Early X. キックス-36
きほん、キックスは弱いです。よわよわです。
そしてつづく。
「キックス様、予め一つだけ申し上げておきます」
「――?」
やはりいつの間にか、くすんだ銀髪のメイドさんがすぐそこに――ツェルカをお姫様だっこして佇んでいた。
そのツェルカの瞳は若干と言わず思い切り潤んでいて頬も上気しまくり夢心地な表情でメイドさんを見上げていたりするのだが――そこは気持ちが分からないでもないので見なかった事にしてあげた。
余りに今更なので驚きはしないし、むしろあの高さから落ちてきて衝撃の“し”の字も感じなかったのは彼女のおかげかと納得出来る。
「貴方が叶わぬと判断した際、貴方が後一瞬後に死んでしまいかねない際、或いは貴方が私に助けを求めるような事態――貴方がノノーツェリア様を諦めた瞬間、私がノノーツェリア様を殺します」
「……は、え?」
「全ては旦那様がご判断なされた事、故に一切の異論は聞き入れませんし認めません。もし拒むなら、願うのなら――力で以てのみ、叶える事です」
「な、何を……」
「では、ツェルカ様の事はどうかご安心を。思う存分、足掻いて下さいませ――」
彼女が誘う様にして、上を見上げた。余りに自然すぎるその動作に思わずキックスもつられて空を見上げて、見た。
まるで天使か女神のように、空からゆっくりと降り立ってくるノノーツェリアの姿――……の、下着までバッチリと。
慌てて目を逸らした先にはメイドさんがいて、肯定的に頷かれた。
「その調子でご健闘をお祈りしております」
「ちょ、ま――ッ!!」
何の調子ですかっ、との叫びは間に合わなかった。
ノノーツェリアが少し離れた地面に降り立つ。
いつになく表情のないその様子からは内心を窺う事は出来なかったが、取り敢えず下着云々――と言うより見えていた事に気付いた様子もなかったので、キックスは内心激しく安堵した。
だが同時に、服の所々が赤く染まって痛々しい様子にまた思わず手が伸びかけ……、脳裏につい今しがた殺されかけた事がよぎり今度は思い留まる事が出来た。
そして反射的に身体を引いて――結果的にはそれが幸いした。
「では後がつかえていますので早々に――」
地面に降り立ったノノ―ツェリアはキックスの姿を認めるなり、瞬きをする間もなく姿を消して、
「!?」
「――消えなさい」
キックスからしてみれば気付くとすぐ目の前にいたという認識が正しい。
翡翠に輝く手刀の切っ先は既に真っすぐキックスの胸の中央へと狙いを定めて振り下ろされている。
キックスにそれを避けるすべはなかった。ツェルカよりも数十段劣っていると言うのは伊達や酔狂、言い過ぎなどでは決してなく、純然たる事実なのだから。
はっきり言ってしまえばその手刀の攻撃ですらキックスは見えていなかった。いや正確には――魔力の流れだけは視えていたのだが如何せん身体が追いついてこない事にはどうしようもなく、やはり結果としては同じである。
つまりあっさりと殺されそうになったのだが、そこで身を引いた事が功を奏した……と言えばいいのか。
「――ぇ」
自分の身体を見下ろす。
腕が突き刺さっていた。痛いなんて感覚はなく、ただ薄ら寒い。正に痛みすら感じる間もない、なんてこの事なんだろう。
長く引き伸ばされた一瞬にそんな事を思いながら――
「がっ、は……っっ」
貫いていた腕が引き抜かれる。
吐いた息には血が混じっていて激しい吐血をして、それ以上にぽっかりとあいた胸の空洞から血が噴き出す。
――身を引いた事が功を奏した、とはいってもそれはあくまで即死を免れた、と言うだけの事。致命傷には変わりない。
急速に霞み出す視界に、やはり無表情のままのノノーツェリアの顔を入れて――ふとノノーツェリアが悲しそうな表情を浮かべた気がして、きっとそれは自分の勘違いなのだろうな――と考えながら。
「一つ」
「……」
身体は自由にならず、そのまま地面に倒れこんだ。
◇◆◇
地面に崩れ落ちた死体――正しくは死にかけの身体を数瞬だけ見下ろして、ノノーツェリアはもう興味はないと言うようにそれに背を向けた。
彼女の視線の先にいるのは、相変わらずの無表情のまま佇むくすんだ銀髪のメイドと、彼女の腕の中で顔を真っ青にさせて震えているツェルカ。
「次はどちらですか?」
「き、キーくんっ!!!!」
遅れて、ツェルカの口から絶叫が漏れてメイドの腕の中で必死にもがく。だが彼女は一切微動だにせずその場に佇むまま――
「では、リタイアなさいますか、キックス様?」
小さくはなく、大きくもない。
透き通るような静かな声で、尋ねた。
【アルとレムの二言講座(ツッコミ役:レアリア)】
「何か面白いモノ見つけた。カパラの肉とかいうものらしい。……カパラって何だろうな?」
「……」
「まあ、アルに聞いても仕方ないんだけど……俺もカパラなんて聞いたことないんだけどなぁ、羽のついた、何か伝説の珍獣とか言う話だけど」
「……」
「で、アル。これ一応買ってきてみたんだが、食べてみるか? 結構高かったんだぞー」
「……」
「――ってバカレム、そんなの思い切り騙され、ていうよりそのお金は一体どこから出したっ!!??」
「ん? レアリアの懐からだが……そうか、やっぱり騙されてたか。う~む」
「……(ぷいっ)」
【お終い】
何だか、キックスが気付くと弱くて。
すぐ終わっちゃいました、って感じがある今回。