Early X. キックス-29
みゅ~……
◇◆◇
「……ふむ」
キックス達が寝ていた部屋の一角から少し離れた場所、ノノーツェリアに案内されたその一室に、その少女はまるで死んだように眠っていた。
金髪蒼眼、流れるような金糸の髪に宝石の如く煌く蒼穹の瞳。ノノーツェリアと瓜二つの少女だった。すぐ隣に本人が立っていてさえ、目の前で眠っている少女と傍に佇んでいる少女の区別がつかなくなってしまう程に。
ノノーツェリアの話では彼女、ナナーツォリアは皮肉にもノノーツェリアが元気になったのと同じ日に、暗殺されかけたらしい。犯人は誰か分からないが、王族の誰かである事だけは容易に想像できた、とノノーツェリアは語る。
急に元気になったノノーツェリアはその事をナナーツォリアに教えにいった正にその時、ナナーツォリアは襲われていて彼女はそれを目撃したらしい。数日前の明け方の事だった。
その時ナナーツォリアは暗殺者から胸部に一閃、酷い傷を負ったものの何とか一命だけは取り留めた。だがそれ以来、彼女は目を覚まさなくなってしまっていた。
だからその時に、“入れ替わった”のだと言う。幸い元気かそうでないかを除けば、彼女たちを見分けられるものは誰一人としておらず。目を覚まさないナナーツォリアが襲われる心配はないから、と。
部屋に向かいながらナナ―ツェリアが話してくれたのはそんな内容だった。
眠ったままの少女――ナナーツォリアを眺めて、くすんだ銀髪の女は僅かに沈黙する。ノノーツェリアはその様子を真剣な表情で見ており、ツェルカは興味深そうにノノーツェリアとナナーツォリアの顔を交互に見ていた。
「――っ」
目の前の、眠っている少女から目を逸らそうとする。見ていられなかった、だが同時に逸らす事も出来ない。
せり上がってくる吐き気を抑えながらキックスは無自覚に後ろへ数歩、後退っていた。
「……キーくん?」
キックスの様子に気づいたツェルカが心配そうに声をかけてくるが、それに応える余裕もない。
何だこれは、と思う。
ツェルカが心配そうな顔をしている。ノノーツェリアも同じ、そしてどこか不思議そうな表情を浮かべている。“ルイルエ”お姉様は――いつも通り無表情で判断がつかなかった。
“視えて”いないのだとキックスは直感した。だからこんなものを目の前にして何ともないように振る舞う事が出来ているのだ、と。
目の前で眠っている少女を覆う、おぞましい何か。
敢えて表現するならば黒い靄、とでも言い表すのが的確なのだろうが、正しくはない。おぞましいソレが何かはっきりとしない、分からない。ただ分からないまま“おぞましい”と言う事実だけが解ってしまう。
視線を逸らそうとしても逸らす事が出来ない。むしろこのままずっと見ていたいとさえ思えてしまう。いやそんな事よりもこれがおぞましいモノ? 何だかずっと見ているとソレが酷く魅力的なモノのように視えてきて、――
「――キックス様、お加減は宜しいですか?」
「っ!!」
我に返った。
同時に冷水のような彼女の一声に、頭の中を洗い流されたよな気分になる。そして直前まで自分が思っていた事、感じていた事を思い出してキックスは寒気がした。
「余りご覧にならない方がよろしいかと。これ相手では生半可な意思程度では呑まれてしまいますので」
「っ……は、はい」
彼女は見えている――少なくとも自分一人が感じている異常ではない事に安堵しながら、キックスは全精力を振り絞りようやく眠ったままの少女から視線を逸らすことに成功した。
「キーくん、もしかして何か“視えて”るの?」
事態を悟ったらしいツェルカに背中を撫でられながら何とか首を縦に振って肯定する。
たったそれだけの行動だと言うのに、今のキックスにはそれすらも億劫なほど気力と言う気力を根こそぎ奪われてしまった気分だった。
「あの、それでナナの事は……」
キックスの突然の変化か、それとも場の雰囲気を感じ取ってか、ノノーツェリアがおずおずと言った様子でくすんだ銀髪の女へと声をかける。
もう“診察”は終えたのか、キックスの方を眺めていた彼女はその声にノノーツェリアへと向き直った。
「はい、一言で表すならば呪いと言えばよろしいかと」
「呪、い……?」
「はい。胸の殺傷も重傷は重傷ですが然したる問題では御座いません」
そう、彼女は致命的ともいえる胸の殺傷を問題ではないと言い切る。普通の薬師や医者、術士ならば諸手を挙げることしかできないレベルの致命傷を、だ。
――だがそれは同時に事実でもある。
