Early X. キックス-31
昨日の更新が癖に……この時間帯はやばいです。
明日からはきっと、ちゃんと朝に更新するつもりなのでご心配なく、です?
朝、ナナーツォリアが寝ている寝室で。
「四日ぶりになりましょうか、ノノーツェリア様」
気付いたら、彼女はそこにいた。
流石に二度目となると少しは慣れたのか、驚いたのは初めの数瞬だけですんだ。
ノノーツェリアは二度ほど瞬きをして、どうやってここまで侵入したのかも分からないくすんだ銀髪のメイドに挨拶を返す。
実は警備が怠けているのでは――などと思いもしたが、実際に“ナナーツォリア”の近辺警護が手薄なのは事実であり、……どの道、違うとしても彼女にとっては関係なかったりするのだが。
「はい、そうですね、ルイルエさん」
「では早速あの時のお答えを、……といきたい所なのですがその前にひとつ、良いでしょうか?」
「あの、私からも一つ、気凄く気になるんですけど……」
「「後ろのソレは何ですか?」」
見事に、二人の声が重なった。
とはいってもそれぞれ指しているものは異なっている。片やメイドの後ろに転がっている“物体”で、片やノノーツェリアの後ろでげっそりと少しだけ死相っぽいものを浮かべているキックス+心無しつやつや顔のツェルカである。
「ちょっと、遊びすぎちゃいまして♪」
てへっ、という感じに小さく微笑みを浮かべるノノーツェリア。後ろで「ちょっと……? 四日完徹が、ちょっと?」なんて呟きが聞こえた気がしたが、その声にこたえるモノは誰もいなかった。
「そうですか。それはお疲れ様で御座います」
「いえ、そんな事はありません。いこうと思えばまだまだいけますっ」
「ごめんなさいもう勘弁して、ノノ」
「まあ、私に残された時間がまだあれば、の話なのですけれど」
「……どうやらお心の程は既に決まっておられるようですね」
「はい。……と、それはそうとして、その……」
ノノーツェリアの好奇心いっぱいの瞳につられるようにして、彼女もまた自分の後ろを振り返る。
“物体”がごそごそと喚いていた。
荒縄でエビ反りに固められて両手両足を、しかも身体の各部を強調するように縛られている(……亀甲縛り?)その“物体”、認めたくはないが恐らくヒトなのだろう。いや、普通に見ても一応ヒトには見えるが、理性がそれをヒトとして認めるのを嫌がっていた。
「んぐー!! んんー、んんー!! んー!!!!」
振り返り、彼女は実にワザとらしく、それでいて誰もが見惚れるほどに洗礼された仕草で、盛大なため息を一つ吐いた。
男の四肢を縛りあげていたその一点を軽々とつまみ上げて、それから何かを喚いている男と視線を合わせた。
「今からノノーツェリア様と大切なお話しを致しますので少々お静かにお願いいたします」
そして。
何の躊躇い、遠慮も見せずに、男を放り投げた。見た目からは到底分からないが、男一人を軽々と摘み上げたその腕力で、だ。
「むぐっ!?」
当然のごとく壁にぶつかり――しかもノノーツェリアの見間違いでなければ結構やばい角度で壁に身体を打ちつけていたような気も――静かになった。
倒れたまま、男はピクリとも動かない。
ノノーツェリアは「あぁ、ご主人様……」とか「安らかに眠って下さい、ご主人様」なんて言葉を背後で聞いた気もしたが、それは右から左へと通り抜けて行った。余りに目の前の光景が衝撃的すぎて。と言うか……死んだ?
「お見苦しいものをお見せしてしまい申し訳ございませんでした、ノノーツェリア様」
「あ、いえ、そんな、ことは……」
ないとは言い切れない。
「少々ハメをはずし過ぎた旦那様にお仕置きの最中なのですが、どうかお気になされぬ様」
そう言えば以前一度だけ、キックスを譲り受けた――と言う事に既にノノーツェリアの中ではなっている――時に逢ったような気がする、かも知れなかった。目の前のメイドの方が印象に残り過ぎていて、どうにも曖昧ではあったが。
「お気になさらずにお願い致します、ノノーツェリア様」
「えっと、……」
「いえ、ご心配には一切及びませんし、本当にこちらの方は気に留めないで下さいませ、ノノーツェリア様。私の旦那様なだけですから」
「は、はぁ……」
旦那様であるのならば余計に気にした方がいいのでは……などと思ったりするノノーツェリアではあったが、それを口にはしなかった。何より慣れているはずのキックスとツェルカが何も言わないのだから、これはこれでいいのだろう、多分。
……きっと特殊な趣味の、違う世界の住人なんだろうなー、などと思って納得することにした。
間違いなく、床に倒れたままピクリとも動かない男が聞いたら憤慨モノの勘違いである。
「では改めましてノノーツェリア様、お答えを――お聞きしても宜しいでしょうか?」
彼女の言葉に、ノノーツェリアの表情が一瞬で変わる。何処かびくびくと見たくないモノを見るような顔から、遊び一片とない真剣な表情へと。
「――はい、ルイルエさん」
「では如何致しましょうか、ノノーツェリア様。取るべき道は一つ、貴女が助かるか、姉を助けるか――ご返答は如何に?」
「私の……私の答えは最初から決まって――」
――不意に、空気が途切れた。
それはあまりに突然な――何も知らないモノからすれば驚き以外何物でもなかっただろう。
「答えなど聞く必要もないでしょう、――龍の姫よっ!!」
「アイス・エイジッッッ!」
「――ちっ」
ノノーツェリアが突如としてメイドさんへと襲いかかり、それをツェルカが詠唱を飛ばして魔法で捕縛。出来ずにノノ―ツェリアを逃す、と言うモノだった。
その間メイドさんは表情を変えないまま、身動ぎすらしなかった。
「――ぇ」
そしてただ一人、状況を理解できなかったものが此処に。
「ありがとうございます、ツェルカ様」
「申し訳ありません、お姉様。出過ぎた真似を……」
「いえ。信じておりましたから」
「……勿体ないお言葉」
メイドさんとツェルカが何か会話をしていたが――正直キックスの頭の中には何一つしてその内容は入ってこなかった。
「……ぇ?」
一体何が起きたのか理解できない。そもそもどうして、ノノーツェリアがメイドさんに襲い掛かる必要がある?
