Step 4.00 -始まりが終わる時-1-
メイドさんは、冗談とか嘘を言う時二度以上説明します。
本気の時や冗談抜きは一度だけ。
城下の、庭で繰り広げらた光景などどこ吹く風。
唯一、部屋の中に残っていた男は今はベッドの縁に腰掛けて、その中で瞳を閉じたままピクリとも動かない少女を覗きこんでいた。
「いやぁ、しかし本当にそっくりだな、これ。流石は双子姫。……うん、双子姫って何かいいフレーズ――……ゃ、そうでもないか」
そう言えば自分の身近にも似たような境遇の、似たようなお姫様方がいたなぁと思いなおす。どちらかと言うと『ぽやぁん』とか『むふふ』とかじゃなくて、『げんなり』といった感じである。
「呪い……と言うよりは【冥了】の欠片が少し喰いこんでるのか。んで、そのパスは多分ノノーツェリアの方に、と。成程なぁ、こりゃ確かにあいつには手が負えない」
少女を覗きこんだまま独り言を漏らす男に、応える声などこの場には一つもない。けれど本当に間近から少女を覗きこんでいる男の姿は、もし傍から見るモノがいればもう何処かの夜這いを掛けに来た最低男風にしか見えないような体勢だったりもする。
生憎と、それとも幸運な事にその事を最初に注意するだろうメイドさんは今は絶賛中庭の方で観戦か参戦中である。
「んじゃまぁ、早速――」
◇◆◇
お互い真っ赤に染まったまま、何処を見ているのかも定かでないノノーツェリアの焦点の合っていない瞳を、それでもくすんだ銀髪のメイドさんはしっかりと見据えていた。
「――旦那様に誓い、ナナーツォリア様の事はお助け致しましょう、ノノーツェリア様」
「……」
聞こえているのかも怪しいが――焦点の合わない瞳、何処か遠くを見るようにノノーツェリアは安堵の表情を浮かべる。
口が開いて声なき声が漏れかけ、その言葉は最後まで紡がれることはない。ノノーツェリアの身体が力なく、ぱたりと横に倒れた。
「とは申しましても……私に出来る事は既にもうないのですが」
やや、困った表情を浮かべて上を……一か所だけ大きく穴が空いている城壁を見上げる。その部屋の中には、まだ彼女の旦那様が残っているはずなのだが――
「ノノぉぉぉぉぉ!!!!」
聞こえた叫び声に、上を見上げるのを止めて彼女は視線を戻した。と、見えたのは必至の形相で駆け寄ってくるキックスと、その後を慌てて追ってくるツェルカの、二人の姿。
とはいっても彼女にとっては、視線云々以前に気づいていた事ではある。
見れば分かる事なのに、それでもなおキックスは駆け寄ってくるなり第一声で叫び声を上げた。
「ルイルエお姉様っ、ノノは――!?」
それに応える答えは、既に前もって彼女の中にある。
「キックス様。ノノーツェリア様は今しがた、前以て申し上げていた通り殺しました」
「「っっ」」
「心臓を貫いて、確かに殺しました。手違いはなく、間違いなく殺しました」
「「――」」
呆然と、彼女の言葉を聞くキックスと、キックスの様子を気にしながらその言葉を聞くツェルカ。
焦っていた事、慌てていた事、心配だった事、直前まで死にかけていた事や思考が停止する程の恐怖に晒されていた事など、挙げればきりがない。――これで三度、と呟いた彼女の声は誰にも届くことなく消えていた。
「ノノ――」
“三度”も断言されたと言うのにその言葉を受け入れられない。
不思議な喪失感を抱えたままキックスは今にも倒れそうな足取りで一歩、二歩と踏み出し、地面の血溜まりの中に倒れたままピクリとも動かないノノーツェリアに手を伸ばして。
「お待ちくださいませ、キックス様」
横から伸びた手によって、触れることすらを阻まれた。
「っ、なんですかルイルエお姉様っっ!!」
力づくで振り払おうとするも、彼女に握られた腕はピクリとも動かない。それどころか指一本、顔の角度を少しすら動かせなくなっていた。
「余り近づき過ぎぬ様、お願い致します、キックス様」
「な、何で――っ!?」
「キックス様は、ペイン病と言うモノを御存じですか?」
