Early X. キックス-40
ハッピーエンド、至上主義!
……のつもりです、基本的に。人死に? なんですか、その嫌なイベント? と言う感じ。感動なんてクソ喰らえ。
「――っ」
突然の事態に理解が追いつかないように、キックスは驚愕を浮かべたまま吹き飛んでいったノノーツェリアと、そして吹き飛ばした張本人であるメイドを眺めて――
「こちらも失礼いたします」
目前に彼女が迫った事に気づく間もなく、手首と腹部と首筋と……数か所の急所を同時に突かれて呆気なく崩れ落ちた。
くすんだ銀髪のメイドは埃一つついていないエプロンドレスを軽く払い、地面に倒れかけていたキックスの身体を抱き止めて、そのまま抱き起こす。
「き」
「キックス様はご無事ですので心配なされぬ様、ツェルカ様」
「キーくんは無事――……な、んですね」
絶妙のタイミングで挟まれたくすんだ銀髪のメイドの言葉に少しだけ言い淀んで、それでも心配そうに駆け寄ってくるツェルカ。
「――さて、と」
くすんだ銀髪のメイドは駆け寄ってくるツェルカと腕の中で気を失ったままのキックスを順に見て――それから、地面に転がったまま緑の光を発しかけた剣を踏み抜いた。
――ぴぎゃ!?
光を発しかけていた剣が声を上げて砕け散る。砕けた刀身はまるでそれが幻であったかのように大気に溶けて消え、後に残ったのは何処にでも落ちていそうな木の枝が一本。
「ルイルエお姉様っ、キーくんはっ!?」
「こちらに。どうぞツェルカ様」
やっと、駆けつけてきたツェルカに抱き止めたままだったキックスの身体を譲り渡すメイド。
「気を失っておられるだけです。傷口もかなりの力技ではありましたがちゃんと塞がれておりますし、直に気がつかれることでしょう」
「ルイルエお姉様……はい」
頷いて、それでも心配そうにキックスの身体のあちこちを触りながら確かめているツェルカの様子を無表情で見下ろして。
くすんだ銀髪のメイドはノノーツェリアを吹き飛ばした城壁の方へと、視線を向けた。――その時には既に彼女の姿はその場所にはない。
◇◆◇
傷一つない胸の傷口を曝け出して、時折血反吐を吐きながらノノーツェリアはいつの間にか目の前に佇んでいた彼女を強く睨みつけた。
身体は指一つ動かないようで叩きつけられた城壁に背を預けたまま、四肢からは完全に力が抜けている。けれどその視線だけが常人ならばショック死してもおかしくないほどに鋭かった。
「やはりあれしきではダメでしたか。流石は、例え一欠片とは言え【使徒】であるだけはあります」
「ッ……龍の――き、さま……」
「――まさか卑怯、とも仰らないでしょう? 旦那様が手を出さない、などと仰っておられたのは私も聞いておりましたが、それはあくまで旦那様の事。私ではありません」
「……」
「それに私たち如きに後れを取ったのは他でもない貴方なのですから、それで恨み事など逆恨みも甚だしい」
「逆恨み、ですか。――はっ」
「まあ、確かに私と旦那様に限っては逆恨みと言う訳でもありませんが――だからと言ってノノーツェリア様は、その身体の持ち主は関係ないでしょう?」
「関係ないわけがない。裏切り者の小人どもなど、我らが主に代わり全て私が滅ぼします」
「……正直、私はそんな事どうでもいいのですが。旦那様と私がいる限り貴方方の好きに出来るとは思わぬ事です。努々――次に巡り合う時も忘れぬ様」
「龍の、姫めっ」
「――私はそのようなものではない。ただの、旦那様の生涯常に共にあり続けたいと願う伴に過ぎませんよ、ノノーツェリア様」
「……」
翡翠の瞳で、更に激しくノノーツェリアが睨みつけるが、くすんだ銀髪のメイドはやはりどこ吹く風。そんな視線など一切気にした様子はなく、いつもと変わらぬ無表情のままノノーツェリアの傍に膝を折って屈みこみ、曝け出されたままの胸の中央へとそっと手を当てた。
「ではノノーツェリア様、あの時の問いを改めてお聞きいたします。――如何、致しましょう?」
