Early X. キックス-23
遅れて申し訳ないです。
そしてこれでやっと、三人目。
ぼんやりと、意識が浮上していくのが分かる。
何とも言えぬ心地いい眠りの中、キックスは漠然と自分が目を覚ます事を自覚していた。何か夢を見ていた気もするが、思い出せそうもない。
「……ん?」
「――ぁ、気がつかれましたか?」
「……んん?」
「おはようございます」
「……うん、おはよぅ――っっ!?」
目を開くと、見覚えのない豪華な装飾品がいっぱいに見知らぬ女の子が一人。
この世界では珍しくないブラウンの髪を肩口で切り揃えて、瞳の色は橙色、ほんわか、とした空気が漂っていそうな、可愛らしい女の子だった。そして服はメイド服。
つい、発育の良い胸に視線が向かったがすぐに脳内ツェルカに怒鳴られて、何とか視線を逸らすことに成功した。
「ここどこ? それよりツェル姉はっ……ノノも無事なの!?」
「落ち着いて下さい、キックス様」
「え、何? どうして君は僕の名前を知ってるのと言うか僕たちって初対面だよね?」
メイド服の少女は珍しくないものの、少なくともキックス自身に彼女の容姿に見覚えはなかった。
それとどうして“様”なんてつけられているのだろうか……なんて事も漠然と思っていたが、触れてはいけない気がしたので自分の第六感を信じて止めておいた。
「はい。私はここ三日ほどあなたの顔を拝見させていただいておりますが、こうして目を覚ましたキックス様とお話しをさせていただくのは初めでです」
「み、みっか?」
「はい。三日ほど、キックス様はずっと眠ったままでしたから」
「三日も……、いや! そんな事よりも今は! ツェル姉は!? ノノは!? ……えぇと、僕の他にも二人、女の子がいなかったかなぁ!!??」
「はい、おりましたね」
「それじゃあ――その二人は今どこ!?」
思わず勢いのまま少女に掴みかかってしまったのだが、彼女はその行為を咎めるでもなく、逆に落ち着かせるように両手をキックスの腕へと乗せると微笑みを浮かべた。
彼女の微笑みに、自分が何をしたかを思い出して慌てて両手を彼女の肩から離す。その時、彼女が僅かに痛そうに顔をしかめたのをキックスは見逃さなかった。
「ぁ、ごめ……」
「いいえ、謝らないで下さい」
間置かず、少女が口を挟む。
「今のキックス様の行いはそのお二人を心配しての行為なのですから、それを易々と否定しないで下さい。お二人が可哀想ですよ?」
「ぁ……うん、それは、そうだね」
「はい。お分かり頂けて嬉しいです」
「でも、ね」
「?」
「それとは別に、やっぱり乱暴な事をしちゃったから……ごめんね? えぇと……」
そう言えば、目の前の少女は一体誰なのか、と今更ながらに疑問が思い浮かんだ。ついでに言えばこの部屋もそう、こんな趣味の良い部屋はキックスの住む“館”にはない。
「シィナ、と申します。どうぞお気軽にシィナとお呼びください、キックス様」
「あ、うん。分かった、シィナ……さん」
何となく、自分よりも年上っぽいので思わず“さん”付けしていた。“様”付けされている件は、やはり嫌な予感がするので取り敢えずスルーである。
「さん、は要りません、キックス様」
「ん……分かってはいるんだけど……その、だめかな?」
シィナの瞳を覗き込むようにして顔を近づける――と、これはキックスがヒトにモノを頼む時の癖のようなモノだったりするのだが。
「わ、分かりました。“さん”付け、全然駄目じゃないですから」
「そう。よかったぁ」
何故か視線を逸らされたが、OKは出たので良い事にする。
と、不意にツェルカからの言葉を――『キーくん、お願い事する時、くれぐれも顔を近づけ過ぎちゃ駄目なんだからねっ!』と言う事を思い出して、近づき過ぎていたことに慌てて顔を離した。
「えっと、それでシィナさん、ツェル姉とノノは……」
「一人の女性の方……恐らくツェルカ様、ですがこちらはキックス様と同じ、まだ目を覚ましておりません」
「そ、そんなっ、大丈夫なの!?」
