に板挟みに合う事になり、そのまま潰れたヒキガエルの様な声を上げて、
「――ぷげっ!?」
非常に情けなく、意識を失っていた。
わお。