Early X. キックス-30
節目っ、節目っ?
「……一つ、聞かせてもらえますか?」
沈黙を破ったのはノノーツェリアの一声。
彼女の言葉を聞いて、一時浮かべた動揺は既にそこにはない。そんなノノーツェリアの様子に彼女はほんの微かに――恐らくはただの一人以外は見逃してしまうほど微かに微笑みを浮かべた。
「私に答えられる事でしたら、旦那様との蜜月以外ならばなんなりと」
「「み、蜜月?」」
「ですからそれは内緒と申し上げております、キックス様にツェルカ様」
「「……」」
「ルイルエさん……で、良かったですか?」
「はい、ノノーツェリア様。とはいっても偽名ですが。私の事はルイルエと呼んでいただければ結構に御座います」
「ではルイルエさん」
「はい、ノノーツェリア様」
「私か、それともナナーツォリアしか助からない、と貴女は言いましたね?」
「はい、確かに申し上げました」
「それはつまり――どちらか一方ならば必ず助ける事が出来る、と受け取っても良いんですか?」
ノノーツェリアが向ける真摯な瞳を、やはり微笑を浮かべたまま彼女は見返して。
「はい、それで正解です」
それが当然であると言う様に力強く肯定した。
「瀕死であろうと呪われていようと不治の病魔に侵されていようと、例え生命の雫の最後の一滴が零れ落ちる瞬間だろうが――私が救いましょう」
「それは……絶対に?」
「はい、絶対に。例え神の下僕が邪魔をしようと、お救い致しましょう。心配はなされぬ様に」
ついさっきナナーツォリアの怪我を“復元”してしまったのだからその腕前に疑いはない。だがそれでも、
「……」
その真偽と意思を探るように。
ただまっすぐに、ノノーツェリアは彼女を見る。
そんなノノーツェリアの背中を押すように、彼女は恭しく一礼をした。
「……そう、ですか」
それで決意が決まったと言う訳かは分からないが、ノノーツェリアが浅く息を吐く。
「他にご質問は?」
「……いえ、それだけ聞ければ十分です」
「そうですか」
と、彼女の視線は次にキックスと、ツェルカへと向いた。
「お二方は、何かご質問は?」
言葉は出なかった。
キックスは未だに彼女の言葉を信じきれないように。彼女が出来ないと言うのであれば、それはこの世界の何人足りとも出来ない事であると同じと言っても差し支えない事実であり。
ノノーツェリアか、その姉のどちらかしか助からない事は絶対なんだ――と。
もしここで彼女が『冗談です』などと一言言えば、たとえそれが嘘だとしても飛びついてしまいそうなほどに、
「――では、笑えない話はこのくらいにしておきましょう」
「ぇ、もしかして今までの全部、ルイルエお姉様お得意の冗談――」
「ではないですよ、キックス様。余り現実逃避はなされぬ様」
「……」
「今、私が申し上げたのは何一つ偽りない事実だけです。愛と世界と女の子を救う事に関して右にも左にも出るモノのいない旦那様ならばいざ知らず、私にはノノーツェリア様とナナーツォリア様、その双方を救う手立ては御座いません」
「そ、んな……あ、あのっ、それもまた冗談なんですよね、ルイルエ姉様っ!?」
彼女の口からまっすぐに、『出来ない』と言う言葉が紡がれたことで一気に、それは爆発した。
ただしそれは、彼女が言う様にどうしようもないほどの現実逃避そのものであり。
キックスへと返されたのは冷たい、表情の読み取れない彼女の瞳。
「キックス様、どうか心に留め置きを。私は同じ事を二度説明するつもりは一切御座いません。そして私の言葉を疑うと言うのであれば、その答えは時間が解決してくれることでしょう」
「……」
「なに、それほど掛かりは致しません。私の目測が正しければナナーツォリア様の命は持って残り五日……それまでには私の言葉の成否が分かるでしょう」
「それ、は――」
ナナーツォリア・アルカッタの死によって。
口にする事はなかったが、その事実は揺るがないとばかりに。
「でもルイルエお姉様なら――!!」
出来ない事なんて何も。
その言葉の続きを、ノノーツェリアの手によって止められた。
「ありがとうございます、キックス」
「……ノノ」
たった一言でそれ以上は何も言えなくなる。それ以上の言葉は間違いなく彼女を傷つけることになると分かってしまう故に。
俯くキックスとそれに微笑みかけるノノーツェリア、あと何かを考えるようにずっと真剣な表情を浮かべていたツェルカを見て。最後に眠ったままのナナーツォリアへと視線を送り。
くすんだ銀髪の、エプロンドレスを身にまとった彼女は誰もが見惚れるであろう“微笑み”を見せた。
「ではノノーツェリア様、今すぐご決断をとは言いません。ですがどうか深慮の程を。長くはありませんが四日後に……最善のお答えをお待ちしております」
それでは――と言い残して。優雅に一礼をして女は何処までも堂々とした雰囲気で、物音一つ立てずに部屋の中から出て行った。
◇◆◇
「「「……」」」
部屋に残ったのは何処か重い沈黙を続ける三人と、何も知らずに眠り続けている一人の少女。
ノノーツェリアは彼女が去ってからずっと、眠ったままのナナーツォリアの事をじっと見つめ続けていて。
「あ、あのさっ、ノノ――」