「はい、損傷はなく、キックス様が本日目を覚まされたことからもうじき彼女の方も目を覚まされるかと」
「そ、そうなんだ。ツェル姉は無事なんだ……」
自分もツェルカも、二人とも気を失う直前まで凄い重症だったはずだが――意識を失う直前に“彼女”の姿を見た気がしたのは見間違いではなかったのだろう。何よりこうして今自分が無事な事がその証拠である。
それに二人が助かっている、と言う事はノノーツェリアも無事であると言う事に他ならない。
……若干、楽観的ではあるが“彼女”が助けてくれたのであれば、つまりは近くにご主人様がいたと言うことであり、あのご主人様が女の子を助けないはずがない、つまりは無事なはずである。そう考えて、――良く自分は無事でいられたなぁ、と一人だけ見捨てられなかった事にキックスは大いに安堵した。
野郎だけ見捨てるとか、あの御主人様なら普通にやりそうで怖い。
「はい。それに姫様も無事なので、ご安心ください」
「……姫様?」
姫様って誰だっけ……と思っているとシィナが更に言葉を続けてくれた。
「ナナーツォリア殿下でございますよ? 覚えておられませんか?」
「……ななーつぉりあ」
何処かで聞いた事のあるような名前だったが、思い出せない。確かに聞いた事があるはずなのだが。
いやそんな事よりも、
「えっと、それよりもノノも無事、なんだよね?」
「ノノ? ……もしかして、ノノーツェリア殿下の事でしょうか?」
「うん?」
「?」
「……、――ぁ」
と、不意に思いだした。そう言えばノノーツェリアは双子の姉のナナーツォリアと言うこの変装をして、街の方へと出向いていたらしい。つまりは本当の彼女がどうであれ、キックスたちと出歩いていた彼女は世間的にはナナーツォリア姫様と言うことになる。
つまりキックスの言うノノーツェリアはシィナの言うナナーツォリアであり、よってキックスの言うノノーツェリアは無事である、と言う事だった。
それに彼女の事を姫様と言っていると言う事は……ここはお城の中と考えた方が良い。それなら豪華な装飾品の部屋も納得できる。どうして自分がこんなところで寝ていたのか、という点だけは分からなかったが。
……いや、どちらにしろあのご主人様の所為云々と、悩むだけ無駄なことなんだろう、きっと。
「や、ごめん。そうだね、忘れてた。ナナ……だったよ」
「はぁ」
「それでナナ……は無事なんだったよね?」
何となく、“ナナ”なんて呼び慣れていないから言いにくかった。それを言うなら“ノノ”も慣れると言うほど呼んではいないはずなのだが――不思議とこちらは口に馴染む。
「はい、ご無事ですよ。キックス様がお目ざめになられたらお呼びするようにと言われておりますし……会いたいと仰られるのでしたら私と一緒に行きませんか?」
「あ、いや、行く。僕も行くよ。連れて行って」
「はい。ですが自分で提案しておきながら何なのですが、お目覚めになられたばかりで余り御無理はしないで下さいね?」
「うん、それは分かってる」
日頃からツェルカには無理はするなと強く何度も良い聞かされているし、……まあ時々無理しろと逆に発破をかけられることもあったりするが。
何よりも、身体の調子はどこも悪くなかった。それに“彼女”が直してくれたのであれば、悪い所もないはずである。
むしろ調子が良い気もするし。
「それでは、参りましょうか。私についてきて下さいませ?」
「うん、よろしくね、シィナさん」
「……はい、キックス様」
【アルとレムの二言講座(ツッコミ役:レアリア)】
「アル、風邪引かないように気を付けるんだぞー?」
「……」
「うん、だから近づいちゃ駄目だからな? うん、アルは偉いからやんと分かってるよなー」
「……」
「――っでいうかバカレム! 私の心配を少しはしなざいよ゛!?」
「……レアリアー、熱があるのに叫ぶのは、あんまり身体に良くないぞー?」
「……(こく、こく)」
【お終い】
睡眠って……凄く手軽な娯楽ですよねぇ……
嫌、今日はマジ遅れてすみませんでした!!