Early X. キックス-26
寝坊寝坊、急げ急げっ
部屋から出て隣に二部屋、扉の前で立ち止まったノノーツェリアが振り返って二人を見る。
「シィナはここで待つように」
「はい、ナナーツォリア様」
「ではキックス、行きましょう」
「うん、ナナ……えっと、シィナさん、それじゃあ」
「はい、キックス様。私はここでお待ちしております」
「――」
ノノーツェリアの後に続いて、部屋の中に入る。
と、キックスの背後で扉が閉まった。自動的とかそういう訳ではなく、単に外にいたシィナが扉を閉じただけだが。
こちらの部屋も、キックスが寝ていた場所に負けず劣らず必要以上に派手で豪華な造りをしていた。
そして部屋の先、天蓋つきのベッドの中に眠っているツェルカを発見する。
ツェル姉――と今すぐ駆けつけていきたい所ではあったが、それより先に気になる事があったのでキックスはその場から動けないでいた。
くるっ、と反転したノノーツェリアがキックスの姿を見て、微笑む。不思議と寒気がした。
「ねえキックス? 本当に私の言った事が分かったんですか?」
「えっと、なんの事?」
「あなたは、もう少し、英雄として扱われていると言う事を自覚してください、と言う事をっ、です!」
「え、いや、うん、分かってる……つもりだけど」
「へー、ふーん、成程。そうなんですか、そうですか」
「えーと、……ナナ?」
「男のヒトって皆がそうなんですかねっ、それともキックス、あなたが手が多いだけですか?」
「はぃ? あのさナナ、さっきから何の事を言ってるのか良く分からないんだけど」
けれど理由が分からないまま、少しだけ膝が震えてきた。にこにこ笑っているノノーツェリアが怖いのです。
「キックスって、もしかしてと思ってましたが余程手回しが良いんですねっ?」
「手回し?」
「シィナとはもうあんなに仲良くなったんですね、そうですか私はもう用済みですかっ!」
「いや本当に意味が分からないんだけど……」
「……キックス、ちょっとこちらに」
「う、うん、なに?」
「言って分からない駄犬がいるとして、ならば身体に分からせる必要があると私は思うんですよ♪」
ノノーツェリアの浮かべる飛び切りの笑顔に、何となく否定しなければいけない気がした。
「いや、そんな事はないと……根気良く何度も言ってればきっと伝わると思うんだ、僕は」
「そうですか。……じゃあもう一度だけ言いますね?」
「な、なにを?」
「キックスは私のモノなんです。他の誰かのモノじゃなくて……ちゃんと分かってますよね?」
「うん、それはもちろん」
何を今更当然な事を、とも思わない。
「なら一度、私の事を“ご主人様”と呼んでみてください」
「えと……ご主人、様?」
「頭に私の名前を付けて」
「ナナご主人様……?」
「……」
何がしたいのか、さっぱりだった。おまけに黙ってじっとこちらを見ているからその沈黙が怖い。
「えと、ナナ?」
「ついでに上目遣いで私を見て、同じ言葉を」
益々、何がしたいのか分からなくなったが、取り敢えず言われたとおりにする事に。
逆らっては駄目な雰囲気が何となくしてた。
「……ナナご主人様?」
「……――こ、今回のところはこれで許してあげましょう」
「あ、ありがと」
何のことかは分からなかったが。
取り敢えずお礼は言った方が良い雰囲気だったので、言っておいた。何事にもお礼とか、そういうのは会話の潤滑材である。
「それでツェルカさんですけど、こちらに……」
「ツェル姉! 大丈夫!?」
ようやく怖かったノノーツェリアの雰囲気が和らいでくれたので、駆け足でツェルカの寝ていたベッドまで向かう。一応起こさないように足音控えめ、音量控えめである。
ツェルカの様子を見ると顔色はよさそうだし息も整っている、ぱっと見た感じ何処にも危ないような個所はなく――
「信じられないでしょう、これで死んでいるのですよ?」
「うぇ!?」
「と、言うのは少々願望混じりの冗談ですが」
「な、なんだ……びっくりさせないでよ、ノノ」
「名前」
「ぁ、ごめ、……ナナ」
「いいえ、今のは冗談を言った私も悪いですしね」
「……そうだよ、そういう冗談は胸に悪いから止めてよね、もぅ」
「はい、ごめんなさい、キックス」
「――それで、もう一度聞いておくけどツェル姉は大丈夫……なんだよね?」
「ええ、そのはずです。それにキックスが目を覚ましたのですから、ツェルカさんももう少しで目を覚ますと思いますが……」
「――?」
一瞬、ノノーツェリアの言葉の中に言いようのない違和感のようなものを感じて、キックスは他の思考を止めた。けれど一体何が引っかかったのか、考えても分からない。
ノノーツェリアを見ると、笑顔を浮かべていた。
何となくこの場所にとどまり続けるのは良くない気がして半歩下がりかけたキックスだったが、それより先にノノーツェリアの手がキックスの腕を掴んでいた。
「えと、ナナ?」
「……ふふふっ、それならそれでこちらにもやりようがあるというものです」
「な、なんの事、ナナ?」
「ねえ、キックス?」
「な、なにかな?」
後退ろうにも腕を掴まれていて下がれない。
「ツェルカさんなんてもう放っておきましょう?」
「はぁ!? ちょ、ナナいきなり何を言って――」
「それより~、今は二人で楽しみましょうよ、ねっ♪」
「いやナナ、急にどうか――って、その胸ぐりぐりするの止めてッ、くすぐったいからっ!?」
「ね、キックス?」
「だから何が『ね?』なのかさっぱり、と言うか本当に急にどうしたのさ、ナナ!?」
「どうしたもこうしたも……キックスも分かっているくせに、本当に意地悪なんですね」
「いじわるって何――むぐっ!?」
今度は口を押さえられて腕を組まれた。
「……どうせツェルカさんは寝てるんですし、何をしたって分かりませんって。ねっ♪」
「ん~、んんっ~~」
「ぁんっ、キックスってば大胆――」
「――私のキーくんに何してるのさこの性悪がぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
「あら、おはようございます、ツェルカさん」
「ぷはっっ、……つ、ツェル姉?」
ようやく口を解放されて、キックスが顔を上げると、ベッドから飛び降りて仁王立ち姿のツェルカと、にこにこと表面だけ笑顔のようなノノーツェリアが二人、睨みあっていた。
「え、なにこれどうしたの?」
それに応えてくれる相手は誰もいなかった。
【アルとレムの二言講座(ツッコミ役:レアリア)】
「お、どうしてこんな状況に?」
「……」
「アル、機能寒かったのか? だから俺のところに潜り込むなんて、そんな大胆な事を――!?」
「……」
「――潜り込んでるのはあんたの方よ、この腐れ外道がっ!!」
「な、なんだってぇぇぇ!? 記憶にない、なんてもったいない事を……」
「……(こく、こく)」
【お終い】
むやぅ~!!