思わず声を、その先を何も考えずに声を出していたキックスだったがノノーツェリアの事を見てそれ以上何も言えなくなっていた。
何故なら――
「――良かったね、ナナ。話、聞こえてた? ちゃんと助かるんだって……ナナを助けられるんだって。良かったね、ナナーツォリア姉さん」
「……ノノ」
ノノーツェリアは笑っていたから。ただ嬉しそうに、涙を流しながらもナナーツォリアが助かると言う事実を喜ぶように笑っていたから。
その表情に嘘や偽り、その他の思惑は見られない。彼女は本気で、自分が助からないことよりも先ずナナーツォリアが助かる事を喜んでいた。
「……キックスも、ありがとうございます。こんな私の事なんて心配してくれて」
「いや、僕は何も」
出来ていないじゃないか、と。
心配したところで何一つ出来てはいない。今然り、魔物の群れに襲われたときだってノノーツェリアやツェルカに助けてもらったばかりで結局は何もしていない。
「いいえ、キックス。本当に何の打算もなく、心の底から私を心配してくれると言うこと自体が嬉しいんですよ」
「……」
「それに……こんな風に何となく、キックスの思っている事が分かる気がするのは仮でも私がキックスのご主人様だからですかね? それともこれは私の勘違い?」
「そんな事はないよ、ノノ。僕は、本当にノノの事を心配しているつもり……だ。何も出来ない僕だけれど」
「何も出来ないのは私も同じですよ、キックス」
「そんな事は――っ」
言葉が詰まった。
「……結局、奪うばかりの私がナナに返してあげられる事なんて何もなかったんですね」
ノノーツェリアの寂しそうな、悲しそうな、自分の無力を嘆くモノ特有の色々なモノが混ぜ込まれているだろう表情を見てしまって。
衝動的にノノーツェリアを抱きしめたくなるのを必死で押さえこんでいる自分がいて、だからこそ何も出来なくなっていた。
――だから、だろうか。
「あ、そう言えばナナにキックスのご主人様権限を譲っちゃう、と言うのはありましたね」
「ちょ、ノノぉぉ!?」
明らかに場を和ませるような冗談――だといいなぁとキックスは信じたが――を言った彼女の言葉に乗ったのは。
「でもそれが私に出来る唯一の事ですし」
「唯一とか言って僕の権利を色々と勝手に扱わないで!?」
「良いんです。キックスは私のモノですからっ!」
「良くないよ!? 全然、良くなんてないからね、ノノ!!」
「ふふっ、心配しなくても大丈夫ですよ、キックス。ナナは私よりもずっと出来た子ですから。比較的私よりも我儘でアグレッシブなだけです」
「それはだけって言わないよ? ノノよりも我儘でアグレッシブとか……え、出来た子? それって何の冗談? 笑えないよ??」
「なら笑えるようにしてあげましょうか、キックス?」
「……ぃ、いや遠慮しておくよ、はははっ」
「そうですか。それは残念ですね」
「そっ、そうだね~」
「ふふっ」
冷や汗が止まらないのは何でだろう、とキックスは思う。
ノノーツェリアもまさか本気で今のやり取りを――と思ったところで、先程からずっと何か考えるように黙ったままのツェルカの様子をちらっと見て。
良い機会――話題転換とも逃げるともいう、だからどうしたのか聞いてみることにした。
「ツェル姉?」
「……」
「ねえ、ツェル姉?」
「……」
「ツェル姉、どうかしたの?」
「……キーくん?」
三度目の呼びかけでようやくキックスへと視線を向けるツェルカ。
その様子に流石に心配が込み上げてきた。やはり何だかんだ言ってもツェルカもノノーツェリアの事でショックを受けているのだろう、と。今までであればキックスが一言呼べばツェルカが応えないなんて事は絶対なかったのに、今回は三回呼んでようやく反応したなんて、前代未聞だった。
「うん。ねえ、さっきから黙ったままだけど、どうしたの? 何か気になる事でも――」
「ううん、何でもないよ、キーくん。ちょっと、考え込んじゃってただけだから」
「それって――」
「大丈夫、キーくんは何も心配しなくても。このお姉ちゃんに全部お任せあれっ」
「……」
ツェルカが笑う姿を見て――。
「? どうかしましたか、キックス」
ノノーツェリアが当たり前のように、自分の置かれた状況などどうでも良いかのように心配そうな視線を向けてくる姿を見て――
「……キーくん?」
「……キックス?」
――あぁ、自分はなんて無力で、どうしようもないんだろう。
そう思わずには居られなかった。
――
【アルとレムの二言講座(ツッコミ役:レアリア)】
「ふっ、俺のテクにかかればこんなもんだぜ!」
「……」
「まあ今日の夕食はこのくらいで良いよな。……ちなみに肉がなくて果物や草ばっかりなのは愛嬌だからな? 決して動物を狩れなかったわけじゃないぞ?」
「……」
「でもほらっ、アルの大好きな甘い果実もいっぱい見つかったし、むしろ肉がナンボのものだっていうんだよっ!!」
「……」
「――あ、じゃあレムは肉はなくて良いのね。分かったわ」
「ごめんなさい、レアリアさん。やっぱり俺にも肉を下さい」
「……(もぐもぐ)」
【お終い】
何だかんだ言って一カ月も続いてるよぉ。
メイドさんが恋しい……と言うかレム君カムバ~ク!!