Early X. キックス-17
……何故か、ノノーツェリアとツェルカの二人が変人になっていく気がします。
「それでは、まずは手筈から考えましょうか」
「うん、そうだね」
遠く、何とか魔物の群れを目視できる距離から話し合いを始めるノノーツェリアとツェルカの二人。
ようやく腕から離れてくれた二人ではあったが、キックスは感慨に耽った瞳で今も移動中の魔物の群れを眺めていた。
――あぁ、これから僕は単身であの魔物の群れの中に飛び込まなきゃいけないのか、と。
ちなみに魔物の群れはどうやら先程までキックス達がいた街をまっすぐに目指しているらしい。理由は分からない。
そもそも魔物など、個体でいる事がほとんどであって、群れでいるなど聞いたこともない。そんな事、統率している固体でもいなければ不可能ではないか。
……そう考えに至って、キックスはますます落ち込んだ。もし仮にアレを率いている固体がいたとして、それが弱いはずもないのだから。
「街のヒト達には悪いけど、まずはあの魔物の群れを認識してもらわないとね」
「そうですね。そうでないとキックスが魔物の群れを蹴散らすと言うデモンストレーションが成り立ちませんからね」
あ、僕もう魔物の群れを蹴散らすの決定なんだ……とは思っていても口に出せる雰囲気ではなかった。
現実逃避の最中だった、と言うこともある。
「じゃあ、やっぱりある程度までアレを街の方に近付けて、その危険性を認識させてからキーくんが颯爽とあいつらをやっつけるって事でいいよね」
「そうですね、それでいいかと」
「うん、そうだね」
「それでは――決定すべきは魔物を迎え撃つための場所と決め台詞ですね」
「……え?」
「魔物を迎え撃つのは、来るときに通ったあの丘でいいんじゃないかな?」
「ワーウルフの丘ですか」
「そうそう。あのワーウルフがいっぱいいるところ。あそこなら街からも目立つし、ちょうど進路上にもあるよね?」
「そうですね、ではそこにしましょうか」
「うん」
「後は、決め台詞なのですが、やはりここは定番ですが、無言で魔物たちを蹴散らしてから『ふっ、名乗るほどのモノじゃねえよ』でしょうか」
「ん~、でもそれだと魔物を蹴散らす前が色々と問題だと思うよ? 魔物たちを蹴散らしている間に街の方から援護とか、間違って攻撃されちゃったりとかしない?」
「それは心配ないかと。あちらの方の勢力はほとんど役に立たなくなっているはずですから。……私たちと同様、キックスの魔道具に魔力を吸われて、戦力外のはずです」
「そっか。それは不幸中の幸いだね。街の方に戦力がないんじゃ、魔物の群れを見た時のパニックは一目瞭然。キーくんの大活躍も一層目立つし、印象にも残るよねっ♪」
それは幸いとは言わず、今まさに本当の意味でキックスが単身で魔物の群れを蹴散らさなくてはいけない、と言うことになったのだが。つまり援軍はなし、と。
ご主人様とかその他のメイドたちは、どうせ面白がって手を貸してくれない事は目に見えている。……本当に危なくなったら助けてくれるかもしれないが、絶対とも言えないので余り期待する事も出来ない――と言うかまだあの街にいるのかどうかも分からない。
「ではそれで行きましょうか」
「うん、そうだね。でも……その決め台詞はないんじゃないかな? それに名乗りは必要だよ、やっぱりホラ、ここは登場の時に『この僕がいる限り、この先には何人足りとも通しはしない!』とか言ってマント翻してさっ」
「それ名乗ってないよ、ツェル姉。あと僕はマントも持ってないから」
「……成程、それもなかなか良いかもしれませんね」
「いやノノ!? 今のの何がどこが良いの!?」
二人はキックスに視線も向けることなく、作戦会議を続ける。
「それに今回はキーくんの名前と名声と信頼を売るんだから、やっぱり名乗る事は必要だよね?」
「……確かにその通りでしたね。ではこの案は次回に回すとしましょう」
「うん、そうだねっ」
「だからツェル姉の案も名乗ってなかったって。それとノノ、次回とかないから。絶対にないから! ……それと出来れば今回もなしにして欲しいし」
やはりキックスの叫び声は無視された、と言うか見向きもされていなかった。
基本的に自分の意見は無視されるらしい……自分の事なのに。と、キックスはこの時“分相応”と言う言葉の真理を理解した。
「無難に『僕、キックス!』とか言うのはどうでしょう?」
「ん~、微妙」
と言うより魔物の群れ相手にその名乗りははっきり言ってバカだと思います。
「じゃあ、こう言うのはどうかな? 『僕の名はキックス――この名前に恐怖を抱かぬものからかかってこい』とかとかっ」
「……おぉ、それは中々ですね。ですがもう少し、インパクトが弱い気がしますね」
「そっかぁぁ」
むしろ魔物相手にそんなこと言っても無駄だから。キックスとか名前怖いとか、そんな有名でもないし、やっぱりその名乗りを魔物相手にするのはバカだと思います。
「では、『僕の名前はキックス。この街の――守護者だ!』なんて言うのは?」
「むむ? 中々に心を惹かれるね」
「でしょう?」
何を胸張っているのか知りませんが、いきなり誰とも知らない輩が守護者とか、何調子乗ってくれちゃってるんだこのバカは、とか思われてお終いです。あとやっぱり魔物相手にその名乗りはバカです。
「でもいきなり守護者って言うのはちょっとやり過ぎじゃないかな?」
「――だよね、ツェル姉!?」
「だってキーくんはこれから活躍するんだから。そういうのはキーくんの活躍を見たヒト達が噂で囁いてくれてればいいんだよ」
「な、成程。自分では守護者とは語らず、むしろ相手に語らせてこそ、ですか」
「その通りだよ、ノノーツェリア君」
「……あなたのその考えには度々脱帽されますね」
僕は違う意味で二人に脱帽してます――なんてことは当然、とても言えない。
あと、キックスの必死の叫び声はやはり完全にスルーされていた。
「そんな……そうでもないよ。あなただって中々だと私は思うよ?」
「ツェルカ……さん」
「……ノノーツェリア」
何か友情の証っぽい握手をしてた。
仲が良くなってくれるのは嬉しいけど、正直こんなくだらないことで友情とか育まないでほしいと思う。
キックスは、――お利口さんなので二人を気にしない事にした。
それよりも、どうやったらあの魔物の群れに吶喊をかけて生き残れたりするのかなぁ……? と余生を儚んで。
――地響きが、ここまで伝わってきそうなほどの大量の群れだった。もう、何十匹なんて単位ではなくて、何百匹くらいの、大群。恐らく、
ここまで近付かれたのならばそろそろ街の方でも魔物の群れを確認していることだろう。
「……はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、どうしよ?」
辞世の句は残念ながら思いつかなかった。
【アルとレムの二言講座(ツッコミ役:レアリア)】
「……夕日がきれいだね、アル」
「……」
「ほら、まるであの色――アルの綺麗な目や髪の色みたいだ」
「……」
「もっとも! アルの方が何倍も綺麗だけどなっ!!」
「――あんた、それが言いたかっただけでしょ? ……と言うか、夕食の準備手伝いなさい」
「……ふぅ、これだから。レアリアには情緒と言うモノがなくて困る。なあ、アル?」
「……(ふるふる)」
【お終い】
不思議、不思議。そして今日は少し短かったです。
むぅ、正直この先どうするべきか。