Early X. キックス-37
思い切り怠けました。気付くとこんな時間に……休日って素敵です!!
と言い訳して見た。
――では、宜しいですね?
何処か遠くから、声が聞こえた。
キックスは今にも途切れそうに――いつ途切れてもおかしくない意識の中でその声を聞いた。
いや。
遠いようで実は近いのかもしれないし、近いと思わせて実は当方もなく遠いのかもしれない。
どちらにせよその距離間は曖昧だ。何より、今まさに死に逝くこの身だ。距離など今更どうでもいいのかもしれない。
見えない目、聞こえない耳、回らない頭で考える。
何が宜しかったのだったか、と。
――ではノノーツェリア様の事を諦められるのですね、キックス様
また何も聞こえないはずの耳に声が聞こえた。
でも、ノノーツェリアって誰だったっけ? そもそもキックスと言うのは、誰の事? 自分? それとも他の誰でもない、他人?
分からない。分からないけれど、それはとても大切なことだった気がする。
何が大切なのか分からない、分からない、けれど……。
◇◆◇
ふと、光が視えた。
なんだろう――と思う事はない。あれは確か、見慣れたものだったはずだから。
光とは――魔力であり同時に魂の形。力そのものでもある。ヒトの心であり器であり形でありり、偽ること叶わぬその本質。何故かはもう思い出せなかったが、それが解る。直感的に理解した。
目は既に実態を映さず、先程からずっと何処まで先も続く暗闇を映すだけ。そしてその暗闇さえ、今はすぐ傍に感じられる途方もない大きな光に飲み込まれて霞んで視える。
暗闇すら駆逐してなお余りある、そんな“力”が三つ、其処には存在していた。
何処か近く、それでいて遠くに思える場所にある……一つは漆黒の光。ルイルエお姉様の純粋なる黒とは違う、全ての色が入り混じり、ただするとそこに存在する暗闇に見間違えてしまうほどの――それでいてその存在を見間違う事などありえないほどに強大で……不思議と安心感がわき上がってくる、そんな真っ黒な光。
誰だろうか……との思いが一瞬頭をめぐったが、取り留めない今の頭では思いつかなかった。
一つは白と黒、入り混じりながらも決して交わらず、決して混ざり合わず。灰色ではない、白と黒の光。これは不思議と誰なのかが分かった。
ルイルエお姉様、と。改めて漆黒の世界に映る光の強大さには目を見張るものがあり、彼女がこれほど大きな存在だったとは分かってはいたが、まだ分かっていなかったのだなと思い知らされて、何故か笑いたくなるような気持だった。
最後の一つは翡翠の光。その光は余りに眩くて、目を開けて見るだけでも辛い。だが実際目で見ているわけではないのだから目を逸らすと言う事も叶わない。
己の身ですらも妬かれてしまいそうな猛々しいその光は――間違えるはずもなくつい先ほどキックス自身を貫いた光と同じモノ――
「……の、の?」
ノノーツェリア、という名前がふいに思い浮かんで、消えた。
急いで手繰り寄せないと今のイカレた頭では忘れてしまいそうになり、半分無意識に、もう半分意識的にその名前を必死に繋ぎとめる。
ノノーツェリアって誰だったけ、と思う。
大切な人だったように思うし、どうでもいい人だった気もする。凄く我儘なヒトだったかもしれないし、どうしようもなく可愛らしい人だったかもしれない。
少なくとも、今は自分の事ではないと思えた。
でも、と思う。
それが誰だったのか思い出せないけれど――それはきっと、今忘れてしまっているのは大切なことだったはずだと。
何も思い出せない、なにも思いつかないまま、自分の中の叫び声だけが聞こえる気がする。
まだ諦めてない、と。
宜しくない、僕は未だ諦めてなんていない、と。
でも体が動かない。まるで胸の中央にぽっかりと穴があいてしまったみたいに、全身に力が行き届かない。
何とかしたいのに、なんとも出来ない歯がゆいだけの無力感がわき上がっては消えていく。けれど消えてはまた湧き上がり、必死に何かを伝えてきているような気もする。
――
ふと。
何か風が吹いた、気がした。身体の感覚などとうにありはしないのに。
今日は良くふいに気づくことが多い日だ、と思いながら。不思議な光を見つけていた。
いつもなら気付かないはずの、螺旋を描く不思議な光。自分の身体を通り抜けて、世界へ散っていく。そして世界からまた自分の中へと循環してくる――不思議な力。
これは何だろうなぁ……なんて思いながらも、何となくこの光が今の自分の命を繋ぎとめているのだと理解した。
薄く淡く、漆黒の光とはまた違った意味でどこまでも世界と似通った、それでいて力強い光の螺旋。
死に掛けだからか、それとも目が見えないせいか、いつも以上にはっきりと周りが視えてしまう。――実に皮肉なことではあったが。
そして声が聞こえた、今度ははっきりと、“自分の中”から。
――お腹、空いたぁ~
なんとも気の抜ける声だった。イメージとしては何だか緑色の、森を幻想させる少女みたいな。
お陰で危うく魂を持って行かれそうに――本当に死にそうになった。
これまた何となく、彼女(?)のご飯が周りにある光――魔力なのだと分かって。
自分の中を巡っていた光の螺旋の一部を、その“少女”へと受け渡した。そこに理由はない、ただ何となく、何となくそうしたに過ぎない。
――!!
何か驚いた気が意を感じた気がした。
続いて緑の少女の声が――これまでとは一味もふた味も違う、何処か神々しさを感じさせる……気がする声が聞こえた。
――貴方の願うすべて、私が叶えましょう、なんなりとご命令を!!
「……のの、を」
その声は、キックス自身が気づくことなく。
「のの、を、助けたい……んだ」
その“ノノ”と言うのが何か、誰かと言う事もまだ思い出せていないと言うのに。その言葉はキックスの口から洩れていた。
当然と、緑の少女はそれに応える。
――了解です、食物の源!!
漆黒の世界に四つ目の、大きな光が生まれた。
【アルとレムの二言講座(ツッコミ役:レアリア)】
「やったね今日はごちそうだ!!」
「……」
「まあ? アルと一緒ならたとえなんだって俺にとってはごちそうなんだけどなっ!」
「……」
「――よし、レム。あんたの今日の食事はその辺りに生えてる雑草ね」
「それはあんまりではありませんか、レアリアさぁぁん!?」
「……(ふるふる)」
【お終い】