Early X. キックス-24
やむやむ
……最近遅れがち
――とか思ってたらすぐについた。と言うか隣の部屋だった。
良く良く考えれば今のキックスはノノーツェリアから一定以上離れられない状態なのだから、それほど遠くにいるはずがなかったのだ。
とんとん、とシィナが部屋の扉をノックする。
「ナナーツォリア様?」
「――誰?」
「シィナに御座います。キックス様がお目覚めになられたのでお連れ――」
しました、と言い切るより先に勢い良く扉が開いた。
「キックスが目を覚ましたのね!?」
「はい、ナナーツォリア様。こちらに――」
おります、と言い終わるより先に、その“ナナーツォリア”はキックスへと突進してきていた。
もうキックス本人が引くほどの勢いで肩口を鷲掴みにして、前後に大きく揺する。
「キックス、大丈夫なんですかっ」
「ぁぅ、ぁぅ、ぁぅ」
「キックス、ちゃんと答えなさい、あの後どうなったのですっ、魔物の群れは退いたと聞いていますがあなたがやったんですかっ、それともツェルカさんが?」
「ぁぅ、ぁぅ、……――ぅぉぇ」
「ねえ、キックス? ほ、本当に大丈夫ですか、キックス!?」
「……」
どちらかと言えば今の状態が大丈夫ではない。
首が取れそうな勢いで前後に揺すられて、下手に喋りなどしたら舌を噛みそうで怖い。
「あの、ナナーツォリア様……?」
「なんですか、私は今キックスの安否を――」
「いえ、そのキックス様なのですが、余り激しくなされぬ方がよろしいかと……」
「激しく……? ぁ」
惨状にようやく気がついたの慌てて両肩を離す“ナナーツォリア”。
支えを失ったキックスはそのまま力尽きるように膝を折って崩れ落ちた。
「ぎもぢ、わる……」
もう実は寝起きだった事とか、思っていた以上に空腹とか喉が渇いているとか、そんな色々な状況で今のシェイクは地味に効いた。
吐こうにも吐き出せるものがある自信はないし、なにより元気そうな“ナナーツォリア”の様子を見て安堵したのもある。
正直、もう一度眠ってしまいたいという思いも有ったりしたが、――後一つ、どうしても確認しなければいけない事があったのでソコは気力で何とか。
……出来ればいいなぁ、と思いながらキックスは吐き気を抑えながら立ちあがった。
「えっと、キックス?」
「なに、……えと、ナナ?」
「え、ぁ……えぇ、その、ごめんなさい。少し興奮してしまって」
「いや、うん、別に良いよこのくらい」
慣れていると言えば慣れているし、とは思っても決して口には出さない。
日頃から過保護すぎる自称姉も、キックスがちょっとでも傷を負ったりしたときと似たり寄ったりである。だから辛くないと言えば、……当然辛いに決まっている。
「それよりもナナ……は、元気そうで良かったよ」
「え、えぇ、キックスも、元気そうで……」
「うん、僕は元気。見ての通り今はもう怪我一つないから心配しないで」
「ええ、外傷がない事は、ちゃんと確かめました……ぽっ」
「いや何その反応!?」
「そうよね、シィナ?」
「って、シィナさんも!?」
「……」
慌ててシィナを振り返って見ると、何故か居心地が悪そうに視線を逸らされた。しかも微妙に恥ずかしそうに頬を染めるおまけつきで。
「シィナ……“さん”?」
「――っっ?」
今度は逆に正面から、振り向いてはいけない的な声が聞こえてきた。見たくはないけど見なければいけないので、ぎこちなくだが正面に視線を戻す。
“ナナーツォリア”が満面の笑みを浮かべていた。
「何やら短い間にシィナと随分親しくなったみたいですね、キックス?」
「いや、全然、そんな事は……あとシィナさん、『それ程でもありません』とか、ノノを挑発するような事は止めて!?」
「――キックス!」
「ひぃぃぃ、ごめ、ごめんなさい!!!」
「あ、いえ、そうではなくて、今私の名ま……いえ、いいです。分かってくれれば、それで」
「うん、本当に、ごめん」
何で謝ってるのだろう、と思わないでもないキックスであった。そもそも、悪い事や怒られるような事は何もしていないはずなのに、である。
理不尽な気持ちはあるものの、言い返そうとする気は起きなかった。キックスにとっては世の中こんなものであると日頃から調教されて――否、納得している部分が大きい。
「そ、それでナナ……ツェル姉は大丈夫、なの?」
「はい、キックス。彼女も外傷はなく、後はキックス同様に目が覚めるのを待っているだけです」
「そうなんだ……良かった」
一度はシィナから聞かされてはいたものの改めて“ナナーツォリア”の口から聞かされた言葉に、深い安堵を覚える。
けれどキックスが最後に見たツェルカの様子は背中を飛竜のブレスに大きく焼かれて、息も絶え絶えの瀕死な姿。それに加えて飛竜の爪が彼女に向けて振り下ろされて――その後どうなったのか、明確な記憶はキックスにはなかった。何となく、くすんだ銀髪のメイド服の“彼女”が助けてくれた気がするだけである。
だから二人の言葉を疑う訳ではないが、自分の目で見なければ安心できないのも確かな事で。
「それで……ツェル姉は今どこにいるの?」
「キックスが寝ていた部屋の隣、この部屋の反対側ですよ」
「そうなんだっ、じゃあ――っ」
「――待ちなさい、キックス」
急いで反転しようとして、背後から首を絞められた。……厳密に言えば駆けだそうとしていたところに襟元を取られて、結果として首が締まっただけなのだが。
「げほっ、けほけほっっ、――な、何するんだよいきなり!?」
「少し落ち着きなさい。……それに私の事ももう少し心配してくれたっていいじゃないですか」
「ぇ? 今なんて――」
後半、小さすぎて聞こえなかった。
“ナナーツォリア”はもう一度言う気はないらしく、プイッ、と視線を逸らされた。
「ツェルカさんが無事なのは本当ですから、まずは私の話を聞いて下さい、キックス」
「で、でも……」
「大切な事ですから。今のあなたの置かれている立場についてなんですよ?」
「僕の、立場……?」
「ええ。ですから――一度、部屋に入って下さい。廊下では人目を引きますから」
「あ、うん」
「シィナは外で待機です。用があればこちらから呼びます」
「はい、分かりましたナナーツォリア様」
シィナを一人廊下に残して、“ナナーツォリア”の後を追って部屋に入るキックス。その後ろ姿を追いながら、そう言えば僕ってナナとの仲を勘違いされてこのお城のヒト達に追われてたんじゃなかったっけ――なんて事を今更思い出していた。
【アルとレムの二言講座(ツッコミ役:レアリア)】
「快晴だー!! こういう日は丘の上でゆっくりと日光浴に限るよな、アル!」
「……」
「うんうん、アルもそう思うかー。ほら、ごろんっ、て寝転がってポカポカ日を浴びるの、気持ちいいぞー?」
「……」
「――レム、ちょっとは状況考えなさい!? 今私たち、魔物に囲まれて……アルも、こんなバカの真似なんてしないっ!!」
「全く、心に余裕のない奴はこれだから。なあ、アルー?」
「……(ぷいっ)」
【お終い】
まだ当分続きそうなのが怖い……メイドさん、早く帰ってきてほしいなぁ