Step 03 -虚構の嘘、本当の話-
やっぱり、書きやすいなぁ、と。
内緒の話。
男がいた。
何処にでもいそうな平凡そのものの男。ただし、場所が場所でなければ。
そこはかつて、ワーウルフの丘と呼ばれていた場所だった。だが数日前、一人の少女の魔法によって真っ二つに裂かれる事になる。
先が見えないほどの地中深くまで裂けた一つの割れ目はワーウルフの丘を横切って、その長さもかなりのものであった。少なくとも遮蔽物の存在しない丘から見ても端が見えないくらいには遥か彼方まで地面が裂けていた。
男がいたのは裂けたはずの、存在しないはずの地面の上。
真っ二つに裂けた大地は男の周囲、厳密に言えばワーウルフの丘だけ、まるで何事もなかったように裂け目がなくなっていた。
「ん~っっ、極楽極楽っ」
男は草原に寝そべりながら弛緩しきったその身体を思い思いに延ばしては実に気持ち良さそうに、時折欠伸などもしていた。
その周りには魔物の群れから避難していたワーウルフたちが、こちらも気持ちよさそうに昼寝を――
『きゃんきゃんっ』
たった今、何か危険を感じ取ったのかワーウルフたちが一斉に逃げて行った。
が、男は気にせず寝そべりながら目を閉じて――冷や汗を滝のように流していた。血涙とも言う。
「……旦那様、何をしておられるので?」
声がした。
それはもう美しい――死ぬ間際に聞こえそうな羽と輪っかのついたアレみたいな、まあ俗に言う死神?
「……わお」
男が目を開けると、どアップのメイドさんがいた。もう少しでも身動ぎすれば互いの唇が触れあうと言う奇跡的な距離間である。
当然の如く目が合った。
「……ぽ」
メイドさんの頬が赤く染まった。ちなみにこのメイド、自分の頬を自在に紅潮させる事が出来たりする。
のでスルー。
「何してるんだ、お前」
「それは私のセリフのはずですが……そうですね、私は旦那様のお顔を拝見しております」
「そのままじゃねえか」
「はい」
「そうじゃなくて、何でこんなに顔が近いんだ?」
もう互いの息がかかっていて、どちらも微動だにしていない。
「実は私、時々近眼になったりする可能性があるのです」
「でも近眼じゃないんだろう? 可能性があるだけで」
「はい。旦那様の細胞一つ一つの動きまで見てとれます」
「……ゃ、それはそれで見え過ぎだろ」
「ちなみに頑張れば旦那様の心の中のお考えも見通すことが可能です」
「お願いだから頑張らないで下さい」
「そして内心では出来るものならやってみろと挑発している旦那様が居ります」
「……まさか本当に心が見えるとか、ないですよね?」
ほんの少しだけ、出来るものならやってみろと思っていた自分がいて、かなり怖かったりする。
「さて? ただ旦那様限定でお顔を見ずとも声を聞かずともお姿を拝見せずとも旦那様が今何を考えているのか程度は分かりますが」
「いや、むしろそれはどうやって分かるんだ……?」
「旦那様への愛ですね」
「そうか、愛か」
愛は偉大である。
「もしくは第六感、超常的な何かとも言います。言ってしまえば勘違いですね」
「いや本当に言っちまってるし。つかそれはもはや考えが分かるとかじゃなくね?」
「ちなみに今旦那様が思っておられるのは『あれ、どうして俺こんなこと話してるんだろなぁ?』で御座います」
「勝手に決め付けるなよ。そして何故合ってるのかを心底問い詰めたいぞ、こら」
「愛の成せる御技かと」
「まだ愛とか言い張る気か」
「そして旦那様は『こんなどうでもいい事はもう良いから、それより成果の程はどうだったんだ?』と考えておられます」
メイドの淡々としたもの言いに、男は僅かにため息を吐――こうとして、やはりやめた。
溜息なんぞ吐こうものならキスしかねないほどの絶妙な間隔とバランスの上に成り立っている二人の距離間だからである。
「……いやさぁ、そこまで分かっているのなら、少しは俺の気持ちを汲んだりしないのか?」
「何故でしょうか?」
「そんな不可思議なモノを見るような目で見るなっ!」
「これは失礼を。つい取り繕うのを忘れてしまいました」
「繕う気があるなら先ずは自分の言葉から繕おうぜっ!!??」
