Early X. キックス-34
ご主人様、復活?
と言うかこのお話の主人公は一応キックスと言う少年です……って、なんだか最近置いてけぼりな彼(汗)
睨み合ったまま動かない二人。
正確には――ノノーツェリアの意識が微妙にツェルカからズレていたのだが、それを承知でツェルカはその疑問を今は気にしない事にした。油断一つが命取りになる相手だと、こうして対峙しているだけでも分かるのだ。
何より、気が逸れていて好都合な事はあれど不都合な事はない。
「――ノノーツェリア……じゃあないよね、あなた?」
「ええ」
「……驚いた。素直に認めるんだね」
「認めない理由がありません。何より小人如きと同列に扱われるいわれはない」
「小人如き……ね。誰かは知らないけど随分と偉そうなんだね、あなた?」
「私はあなたごときに構っている暇はないので、出来れば素直に死んでもらえるとありがたいのですが?」
「……うわ、いきなり死んで、と来たか。こりゃまた、凄いね、うん、色々な意味で……」
「それは、素直に死ぬ気はないという返答ととっても良いですか?」
「そりゃ――当然。私が死ぬのはキーくんの胸の中って、二人が生まれた時から決まってるんだよ」
◇◆◇
それを傍で眺めているキックスとメイドさんの二人。
「だ、そうですよ、キックス様?」
「いや、決まってないし」
「そうなのですか?」
「そうなのですかって……何だかルイルエお姉様にそう聞かれると、自分が間違ってるような気に……いやいやいや」
「ツェルカ様の事、大切にしてあげて下さいね?」
「うん、それは当ぜ――って、ルイルエお姉様!? 何で僕がツェル姉をもっ、貰うみたいな感じになってるんですか!?」
「私は常に旦那様の味方ではありますが、どちらかと言えば女性の味方なのです、キックス様」
「……あぁ、もうっ」
メイドさんの周囲はいつも、概ね平和である。
◇◆◇
「なら安心しなさい。そちらの小人の雄も――そして大罪人の龍の姫も、あなたとその男を殺した後、すぐに同じ場所に還して上げます」
ぴく、とツェルカの眉が跳ね上がり、部屋の気温が一気に十数度下がる。
寒いの嫌いなメイドさんは直前に周囲に結界を張っていたのでキックスがその気温の変化を実感する事はなかったが、一人ぼろきれのように倒れている男は、しかもツェルカのすぐ傍にいたので何か全身に霜が張り付いて、身体がガタガタ震えだしていた。
『お可哀そうな旦那様』などと完全に他人事なのは件のメイドである。
一方キックスの方は、ツェルカの変化に明らかに表情を強張らせた。経験則からして、今ノノーツェリア――の身体を使っている何者かは、ツェルカに対して言ってはいけない言葉のワースト3に入る言葉を言ったと理解した。
ちなみにワースト3は『キックスを傷つける』『キックスを誘惑する』類の事を他人から言われるのと、キックスがツェルカを“ツェル姉”以外の呼び名で呼ぶ事、である。
以前、寝ぼけていたようでキックス自身記憶はないのだが。ツェルカの事を“ツェルカ”と呼び捨てにした際、殺されかけたのはキックスのトラウマの一つである。ちなみに殺されかけた理由が照れ隠しだったりするのだが、幸か不幸かキックスはその事実を知らない。兎に角、“ツェル姉“以外の呼び方は駄目、と言うことである。
話が逸れた――が。
ツェルカが深く吐き出した息はもはや白いなどと言うレベルではなく、氷のつぶてになってそのまま床へと落ちて行った。
「――ちょい待ちノノーツェリア、いや違うけど、もうノノーツェリアで良いや、お前」
「なんでしょう」
「私のキーくんを殺す、とかほざいたのはその口?」
「そこの小人の雄を? ええ、確かにそう言いましたね」
「あぁ、そう……だよね。なんかもう――死んで後悔して?」
ツェルカの姿が消えた、ようにキックスには見えた。実際は一歩を踏み出しただけである。
そしてツェルカの後ろにいた男は吹き飛んだ。蹴り飛ばされてとか床を蹴った衝撃とか、諸々で。
