Early X. キックス-39
あと、すこしで一幕目(?)は終了予定。
それでひとまずキックス君のお話しは終了の予定です。
「……困りました。宿主が生命維持に精一杯で何も答えてくれません」
さほど困っていないように、そう言うキックス(?)。と言うよりも死人同然の顔色のまま、しかも相変わらず血を垂れ流したままなのでゾンビさながら、その姿は怖いと言うほかない。
「き、キーくん?」
「?」
不思議そうに、くすんだ銀髪のメイドの抱きかかえられたままのツェルカへと視線を向けるキックス(?)。その姿はやはりどこまでもゾンビっぽくて怖い。
「キークン? 宿主の呼び名かな?」
「や、宿主……?」
「キークン、キークン……何か変な名前。――と」
事態の理解が追いつかないのか、目をぱちくりさせるツェルカの様子に、それをさほど気にした様子はなく、キックス(?)はぽっかりと穴が開いたままの自分の胸へと手を当てて、そのまま傷口へと手を突っ込んだ。
「キーくん!?」
はっきり言ってその光景はグロいと言うか目を背けたくなるようなものでしかない。ツェルカが思わず叫んだのも分かる、が。
キックス(?)が手を抜いた時、そこにあったのはノノーツェリアに開けられた胸の傷口ではなく、綺麗な治ったばかりの肌が見えていた。
「取り敢えず身体は治しておこっと。動きにくいし」
メイドさんが『……何と無駄な力技ですか』などと呆れ声で呟いていたりしたが、誰も気にしなかったし彼女自身気にさせるつもりで呟いたものでもない。
「ん~……この中でノノって、誰? いる?」
「そちらの女性の本来の持ち主の事です。キックス様の中のお方」
間置かず、くすんだ銀髪のメイドが問いに答える。
彼女の言葉にキックス(?)はノノーツェリアへと視線を向けて――
「今度こそ確実に落として上げます」
「――おっと」
既に目前まで迫っていたノノーツェリアの手刀を慌てることなく剣の腹で受け止める。
「ノノって言うのは貴女のこと? 世界の僕が一柱」
「ええ、その小人の雄に“ノノ”と呼ばれていたのはこの身体の元の持ち主で間違いありません、聖遺物の意思」
「ふーん、……なら、『ノノを助けて』って言うのはどういう意味か分かる?」
「さあ? 既にいないモノを助ける事の意味など私は知りません」
「んー、そうだよね、世界の僕が一柱。もう食べられた存在をどうやって助けよう? ――吐き出させてみる、とか」
「――出来るモノなら」
互いが剣と手刀で競り合ったまま、キックスとノノーツェリアの二人は互いを睨み合う。
本来の――彼彼女ではありえないだろうこと。だが今二人の身体を動かしているのは二人の意思ではなく、
「……そか。なら遠慮なくっ!」
キックスが握りしめた剣が、大きな緑色の光を発する。そしてそれに応えるように、ノノーツェリアの手の翡翠の輝きも強さを増した。
光の波に互いの身体が押され合う様に弾かれ、大きく距離を取り。
剣を上段に構えたキックスがそのまま斜めに振り下ろす。
振り下ろされた剣の軌跡は、そのまま空間を喰らい、世界を喰らってノノーツェリアへと向かっていく。
ノノーツェリアは微塵も焦る様子なく。翡翠に輝く右手を前に掲げて、その斬撃を圧殺した。
その時には既にキックスは地を蹴ってノノーツェリアへと切迫して、全身全霊での突きを繰り出していた。
が、それもノノーツェリアは紙一重で避け、そのまま手刀をキックスの首めがけて振り下ろしていて。
「っ?」
キックスは首の皮一枚で、それを何とか避ける。
剣を切り上げるが、その刃は翡翠に輝くノノーツェリアの左手によって止められて、剣そのものを鷲掴みにされる。
「格の差を知らない造物如きが」
そのまま空いた右手でキックスの首を落としに来る。
キックスは力任せに剣を振り払う事でノノーツェリアを吹き飛ばし、その攻撃を回避する。
「ん~……手強い」
「これ以上造物如きに構うのも時間の無駄というもの」
「造物?」
「――なんですか。あなたは、自分が誰に生み出してもらったのかも忘れてしまったのですか?」
「生み出す?」
「既に記憶にもないとは憐れな――」
「確か……何か変な、男?」
「――」
瞬間。
ノノーツェリアの雰囲気が一変した。今まではどうでもいいもの相手を処理する程度の、いわば『道端に転がった石をどける』くらいのものだったが。
不可視の刃にも似た殺意が噴き出した。
「造物如きが、我らが主を……――早急に始末してあげます」
◇◆◇
キックスとノノーツェリア、正確にはその二人に取りついた“何か”の戦いを眺めていたくすんだ銀髪のメイドは、不意に口を開いて呟きを洩らした。
「――余りよくありませんね」
「……っ?」
ノノーツェリアの殺気に当てられて苦しそうに顔を歪めて、ツェルカがメイドの腕の中で彼女を見上げる。だがその呟きは別に彼女に聞かせるものではなかったようで、くすんだ銀髪のメイドは向けられる視線に対してなんら関心を向ける事はなかった。