「お断りいたします」
「……また、はっきりと……それも即答で……」
「それはそうと旦那様?」
「なんだよぅ」
「私がノノーツェリア様の所へ伺い“彼女”の牽制をしている間、旦那様は何をなさっておられたのでしょうか?」
「な、何ってそれは……」
言い淀むように。
「それは?」
メイドさんの問い詰めるような言葉に。
「……、……ふっ、鬼の居ぬ間ならぬ龍の居ぬ間の休息だ」
思い切り開き直った。
微妙に視線を逸らして、口笛を吹けるものなら吹きたいくらいの勢いで。と言うより未だにメイドさんのどアップが目の前にあったりする。
「そうですか……おや旦那様、如何なされたので?」
目の前にあった顔を鷲掴みにして力ずくで退かしてから、男はようやく草原から身体を起こした。
その際に実にグッドタイミングで身体を起こす手伝いをしてくれる目の前のメイドは小憎らしい程に自然な動作である。
「いや、もう休息も潮時かなっと」
「私の事はお気になさらず、存分にお楽しみくださいませ?」
「いや、もう本当に止めておくさ。そろそろお前の方の結果と――それにアレの出方も気になるしな」
「了解いたしました、旦那様」
服についた草を払い、背中の男の手が届かない部分はメイドさんが手伝う様にして払ってくれる。若干と言わず物凄く背中がひりひりするのは愛嬌だろう。
痛む背中に顔をしかめながら、男は改めてメイドと向き合った。視線に若干の抗議も含めて。
「んで、どうだったんだ?」
「はい。キックス様、ツェルカ様、ノノーツェリア様と御三方ともお元気そうでした」
「そうか、そりゃ良かった」
「そう言えばノノーツェリア様そっくりの女性が床に臥せっておられましたね」
「なんだと、床に臥せって!? ……それは、是非とも俺の出番だろう」
何故か駆けだしかけた男の首を鷲掴み、そのまま地面へ叩きつけるメイド。
男は男で、鮮やかに地面に手をついて激突を回避、そのまま地面に立って結局は元の体勢に戻った二人である。
「怪我はされておいででしたが私が治しておきましたのでご心配なく」
「くそ、テメェ! こんなところでもポイント稼ぎかっ!!」
「……ぽいんと、とは?」
「いつもいつもいつもいつもっ、俺に何か恨みでもあるのか、テメェはっ!?」
「はあ、怨み辛みと言うのであれば……旦那様には私の愛の詰まったこちらの恋文を進呈いたします」
エプロンドレスのポケットから、そこにあったとは思えないほどの厚い紙束を取り出すメイドさん。
多分、そのポケットは何処かの四次元に通じていると思う。
「……恋文の割には随分と厚いな、これ」
「自信ありの大作です」
「恋文の大作って何!? つか……全部読まなきゃ駄目か、これ?」
「お時間がある時にでも読んでいただければ。世に出せば大反響は間違いないと確信しております」
「だからこれは恋文だよな、なっ!?」
「力作ですっ」
「……恋文、なんだよなぁ?」
「と、まあ床に臥せっておられたのはノノーツェリア様の姉のナナーツォリア様だったのですが、」
「また唐突に話を変える……」
いきなり話が変わる事は慣れっこだが――と男はそれでもわずかに溜息を吐いて。一瞬で真面目な表情へと切り替わった。
「それでお姫様がどうしたって?」
「呪われておりました」
「……呪い?」
「はい」
「呪いっつーと……あぁ、成程。そう言えばアルカッタのお姫様、妹の方は病弱だって聞いた事があるな。んで足りない分は姉から奪う、と。――ちっ、いつにもなく悪趣味な事で」
「私個人の意見としては姉や妹などという存在は滅んでしまえばよいと思います」
微妙に、と言うか目に見て分かる程に、珍しく不機嫌そうな彼女だった。
その様子に、相変わらずだなぁと男は呆れながらに嘆息をこぼす。
「お前……相変わらず姉妹とかそういうの大嫌いだなぁ~」
「当然です」
「まあお前の好き嫌いはこの際どうでもいいとして。どうだ、助けられそうだったか?」
「あれでは私には無理ですね。元凶を断つ、と言う事でならば解呪は可能であると見ましたがそれでは――」
「うん、それは却下だな」
「旦那様ならばそう仰られると思いました」
