Early X. キックス-19
もう何か……キックスが、
「っっ!!」
鼻先を掠めて、後半歩でキックスの命を奪っていただろうソレは地面に大きな亀裂を作った。
――キックスが避けたのではない。かと言って魔物の一撃が外れていたわけでもなく。
「ノノーツェリア、ごめん! 大丈夫!?」
一瞬の判断で、ツェルカがノノーツェリアの事を後ろへ突き飛ばしていた。ノノーツェリアは突き飛ばされて尻もちをついている。
そしてキックスは、ノノーツェリアが尻もちをついて倒れこんだ分だけ身体が後ろに引っ張られていた、と言う事。お陰で魔物の腕は鼻先をかすめただけで、命を救われた。
「はい、私は……キックスは!?」
「うん、キーくんも無事、大丈夫」
「そう……良かった」
地面を割いて止まった魔物の腕を見て、キックスの震えが止まった。恐怖がなくなったわけでは決してない。ただ、何となく全てが吹っ切れた。
改めて手に持った“武器”を握りなおして、いったん大きく後ろへと下がった。あれ以上前に進めないのでは、意味がない。
正直なところ初めに考えていた『群れの統率個体を見つけて速攻デストロイ&エスケープ』作戦が事実上不可能になったのでもう泣きそうだったりもする。
「もうっ、キーくん情けないぞ!!」
「そうですよ、キックス! ――? そう言えば思ったのですが、ツェルカさん?」
「うん? なに、ノノーツェリア?」
「キックスって、戦えるんですか?」
「ん~……私よりも弱いよ?」
後ろで何か言っているが気にする余裕はない……と言う事にしておいた。それに戦闘の面においてツェルカよりキックスの方が弱いのは事実でもある。ただそれは戦闘と言わず諜報、口論、家事等の一般業務などの多岐に渡りツェルカ>キックスの構図があるのだが。
「……キックスって弱いんですね」
「そこが良いんだよ。保護欲をくすぐる、みたいな?」
「そうですか?」
「うん」
「でも、私は知りませんけど、キックスの実力であの魔物の群れを捌けるのですか?」
「それも大丈夫。キーくんは、やる時はやる子だから。お姉ちゃん、知ってるもん」
「それなら安心ですね」
「だから私たちは安心して見てれば大丈夫」
「はい」
先程あっさりと殺されかけていたのに無駄なほどに多きおその信頼は何ですか、と突っ込みを入れたい所ではあったが、今度は本当にキックスにその余裕はなかった。
再び腕を振り上げてくる魔物の、それより先に懐へと滑りこむように駆ける。
そしてがら空きの腹部へと、手にした“武器”を突き出す。
ガキッッ
「――嘘ぉぉ!?」
思い切り、相手の甲羅に阻まれた。全力で突いたのに相手に傷はなし、こちらは若干手が痺れた。
「そう言えばツェルカさん、キックスって魔法使えるんですか?」
「キーくんが魔法? ううん、全然使えないよ?」
「なら武器が徹らなかった場合はどうするんですか?」
「そこは愛と根性で」
「なるほど、愛と根性で」
「うん♪ と言う訳だからキーくんガンバ!」
「キックス、頑張って下さい!」
魔法の援護でもしてくれないか、と言う期待はあっさり打ち砕かれた。もう本当に、二人とも傍観する気満々らしい。
ギリギリのところで相手の腕を避けながら、何度も反撃を試みてはいたが一向に相手の魔物を傷つける事が出来ていない。愛と根性でこれを何とか出来るものなら、さっさと何とかしたいと思う。
「……くそっ、本当に硬いな、もう」
とかやってる間に次の魔物も迫ってきていた。今度は一度に五匹ほど、オオカミっぽい形をしたヤツだった。たてがみのある漆黒のオオカミ、とでも言えば良いか。
もういっぱいいっぱいなんですが……と言う愚痴は聞いてくれそうになかった。ただ、こちらのオオカミっぽい奴には目の前のカニと違ってちゃんと“武器”が徹ってくれそうなのは幸いである。
更にその先の――向こう側を見ればもう数百の数の魔物がいるわけで。心が挫けそうなので意識してそれは見ないようにした。
「さあ、掛かってこい、お前たち!!」
自分を奮い立たせる意味でも、大きく叫びをあげてみる。
目の前のカニは全く攻撃を通せる自信がなかったので、取り敢えずは無視。キックスの技量では無視をするのにもそれなりに苦労するところなのだが、こちらの攻撃が効かないのだから仕方ない。かと言ってどうやって倒すのかとか、対策を練る時間も数百にも上る相手が与えてくれるとは思えない。
カニのような魔物の腕の隙間を縫うような形で、漆黒のオオカミのうちの三匹が連続して襲いかかってくる。
半ばカニだけでもう手一杯なキックスとしては、止めて欲しいと泣きながら懇願しても良いくらいの見事な連携だった。
「――っお!?」
それはもう奇跡的に、髪の毛数本持っていかれただけで避ける事が出来た。次避けろと言われても無理な自信がキックスにはある。
ただ――今、目の前には無防備に浮いたオオカミの身体。些細な好機でも確実に一匹ずつ仕留めていかなければ後がない事は確実であり、この好機を逃すわけには絶対に行かなかった。
――まずは一匹!!