「ぁ、あのルイルエお姉、様……?」
「はい、如何なさいましたかツェルカ様?」
だと言うのに、声をかければ何事もなかったかのように当然とばかりに、無表情ではあるものの何処か温かみの感じられる瞳をツェルカに向けてくる。
「良くないって、どういう意味なんですか? それにキーくんも何か変に……ノノーツェリアみたいになっちゃって、まるで別人みたいな……」
「そうですね……ではツェルカ様、何からお答えいたしましょうか」
「……キーくんは、無事、なんですか?」
「はい、ご心配なく。少なくとも私の手が必要ない程度にはご健勝であらせられます」
その言葉に、ツェルカは歪めたままの表情の中に確かに安堵を浮かべて、
「……なら、キーくんは急に、どうしちゃったんです?」
「簡単に言えばノノーツェリア様と同様、乗っ取られている状態にあります」
「ぇ、それって……」
「ご心配なく。見たところキックス様に取りついているモノはノノーツェリア様と違い、悪意あるものではありませんから」
「そう、なんですか……」
「はい、ツェルカ様。ですが――」
「ですが?」
「余り良い状況とは言えないかと」
「それって、キーくんが押されてるって……?」
二人の戦いを眺めて、何となくだが優劣の差はツェルカにも分かった。
くすんだ銀髪のメイドはその問いかけに肯定を示しながら、
「それも御座いますが何よりこのような意味のない争いなど、旦那様がお望みになるものでもないでしょうし」
「ご主人様が、望む……?」
「はい、ツェルカ様。そも、誰の意思も介入しないこのような戦いなどするだけ無駄と言うモノ。出来れば再びキックス様に意識を取り戻してもらい、使いこなすと言わないまでもアレをご自身の意思で揮って頂きたかったのですが」
「アレ……?」
「私と旦那様が差しあげたとっておきです」
「?」
ツェルカはよく分かっていないように、不思議そうな表情を浮かべて。
「ですがキックス様には申し訳ないですが――時間切れ、と言うところでしょうか」
いつの間にか、気付くと自分の足で立っていた。
くすんだ銀髪のメイドの姿は近くには何処にもなく――向こうではノノーツェリアの絶対の、必殺の一撃が今まさにキックスに向けて放たれようとしていた――。
◇◆◇
「――!」
キックスは……キックスにとりついていたその意思は、不意に自分を取り囲んでいるものの存在に気がついた。
自分の辺り一面、それこそ360度全てを覆い尽くして逃げ道一つないソレは――どのような手段かは分からなかったが間違いなく目の前で対峙している“彼女”のものだろう事は想像に難くない。
けれど誰がどうやって、と言うのはこの際どうでもいいとして。
問題はこの状態を切り抜けられそうにない、と言う事だった。今周囲にあるのは自分と同じ致死の一撃――それも取り囲んでいる全てが一撃でこの肉体を塵に還す力があるとすぐに理解できた。そしてそれを切り抜ける手段は今の自分には――少なくとも目を覚ましたばかりで宿主の意識もない今の状況では手の施しようがないと言う事も。
故に出来る事は。
今も照る全力を以て目の前の相手へと玉砕を掛ける事――
「では――散れ」
「っっ」
死を覚悟で向かいかけたその足は、最初の一歩を踏み出す直前で止まっていた。
そしてそれは、キックスに憑いたモノが浮かべたのは二重の意味での驚愕である。驚愕はキックスだけではなくノノーツェリアの方も同様、むしろ彼女の方が大きなもので。
「――失礼」
ノノーツェリアの目の前、つまりキックスとノノーツェリアの間。そこに、確かに一瞬前までいなかったはずのくすんだ銀髪のメイドの姿があり。
トン、と。
彼女の手がまるで撫で物を労わるような仕草でノノーツェリアの胸に触れた。それは恐ろしいほど、恐怖を抱かせる程にゆっくりとした動作のようであり――同時に瞬きの間もないほどの一瞬、半瞬足らずの出来事だった。
「りゅ――」
「【――創滅】」
ドゥゥン――と音が遅れて聞こえてくる静寂の後。
ノノーツェリアの身体が吹き飛び、城壁へと叩きつけらて、そのまま崩れ落ちた。
【アルとレムの二言講座(ツッコミ役:レアリア)】
「む? 何か急に眼が覚めてしまった訳だが……って、アル? 何だ、お前も起きてたのか?」
「……」
「どうしたんだ、こんな夜中に起きて……ははぁん、さては俺が恋しい余りに眠れなかったとか、そう言うことか?」
「……」
「……実は眠ってますー、とか、恥ずかしい事はないよな?」
「……」
「――れむのばかー!!! おたんこなすぅぅぅ!!!!」
「うお!? ……って、なんだ、レアリアの寝言かよ。……いや、でも待て? そっか、成程、実はレアリアの奴夢に見るほどまでに俺の事を……だったのかぁ。流石の俺も気付かなかったぜ」
「……(ふるふる)」
【お終い】
はにゅー。