ノノ―ツェリアの見ていた目の前で、彼女は傷口を一撫でして――それだけで初めから怪我など何もなかったように、ナナーツォリアの胸の傷は完治していた。
いや、本来ならば傷跡が残ってもおかしくない怪我を痕一つなく消したのだから完治と言うのもまだ足りない。もはや“再生”というレベルで、ナナーツォリアの傷はなくなっていた。
「……ぇ?」
目の前で起きた事だと言うのにノノーツェリアはその光景が信じられずに呆然とする。けれどその程度の“些事”、ノノーツェリア以外の三人は当たり前すぎて誰も気にしはしない。
「さて、では話を続けさせていただきますが――ノノーツェリア様?」
「ぇ、あ、はいっ……!!」
「“ご存知であった”と思いますので結論だけ、端的に申し上げましょう。私はこの呪いを解くことが可能で、そうすればナナーツォリア様は目を覚ますでしょう」
「ぇ――それなら!!」
お願いします、と続くはずだったノノーツェリアの言葉。それを彼女は、ただの一瞥でもって封殺した。
「――宜しいので?」
「ぇ、あ……宜しいもなにも、それでナナが目を覚ましてくれるんなら当然……も、もしかして呪いを解くのに大金が掛かるとか、」
「いえ、金銭は必要御座いません」
「なら何か道具が必要で――」
「それも必要御座いません。この程度の呪など私の身一つで十分事足ります」
「……えっと」
まだ他にも、態々『呪いを解いても良いのか?』と聞いてくるような理由があるのかと考えるノノーツェリアだったが、その巡考に応えるように彼女が口を開く。
「呪いを解くのであれば今この場で、ただちに行う事は可能でございますよ、ノノーツェリア様」
「なら何が宜しいの、何ですかっ!? 解けるっていうのなら今すぐ……その、お願いします。ナナを助けてください」
怒鳴りつけ、途中から立場を思い出したのかしおらしく、ノノーツェリアが懇願するように女を見る。だが見つめ返される彼女の瞳は――無表情であると言う事を除いても恐ろしく冷たい感じがするものだった。
「この呪いを解けばノノーツェリア様はまた床に伏せる状態にお戻りになられるのですが、それでも宜しいので?」
「……ぇ?」
言っている、意味が解らなかった。
「では“ノノーツェリア様に説明”致しますが、この呪いは他者の生命力を奪い自らのモノとする類の呪なのですよ。分かりやすく言えばノノーツェリア様、貴女がナナーツォリア様の“生きる力”を奪っているから彼女は目を覚ます事が出来ないでいる。そして貴女は彼女からその力を奪っているからこそ本来瀕死なその身体でも動く事が出来る、生きていられると言う事です」
「え、……え?」
「もっと分かりやすく言いましょうか? ナナーツォリア様の呪いを解くことは可能です。そして呪いを解けばノノーツェリア様、貴女は死にます。瀕死の貴女は何一つ助ける手段はなく、後は朽ちるだけです」
「――」
「もうひとつ申し上げますと、このままナナーツォリア様を放置いたしますと遠からずあなたに命を奪い尽くされて彼女が死にます」
「それ、て……」
「そうですね。つまり私はこう申し上げました。ノノーツェリア様とナナーツォリア様、どちらか一方しか助かりません」
「「……――ぇ」」
ノノーツェリアの呆然とした言葉に重なって、キックスも自分でも良く分からない感情を漏らしていた。
そんなキックスを一瞥してから彼女は再びノノーツェリアへと視線を戻して、尋ねた。
「それでは改めて“貴女に”お尋ねいたしますがノノーツェリア様、ナナーツォリア様の呪いを解いてもよろしいでしょうか? ――少々意地の悪い質問となってしまいますのはご容赦を」
女はそう言い――。
「「っっ」」
ノノーツェリアとキックスは彼女の言葉の意味を理解した瞬間、同時に声を詰まらせた。
【アルとレムの二言講座(ツッコミ役:レアリア)】
「では訓練を始める。良いかね、アルーシア君」
「……」
「うむ、良い返事だ。では早速だが……ちょっと気がしたので優しく治療をお願いします、アルさん」
「……」
「……うわ~ん、レアリア、アルが無視するよぅ~~」
「……」
「――気持ち悪いから止めなさい、ソレ。あと無視するとかって、あんたアルにどんな反応を期待してるのよ? もうちょっと日頃を振り返ってからモノ言いなさいよ、あと木に躓いて擦り傷って、あんたどれだけ間抜けよ?」
「ふっ、レアリア、お前がそんなに俺を心配してくれるなんて……」
「……(ふるふる)」
【お終い】
ちょっと唐突すぎる気が……。