真下から、相手を一撃で屠るつもりで“武器”を振り上げて――キックスは正直、もう半分ほど泣き出した。
手に返ってきたのは肉を割く確かな感触――などではなく。
ガキッ
体毛に阻まれる様な、鈍い手応え。当然、相手のオオカミに傷はない。
「ちょっっっ――ご主人様ぁぁぁぁ!!!???」
思わず叫んでいた。
折角御主人様から頂いたものと言うことで――それなりの期待をしていたのにこのざまである。カニは愚かオオカミにも刃が徹らないと言う始末。と言うより刃自体がない、ぶっちゃけタダの木の枝である。
再び飛びかかってきた漆黒のオオカミたちを必死からがら避け――と言うよりも全力で後ろへ向かい逃げ出した。
こちらの攻撃が徹らないのではまるで意味がない。それで数百の魔物を相手にするとか、そういう事をするかしようとするのは絶対ただのバカである。
「キーくん!?」
「キックス、何をしているのです!?」
「無理! 僕にあれの相手は無理! 絶対無理、死ぬだけだって!?」
「情けないぞ、キーくん。私はキーくんをそんな子に育てた覚えは――」
「ツェル姉に何と言われようと無理なものは無理だって。だってこっちの攻撃全然効かないしっ!!」
「そこは愛と根性で……」
「はい! ノノ、そこは常識でモノを考えようね!? 愛と根性だけじゃ何ともならない事っていっぱいあるからっ!!」
「そ、そんな……」
何か、絶望いっぱいな表情をしていた。
「兎に角逃げよう! このままじゃどうにもならないし、せめてもう少しまともな武器を持ってきてからやり直そうよ!!」
今も、オオカミっぽい魔物から走って逃げ出せているなど火事場のクソ力様々だった。普通、オオカミ相手に走って逃げるとかは無理である。
時々背中とか足下とかをオオカミたちの牙や爪が掠っていくのが冷や冷やモノではあったが、それで足を止めてなどいられない。むしろもっと早く手と足を動かせ、だ。
ノノーツェリアとツェルカ、二人とすれ違いざまに手をとって、一気に走りぬけようとして――だがそれは叶わなかった。
「それはできません、キックス。このまま彼らを行かせれば街には酷い被害が……――私はそれを見過ごしたくはない」
ノノーツェリアが、その場に立ち尽くしていたから。
キックスを追ってきたオオカミたち五匹とカニっぽい奴が、今度は標的を変えてノノーツェリアへと一気に襲いかかり――
「ノノ!?」
「――“地”に染め上げて、アース・ファング」
周囲の大地が、牙となり爪となり凶器となって、魔物六匹を一瞬で大地の底に引きずり込んでいた。そして地面の底から響く、何かが砕かれるような破砕音と魔物の断末魔。
一瞬で。
それは正に圧巻だった。
だがキックスにとってはそんな事よりも、そんな些細な事よりも――
「だから、私は退けません」
振り返り、微笑みを向けたノノーツェリアの表情が全てだった。
【アルとレムの二言講座(ツッコミ役:レアリア)】
「……良い風だなぁ。色々なものを洗い流して、それに運んでくれる」
「……」
「アル、子言う言う話を知ってるか? 風の囁きっつー、まあ、端的に言えば風が思いを伝えてくれたっていう話だな」
「……」
「って、アルが知ってるはずないか。よぅし、ならちょっと語って進ぜよう」
「……」
「な、なにかレムがまともに見えるわ。……夕日のせいかしら?」
「――ん? レアリアも一緒にどうだ? な、アル、良いよな?」
「……(こくん)」
【お終い】
やんややんや。
何だか、キックスがどんどん情けない……と言うかノノーツェリアの方が男前な感じ(?)に?