Step 04 -真実の真、嘘の話-
らりぽ―な話。
相も変わらず――ワーウルフの丘と呼ばれる場所。
特に約束をしたわけでもなく、二人はそこに集まっていた。一方は何の変哲もない男で、もう一方は肩に一人の少女を担いだメイド服の女。
ワーウルフたちはいつもと同じように、お昼寝の最中である。
「おつとめごくろーさん」
「旦那様も、お勤め御苦労さまで御座います」
「……何かこう言う言い方だと別の意味でのお勤めに聞こえる気がするな」
「では改めまして旦那様、お勤め大変御苦労様で御座いました」
「ちょっと待て!? 今のは確実に別の意味合いで言っただろ、お前!!」
「はい、それは当然の事ですが。しかし旦那様がそこまで反応されると言う事は実は何か心当たりでも?」
心無し、じとーといった感じの瞳で見つめてくるメイドさん。だがそれは被害妄想である。
「ない! そんなモノは一切ない!!」
「そう言えば街の方で旦那様の手配書が出回っておりましたね?」
「それは確実にテメェの差し金だあ!!」
一瞬も置かないツッコミに、メイドさんが淡く、誰にも気づかれないほどに淡く微笑みを浮かべる。
「私の事を大変良くご理解いただけているようで、とても嬉しいです」
「……うっわー、開き直ってやがるよ、こいつ」
呆れたっぽい表情を男が浮かべ――そして誰にも気づかれることなく、メイドさんは微笑を消した。
「開き直るもなにも、私は開き直らねばならぬような悪事は一切行っておりませんが?」
「じゃあ何で俺の手配書が出回ってるんですかねっ!?」
「旦那様、悪い事をなされるのならばもっと手際よくお願い致します。指名手配されるなど、旦那様もまだまだ……」
ふぅ、と実に縁起がかった動作で溜息を吐いて、
「って、そもそも俺を手配しやがったのはお前だっ!!」
「既にいい思い出です。笑って見逃しましょう、旦那様」
「はっはっはっ……出来るかー!!!」
「それでも笑って許して下さる旦那様が素敵です」
頷く彼女の表情は相変わらず何を考えているのか分からない無表情のままである。
男はじーと、メイドさんを呆れ半分、諦め半分の瞳で睨みつけて……諦めと同時に溜息を吐いた。
「……まあ、今のあの街なら? 『冥了の欠片』の影響ですぐにでも手配書を回収すれば住人たちの記憶には残らないだろうけど?」
「申し訳ございません、旦那様」
「……何が?」
「既に他国への配布も終了しております」
「な、ん、でっ! そんなどうでもいいことばっかり……ってわけでもないけど、こう言う事に限って遺憾なく素晴らしい手際を見せやがるんだよ、お前は!?」
「……ぽ」
一切の無表情のまま頬すら染めず、実にワザとらしく視線を逸らすメイドさん。要は口で『……ぽ』とか言っただけである。それでもちょっと見惚れてしまうほど、微妙に様になっていたりするのが小憎いメイドさんクォリティ。
――と、まあ常人ならばつい照れて全てを不問にしたくなったりもするのだが、今回も少しだけ相手が悪かった。
「はぁ、何それ? なんですか、その反応はっ!?」
「好きこそものの上手なれ、とは良く申します」
「つまりあれですか、お前はそんなに俺を犯罪者に仕立て上げるのが大好きだと?」
「実はそれは私の旦那様はこんなにも素晴らしいお方であると他の方々にも自慢したいという、屈折した思いの表れなのです」
誇らしげに胸を張ったメイドさんの胸がぽよんっと揺れる。けど一切無視。
「随分と屈折しまくってますけどねぇ!?」
「と、まあこれは一割ほど冗談なのですが」
「あれ、それって全然冗談じゃなくない? つか、ほぼ本気?」
「些細な事はこの際置いておきまして、」
「全然些細じゃねえよ!? 俺の冤罪、死活問題ですからっ!!」
「いえ旦那様、冤罪では御座いませんよ?」
「冤罪じゃない? ならお前は俺が何をしたと? この潔白過ぎて完全なるシロと言い切っても良いほどの俺が一体何をしたと言い張る気で?」
「王女誘拐罪」
「……あー」
「……」
「……」
二人の間に広がる沈黙。
先に男の方が視線を逸らした。
「……旦那様?」
「――さて、と。じゃあ冗談はこのくらいにして置いて、真面目な話でもするか」
「はい」
『逃げましたね?』『ああ、勿論だ』『流石は旦那様』『いやぁ、それ程でも』とはこの時の二人の無言のキャッチボールである。
「一応、念のために聞いておくが――ちゃんと生きて、いや今は死んでるよな?」
男はメイドさんが担いできた少女――ノノーツェリア・アルカッタを見て。メイドさんも頷いて答える。
「はい、それは当然」
「ん、流石だな」