「シャアアアアアアアアアア」
日頃の彼女の声とは思えない、ツェルカの口から洩れた奇声を聞いてキックスはびくりと肩を震わせた。何かもう過去のトラウマとか色々と、条件反射的に。
発動、生成、攻撃。
当然のごとく詠唱破棄で、ノノーツェリアの真後ろに巨大な氷の牙が生じた。そして一瞬のタイムラグもなくノノーツェリアの身体をかみ砕くべく牙が上下から迫る。
だが――ノノーツェリアは避ける仕草すら見せず。
ノノーツェリアの身体を引き裂かんと閉じられた氷の牙は確かにノノーツェリアの身体に触れ、肉を噛みしだき、牙の方が“耐えきれず”に粉々に砕け散った。
けれどそんなモノは驚嘆に値しない。即座に次の手を――と。
獣のような突進の中で、ツェルカは『あれ……?』と不思議に思った。
「後がつかえていますので」
すぐ耳元で、ノノーツェリアの声が死を囁くように。
ついで後ろから誰かの手が伸びてくるのを見て、一瞬でツェルカの顔から血の気が引いた。彼女の瞳に理性が一瞬で戻る。
「――早々に、殺しま、」
「っ!!!」
ツェルカの全身から魔力の波が迸る。それは即座に変換、事象となって彼女の全身を覆い尽くして氷結が形成、周りのもの全てを凍らせて行き――
それでもまだ足りないと、翡翠に輝きながら迫ってくるノノーツェリアの腕を見てツェルカは死を覚悟して、
「――?」
何故か、後ろにいたはずのノノーツェリアがツェルカを追い越して、そのまま大きく距離を取った。その顔には今までにないほどの警戒が浮かんでいる。
一体何が、とツェルカが疑問に思いかけた時を図ったかのように、後ろで声を聞いた。
「おぉ、いてぇ――つか、寒いしっ!!」
ツェルカが振り向くと、全身ガタガタ震えている男の姿があった。そしてその男を縛っていたはずの荒縄は何故かもぬけの殻となって、その足元に。
「おい、ツェルカ、この温度設定はちょっとやり過ぎだと思う! あと、いい加減キレたら魔力を垂れ流すその悪癖を直せっていつも言ってるだろうが!!」
「それはルイルエお姉様……」
「誰が言ったかはどうでもいい。兎に角俺は寒いんだ! お前は俺を凍死させる気かっ」
「ぃ、いえ、でもこれには事情が……」
「御託はいい。あぁ――後な、」
男がツェルカを追い越して、その前に。
「お前にアレ相手はまだちょっと無理だったみたいだな」
「ご主人、様……?」
「つーわけで、選手交代だ。――お前も、認めてくれるよな?」
最後の言葉はノノーツェリアへと向けて。
男の言葉を警戒と、瞳いっぱいの憎しみを浮かべて睨みつけていたノノーツェリアはそれでも鷹揚と頷いた。
「誰が相手であろうと、結果は同じです」
「そか、そりゃ良かった。と、言う事なので選手交代な」
「……ぇ?」
いつになくやる気の――少なくともツェルカは初めて見るようなご主人様の覇気に、一瞬ツェルカはご主人様自らが戦おうとしているのかと。
ご主人様が戦うところは見た事もないし想像も出来ないが、彼女を従えているくらいだしもしかしたら物凄く強いのかも……などと期待と不安入り混じったモノに胸を跳ね上げて――
「っしゃ、それじゃあ行って来い!」
「嫌です、旦那様」
キックスを伴って、いつの間にか男とツェルカの真後ろにいたメイドは即答した。
【アルとレムの二言講座(ツッコミ役:レアリア)】
「ん~、なあアル、どの仕事がいいと思う?」
「……」
「んー、肉体労働系はちょっとな。俺体力に自信ないし。……討伐系? いやいや、それもとダメだし、俺の逃げっぷりはちょっと自信があるくらいだぞ?」
「……」
「何かもっと、こう平和的な依頼とかってないかねぇ」
「……」
「――んなの、あるわけないでしょ。ここを何処だと思ってるのよ、っていうよりもようやく働く気になったと思ったらあんたはまたぶつくさと文句ばっかり……」
「何か最近小言めいてきて……レアリアも苦労してるんだなぁ」
「……(こく、こく)」
【お終い】
ちゃんと、キックスが頑張れるよう、努力します。