「何をするかと思えばっ、今更この娘の意思なんてもの、既に存在しな――」
「お黙りを。私は貴方ではなくノノーツェリア様に尋ねているのです。さあ、どうなさいます?」
「……この娘の意思などとうにあるはずがありません。何の耐性も持たない小人の子如き、私が顕現した瞬間に――」
「だから貴方方は滅んだのでしょう?」
「――」
「それに何の為に貴方を削り取ったのか、お分かりにならないとでも?」
「……好きになさい。少なくとも今の状況では私の勝ちではない」
「素直に負けと仰られては?」
「……」
ノノーツェリアの瞳が、不意に翡翠から蒼い色へと変わった。先程まで場を支配していたプレッシャ-や殺意の類は何処にもなく、そこにいるのはただの一人の――
「さてノノーツェリア様、如何なさいますか?」
それでもくすんだ銀髪のメイドは彼女の胸から手の平を退ける事なく、再度同じ事を尋ねた。
ゆっくりと、焦点の合っていないノノーツェリアの蒼眼がそれでも彼女の方を見た。そして、
「――」
「はい、ノノーツェリア様」
◇◆◇
――どっと。
言いようのない不安感と焦燥感を感じながらキックスは意識を取り戻した。つい寸前まで誰か――森っぽい女の子に呼びかけられていた気がしないでもないが、良く覚えてはいない。
「あ、キーくん。気付いたんだ。良かった――」
膝枕をしてくれていたらしいツェルカが何か言っていたが、正直その内容はキックスの耳には入っていなかった。
止まない焦燥感と苦しいほどの胸の動悸が何かを訴えかけてくる。
瞳ではない――視界ではなく、意識を失っていたつい先ほどまでずっと視ていたソレが訴えかけてきている。魔力の流れ、渦、世界の流れ、もうひとつの姿とも言える運命とも宿命とも言い換えても良いただ残酷なだけの世界の姿。
つい先ほどまで生死の境で視ていた事の名残か、いつも以上にキックスは視えていた。だから迷うことなく、キックスの視線は真っすぐにそちらへと向かった。
ノノーツェリアが城壁に背を預けたまま倒れていて、そのすぐ傍に屈んだくすんだ銀髪のメイドが彼女の胸に手を当てている光景が――
「ノ――」
その呼び掛けは最後まで、それとも最初から。キックスの口から出る事はなく消えていった。
ぶじゅ……と。
キックスはその時、肉を裂き潰すような音を――幻聴した気がした。
ノノーツェリアと、それと向かい合っていたくすんだ銀髪のメイドの身体が真っ赤に染まる。ノノーツェリアの胸から噴き出た真っ赤な血によって。
「――――ぁ」
呆然と、キックスが身動ぎも出来ないでその光景を凝視し続ける中。
コテンっ、とまるで人形か何かのようにノノーツェリアの身体が地面に倒れたことで――ようやくキックスは我を取り戻した。
「ノッ――」
起き上がり駆け出そうともがいた足が絡み、頭から突っ込んで地面に転ぶ。
かなり痛い。痛い、けれど。
そんな事を気にする余裕も余念もなく、キックスは身体を起こしてもう一度、今度こそ駆けだす。ノノーツェリアへと向かって一直線に。
「ノノぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
【アルとレムの二言講座(ツッコミ役:レアリア)】
「なーにか最近、俺に対するレアリアの扱いが酷い気がするんだよなぁ」
「……(いー)」
「ん?」
「……」
「……はて? 今、アルが凄くありえない事をしてた気がするんだが……気のせいか?」
「……」
「いー、とかって、可愛らしいけど胸にずんとくるみたいな、俺って実は嫌われてないよね? 的な事をしてた気がするんだが……はははっ、ちょっと疲れてるのかな? 気の所為だよな、うん」
「……」
「――……突かれた。私、何やってるのかしら? 何で、なんでなんでなんでなんで毎日毎日、こんな男の為にお金を稼いでるみたいな事を……!!!!」
「お、お帰りレアリア。それと今日もお疲れ様。いやー、レアリが働き者で凄く助かるな。なぁ、アルー?」
「……(ぷいっ)」
【お終い】
多分、後三回くらい。