「いえ、それ程でも御座いますとも。……しかし旦那様も相変わらず無茶なご注文をなさいますね。“仮死にして連れてこい”などとは」
「そうか?」
「はい」
「それでもお前なら出来るって分かってるし、実際やって見せてるわけだろう?」
「旦那様の御命令とあらば、それがどれほど無茶な無理難題であろうとも――“命を創り出す”以外の事ならば成して見せましょうとも」
「……そか」
「はい」
「――……まぁ、それでも良く仮死状態になんて出来たと思うけどなっ! 自分で注文して置いて何なんだが」
いえ、と何でもないように首を横に振って。
「コツを掴めばこの程度どうとでもありません」
「……俺としてはそのコツとやらをどうやって掴んだかの方が微妙に気になるぞ?」
「夜な夜な旦那様で実験いたしました」
「怖っ」
「と、言うのは冗談」
「だよなぁ」
「……と、言う事にしておきたいと思います」
「その締めくくりは滅茶苦茶不安が残るのですがっ!? 後微妙に居心地悪そうにするのは止めて!? 何か真実味が増してくるから!!」
「まあ人体の急所要所を把握し、かつ完全な技術があれば仮死にするのは簡単です」
「う、うむ。そう言う事にしておこう。深く突っ込めば何か藪から蛇ならぬ龍とかもだしそうだし」
「ご賢明な判断で」
「お前に賢明な判断とか、言われたくない」
「それは失礼いたしました、旦那様」
「……ま、それはそれとして、」
不意に、男が真面目な表情に……とはいっても何処かへたれっぽい感じが抜けきらない、いまいちなものではあるのだが。ちなみにメイドさんは終始無表情なので真面目とか不真面目とかは、少なくとも表面上はない。
「――んで、状況は?」
「はい。旦那様の御想像通り、仮死にした状況で【冥了】は逃亡を図った模様です。念のため、旦那様の方でもご確認を」
その言葉に男は軽くノノーツェリアを覗きこんで。
「ん……まー、多分大丈夫、かな?」
「はい。それで旦那様、ナナーツォリア様の方は如何で?」
「ああ、“冥了の涙”が逃亡を図った段階で、かな? パスは消えてたし、多分大丈夫だと思うぞ?」
「……多分、では困るのですが」
「あ?」
珍しく、本当に珍しく渋いような表情を僅かに浮かべたメイドさんに、少し驚きながらもすぐににやりと笑いなおして、男はもう一度、口を開いた。
「なら言いなおす。大丈夫だ、あっちの……ナナーツォリアの方に憑いてた“冥了の涙”は俺が完全に消してきた。後遺症も一切なし。さすが俺!」
「別に誰からの賛辞も貰えはしませんがね」
「お前が褒めてくれるだろ。それだけで十分じゃないのか?」
「……旦那様、御戯れを」
「いや、まあ結構マジで言ったつもりなんだが」
「ならばなおの事、御戯れを、旦那様」
ほんの少しだけメイドさんの頬がピンク色に染まっている気がしないでもなく。
何となく気まずい気がしないでもなく男の方も少しだけ視線を逸らしぎみだったりして。
――良い雰囲気、とまでは流石に言いすぎではあるのだが。
「……まあ、なんだ?」
「はい、旦那様」
「それじゃあそっちの、ノノーツェリアの方の“冥了の涙”を駆逐しますかっ」
「……旦那様の、ヘタレキング」
「はい、何の事ですかぁ?」
「いえ、何でも」
「ん~、そうだな。そう言えばノノーツェリア・アルカッタと言えば身体が弱い事で有名だったよな」
「はい、そうですね、旦那様」
「なら“冥了の涙”駆逐ついでに、身体の方も元気にしてあげますかっ! あれだ、あれ。サービスってやつだな、うん」
「……やるのは私、ですか?」
「当然! そして出来れば美味しいところだけ俺に回してくれると嬉しい」
「具体的にはどのような?」
「身体を治したノノーツェリアに感謝されて、ほの字になって『いや、俺困ったなぁ~』って状況になる事」
「なんですか、その妄想」
「……お前、今本気で言いやがったな?」
「なんですか、そのばか丸出しの妄想」
「……お前、今のもマジで言っただろ?」
「私とした事が。余りに旦那様の妄言にあきれ果ててしまい、つい……」
「妄言とか言うなー!!」
「ですが、まあ……その程度ならばお譲り致しますよ?」
「え、マジで!?」
「はい。ノノーツェリアに感謝される役目は旦那様にお譲りする、と言う事でよろしいのですよね?」
「そだけど……何か裏とかあるわけじゃなくて?」
「はい、何も裏は御座いません」
「うひょ~、やったね、俺! ふふっ、でもだからと言って俺に惚れられても、困るけどなっ!」
「…………、だからと言って旦那様が仰った通りになるとは、到底思えませんが」
余裕ぶっこいてたら時間がなくなってました……(汗)
後書きは、また夜方にでも更新します。もしくは翌日。