この四日間をノノーツェリアに振り回されて過ごして、口にはしなかったがノノーツェリアが自分の事も気にせずにナナーツォリアを助けるんだろうと、キックスは“諦めて”いたというのに。
「でもこの状況でお姉様に襲い掛かる……やっぱり、おかしいと思ったよ、ノノーツェリア」
日頃キックスが他の女性陣に悪戯されかかって、それを憤慨するような瞳でなく。
ツェルカは一欠片の油断もなく、間違いなく“敵”に対するだろう冷たい瞳を浮かべていた。
――このままじゃ“ツェル姉”が“ノノ”に殺される
「ちょ、ツェル姉、何言ってるんだよ!?」
表しようのない、実に馬鹿げた考えが脳裏を走り、この四日間二人ともあんなに楽しそうに笑い合ってたじゃないか――なんて事を思い出しながら、キックスは無意識にツェルカの肩を掴もうと手を伸ばしていた。
その、伸ばした手を、
「――キーくん、邪魔」
ツェルカは振り返ることすらなく、片腕で振り払った。
拒絶された――と言う絶望感は一瞬だけだった。ツェルカの表情を見て、思い直す。拒絶とか、無視したとかじゃなくて、単純に余裕がないだけ、と言う事に気付いた。
同時に、本当に本当の本気で、ツェルカがノノーツェリアの事を殺そうとしている事を理解した。
自分じゃ止められない――と助けを請う様にメイドさんへと視線を向けたキックスだったが、視線を向けた先には誰の姿もなかった。
「――ぇ」
「私はツェルカ様をお止めしませんよ、キックス様?」
「……ぇ?」
その声は真横から聞こえていて。
横を見るとくすんだ銀髪の、メイド服の女性の姿がそこにあった。
「一応、与えられた情報から答えには辿り着いたようですね。もっとも最後の確証がなかったようでまだまだ今一つ詰めが甘い、と言った評価ですが」
「……」
「まあ、ここまでアレがなりを潜めたままであったと言うことも加味して大目に見ておくことにしましょうか。こちらの思惑通りならば、私の所為でもあるのですし」
「なんの、……」
何の事を言っているのか、全く分からなかった。
ただ何となく、自分は知らないがツェルカが知っている情報があって、それが理由で今ツェルカとノノーツェリアが殺し合うとしていると言う事だけは分かって。
だから余計に分からなくなった。
「ルイルエお姉様、一体何を言って……」
「――キックス様」
「は、はい」
「私が今、あなたに教えられることがあるとすればそれは、」
「それは……?」
「――ぁ」
「……あ?」
“あ”って何だろう?
とキックスが疑問を思い浮かべてすぐ。
「ついうっかり、旦那様を忘れてしまいました。てへっ」
可愛らしく、それとも妖艶に?
無表情のままなので判断がつかなかったが、小さく舌を出して自分の頭を小さく小突く彼女の、視線の先。
キックスが追ってそこを見ると、確かに彼女の言葉の通り、まだいた。
「……本当だ」
睨み合っているツェルカとノノーツェリア。ここは室内だと言うのに吹雪いていたり砂塵が舞って雷が落ちていたり、凄い事になっているのだが。
二人の更に向こう側。全身を縛りあげられてヒトとしてああいう姿を晒したくはないよなぁ、と言う感じで床に倒れたまま動かない、男の姿。
というよりも先程からずっと、ピクリとも動いていないのだがアレは本当に大丈夫だろうか、とも思う。
「! ――バカめっ!!」
ほぼ同時に、その事に気付いたらしいノノーツェリアが男に向けてかけ出して。
「っ、させない――っ!!」
それを追う様にしてツェルカが駆けだして、それから――緊迫していた場の空気が一気に爆発した。
取り敢えず。
――なんて傍迷惑な、ご主人様
キックスの中にひとつ、御主人様への恨み事が追加された。
【アルとレムの二言講座(ツッコミ役:レアリア)】
「ふぅ……そう言えば、アルに出会ってから結構経ったよな」
「……」
「思い返せば色々な事があった。アルに無視されたり無視されたり無視されたり無視されたり……他にも無視さりたり、あれ?」
「……」
「――あんた、それじゃあアルに無視しかされてないじゃない」
「いうなよ、レアリアァァァ!! 気にしてるんだよ、これでも!! つかなんでどうしてレアリアにばっかりなついてるんだよ、アルはっ!?」
「……(ふるふる)」
【お終い】
休日なのでのんびりしてました。はい、言い訳です。
でもキックス編(?)に対して肯定的な意見が聞けたのでちょっぴりはっぴーだったりします、自分。