「んで、元凶を殺っちまうって事以外の方法じゃ、無理そうだったと?」
「はい」
「お前でも、無理か?」
「はい。私では、無理です」
微妙に、話がかみ合ってなかった。その理由を男は分かっていて、また嫌そうな表情を浮かべる。
「……俺に何かさせようってか?」
「いえ、そのような事は申し上げておりません。ですが旦那様であれば私が何を申し上げるでもなく、女性を救う事には躊躇わないと思いますが?」
確認するように。そして男は当然とばかりに往々と頷く。
「ま、当然だな」
「ですので私から何か申し上げる事はないかと」
「そうかー」
「はい。ですが旦那様、予想以上に、時間の方は余りないかと。先日のノノーツェリア様の無茶な魔法の使用が余程効いたのか、ナナーツォリア様の体力の方が長くは持ちそうにありません」
「……具体的には?」
「四日ほど……旦那様のお手を煩わせていただけるのでしたら五日ほど、と推測いたします。彼女にもその様に猶予期限を切ってまいりました」
「つまり残り四日だって脅しをかけてきたと?」
「はい」
「それじゃ、アレは少なくともそれまでには何か動きを見せるってわけか。黙って滅ぶようなモノじゃ……まぁないだろうしな」
「はい。ですので旦那様、このようなところでワーウルフたちと戯れてばかりおられずに、御準備の程を」
「何だ。来たときから微妙に機嫌悪そうな気がしたけど、結局はワーウルフたちに妬いてただけか?」
「……、余り時間が御座いませんし、何より此度直接旦那様が動く気がないと仰られるのですから、」
「言われなくても分かってる。準備の方は万全に、だろう?」
「はい。キックス様たちにもしもの事があったとして、その時に間違いなく悲しむであろう旦那様の姿を見たくはありませんから」
「相変わらず、お前は心配性だよなー」
「……いけませんか?」
「んにゃ」
「……」
「それじゃ、準備がてらまた街の方に行くか。ツェルカの配った特効薬の効果とアレの駆逐具合も見ておきたいしな」
「はい、旦那様。お供いたします」
「応。軽くデートとでもしゃれ込むかっ」
「……えー」
不満そうに声を上げるメイド。男はそんな彼女に、呆れるような表情を浮かべて。
「――ほら、行くぞ」
僅かな苦笑を浮かべた。
【アルとレムの二言講座?】
「レム? なに、それ」
「う、うむ……ちょっと料理をしてみたんだけど、これは、なぁ……」
「料理?」
「ああ」
「つまりそれって、レムの手料理?」
「まあ、一応は。久しぶりに作ったものだから腕が鈍ったかな?」
「レムの腕が鈍ったのかはわからないけど、それは多分失敗だよね……?」
「ああ、失敗……だと思う。なんせ虹色に光ってるしな」
「うん、光ってるね。……どうやって光ってるんだろう?」
「分からん」
「そっか、レムにも分からない事ってあるんだ~」
「ああ、世界はまだまだ広いからな。特に“なんちゃって♪”女神の考えは一番理解できない」
「あはは、それは少し女神様に失礼だよ、レム」
「そういうアルは、やっぱり少し女神びいきなところがあるよな?」
「そうかな? でも女神様だよ? やっぱり敬って当然、レムみたいのは特別だと思うよ?」
「ま、その自覚はあるけどな。……それじゃ、そろそろ現実逃避してないでこれを食べるか」
「え、た、食べるの?」
「ああ、食べ物は大切にって、母親からの言いつけでな」
「そ、そうなんだ」
「――って、アル、いきなり座ってどうしたんだ?」
「うん? レムが食べるのなら私も一緒に食べようかなって思って」
「……正気か?」
「だって、一人で食べるよりは二人で食べた方が美味しいでしょ? ……多分」
「まあ、それは……でも虹色だぞ?」
「大丈夫だよ。……それにレムの手料理だし」
「ん? 今なんて――」
「なんでもないよーだっ。それじゃ、食べよっ、レム!」
「あ、ああ……それじゃ、食べるか」
「うん♪」
【お終い】
にちじょー。
やはり旦那様とメイドさんの掛け合いは楽でい……と言うよりも攻守が決まっているからか?
まあどちらにせよ、無駄な掛け合いが多くて話が進まない事だけは確かですが!(汗)