「ペイン病……?」
「通称【厄災病】とも言うのですが……ツェルカ様は当然御存じですね?」
「あのね、キーくん。ペイン病って言うのはね、不治の病って言われてる病気でかかると死は確実って言われてるんだけど……」
「はい、その通りです、ツェルカ様」
「そのペイン病がどうかしたんですかっ!?」
振りほどこうにも、動こうにもやはり身体はピクリとも動いてはくれなくて。
「はい、キックス様。キックス様にはお話しいたしませんでしたが、私たちが此度こちらの街に来た理由はそれです。この街……正しくは“国”がペイン病に侵されかけている可能性が御座いまして、私どもが参りました。驚嘆すべき事に旦那様の気紛れが原因、と言う訳ではないのですよ? これは由々しき事態と言う事でもあります」
「それが――そのペイン病にノノがかかってる、とでも!?」
「はい、その通りです。そしてペイン病の厄介なところは不治以外にも色々あるのです。一つに感染源が不明なところ、一つに感染力が非常に強力でヒト如きの免疫力では何ら役に立たないところ、他に、もそもそもペイン病にかかっているかどうかの判断が常人には不可能な事などが御座います」
「……」
「そして何より今重要なのが、この病気は死者から生者への感染率が一番大きい、と言う事です」
「死者から、正者……?」
メイドさんの顔を見て、それからやはりピクリとも動いていない――胸も全然上下していないノノーツェリアを見て、最後にまた彼女に視線を戻して。
「はい、キックス様。ですので余りノノーツェリア様にはお近づきにならぬ様」
「――っっ」
その一言に、一気に頭に血が上った。
「それじゃあまるでノノが死んでるみたいじゃないかっ!!!」
「ですから、初めからそう申しております。キックス様が諦めるか、手に負えない事態になれば私がノノーツェリア様を殺します、と。私が殺しました、とも言っております」
「で、でも――っ!!」
なおも食ってかかり――もし身体が動くのであれば目の目の、あのルイルエお姉様であろうとも掴みかかっていただろうが、それは出来なかった。
「……キーくん」
後ろから、ツェルカがキックスの事を抱きしめる。
宥めるよう、落ち着かせるよう。何より、知らせるよう――
「キーくん、ノノーツェリアの事を良く視て……キーくんなら、判るんでしょ?」
「っ」
それは、今まで認めたくなくて目を逸らしていたことであり、
「ノノーツェリアが生きてるか死んでるか、キーくんの目なら、もうちゃんと視えてるんでしょ?」
「……ツェル姉ぇぇ」
身体から力が抜けた。まるでそれを見計らったように腕が、そして身体を自由にされて、拍子にキックスは膝を折ってその場に崩れ落ちていた。
「……では、キックス様。それにツェルカ様も。こちらの方は私が処理しておきますので――何も御心配なさらぬよう」
項垂れたままのキックスは、その言葉には何も反応しない。
ただ、ツェルカは――
「っ?」
何か重大な事にようやく気付いたように顔を上げて、そこに全く無表情のメイドさんを見た。
「如何なさいましたか、ツェルカ様?」
「……ぃ、いえ、何でも」
「それではお二人とも。今後の奮闘を期待しております」
「……奮闘?」
ツェルカが不思議な表情を浮かべるより先。
「――あぁ、言い忘れておりましたがツェルカ様。貴女はしばらくの間、キックス様についていて下さるようにと、旦那様から言付けを承っております」
「ご主人、様から? 私がキーくんの……?」
「はい、確かにお伝えいたしました。――では」
一礼を――血で真っ赤に染まったエプロンドレス姿であってもなお見惚れぬ者などいないであろう礼をして。
次の瞬間、彼女の姿はそこにはなかった。すぐ近くで倒れていたはずのノノーツェリアの姿も。
ただ残っていたのはこれでもかと言うほどにおびただしい量の血溜まり――。
やんや、やにゃ~
今日はこれだけ。
後……やっぱり二回くらいかな? と思います。