Early X. キックス-16
キックスは最強とか、別に強いキャラじゃありません。むしろ周りと比べると弱い方の部類に入るかも……?
それは唐突だった。少なくともキックスには何かの前触れがあったようには思えなった。
「では、これからどうしましょうか」
「うん、そうだね。どうしようか?」
急に、二人が真面目な表情になって話し出す。と言うかつい先ほどまでいがみ合っていたので、キックス一人が会話の流れについていけてなかったりする。
「現状の問題点は恐らくキックスが私を誘拐、もしくは誑かした犯人だとされているところです」
「キーくんが誑かしたんじゃなくて、あなたが勝手に誑かされたんだからねっ!」
「その辺りは今はどうでもいいでしょう? 今はこの状況をどう解決するか、と言う事です」
「……まあ、その通りだね。うん、この決着はいずれまた」
「はい、いずれまた――と言う機会が私にあればいいのですけどね。あなたとは何か決着をつけなければいけない気がします」
「ふふんっ、恐れをなして逃げ出さないようにしないとね?」
「そういうあなたの方こそ」
「「ふふふふふっ」」
左右から同時に寒気しかしない笑い声を聞かせてくるのは止めて欲しい。
と言うか、また不穏な雰囲気が――
「えっと、あの……二人とも?」
――と思ったが違うらしい。また元の、真面目な感じに戻ってしまって一発触発、危なげな雰囲気が霧散した。
二人の雰囲気の切り替えの速さに、正直ついていける気がしない。
「そういう訳で、これからどうしましょうか?」
「そうだね、取り敢えずこのまま街に戻るって言う選択肢はないかな?」
「そうですね。街に戻ればみすみすキックスが処刑されるだけです」
既に自分は凶悪犯並みの扱いですか。
と言うか何か悪い事をしましたか、神様――と天に祈ってはみたが、残念な――もしくは幸運なことに返事が返ってくる様子はなかった。
「でもね、これだけは言っておくよ?」
「はい、何でしょうか」
「もし仮にもしかしてほんの少しの可能性があったとして……キーくんを傷つけたりしたら、私どんな手を使ってでもこの国を消してやるんだから」
大量殺人予告、一歩手前の発言である。
「ちょ、ツェル姉っ、その発言は危け――」
慌てて窘めに入ったキックスだったが、そのキックスの慌てようがバカみたいに、ノノーツェリアが真面目に返答をしていた。
「安心して下さい。そうならない為に、私がいます」
「そう……キーくんに何かあったら、私があなたを殺すから」
「心得ておきましょう」
「うん」
二人の間で何かの信頼っぽいものがあるような、ないような……ただ、少なくともこういった言い合いは自分を間におかずにしてほしい、と思う。
脱出できないかと身動ぎしてみたが、もうがっちりと二人に固定されているようで抜け出せそうにもなかった。ついでに言えば腕を動かした時に『あんっ、キーくんってば大胆さんだね♪』とか『キックスは本当にケダモノですね』とか、微笑ましそうな目で見るのは心底止めて欲しいと思う。
「それで具体的にだけど、やっぱり誤解を解くのが一番だと思うんだ」
「誤解、ですか……父が聞き入れてくれると嬉しいんですが」
「そう言えば……あなたってノノーツェリア・アルカッタなんだよね?」
「そうですが……まだ信じられませんか?」
「ううん、そういう意味じゃなくて、ならナナーツォリア・アルカッタの方って今どうしてるのかなーって思って。王様へのお願いとかも、あなたがノノーツェリアとしてするのかナナーツォリアとしてするのかが気になってね」
「……そういうことですか。姉ならば今は私の代わりにベッドで寝込んだふりをしてくれているはずです。ですから、今の私は公的にはナナーツォリア、と言うことになりますね」
「ふーん、そうなんだ」
「はい」
二人の会話を聞いていて、ふと思った。
今のノノーツェリアはノノーツェリアじゃなくって、ナナーツォリアと言うお姉さんらしいと言う事、だから……。
「えと、それじゃあもしかしてノノのことはナナ……とかって呼んだ方がいいのかな、もしかして?」
「いいえ、キックス。それは今まで通り、ノノ、と呼んでくれればいいです。私もそちらの方が嬉しいですから」
「あ、そ、そう……」
何故か、ノノーツェリアの言った『嬉しい』と言う言葉が無性に恥ずかしい気がして、キックスは彼女から目を逸らした。
で、その反対側にいるのは当然ツェルカであって、いきなり頬を抓られた。さほど痛くはなかったが。
「キーくんを誘惑しようとするのは止めなさいっ!! 後キーくんもっ、デレデレしないっ、みっともない!!」
「ゃ、僕は別にデレデレとか……」
してない、と言おうとして。
「してた!」
「ええ、していましたね」
反対側からの援護が入りました。
「具体的にはキックスの、口元や眉尻、顔が全体的に緩んでいました。お互いが近いので違いが良く分かります♪」
「そうだよっ! キーくんがそんな子だったなんてお姉ちゃんは育て方を間違えちゃったよ!! キーくんは私にだけそういう反応をしてくれればいいのっ!!」
痛――くはなかったが、そうやってむやみやたらに胸を押しつけてくるのは止めて欲しい。
あと、そういう発言も堂々とではなくてもっと控えて欲しいと思う。
「ふふっ、それだけキックスにとって私が魅力的に映っていると言う事ですね。……不思議と悪い気はしません」
「なにおぅ、私だってそれくらい――!」
また睨み合い、取っ組み合いでも(キックスの両側で)始めようという雰囲気の二人に、流石に慌てて止めてかかろうとするキックス――
「ちょ――ふた」
だったのだが。
「それはそれとして、今後の方針を決めよう」
「ええ、そうですね」
この急に話を元に戻すのとか、流れについていけないから止めて欲しい、と思うキックスだった。
「誤解を解くにはどうしたらいいかってことだよね? あなた一人で戻って、直談判とかは?」
「余りお勧めしませんね。恐らく、話も聞いてもらえず部屋に軟禁されるのが精々でしょう」
「んー、そっか」
「ええ、少なくとも父を説得するにしても、説得できるだけの状況に持っていかなければいけません」
「つまり、キーくんを、キーくんはこんなに凄いんだぞって見直させるって事だよね、それって」
「そうなりますね」
「「……」」
「え、な、何二人とも?」
「手っ取り早い方法として、魔物でも狩るのが良いかな? ランクは……大体Aランクくらい」
いきなり物騒な事を言い出した。
「ちょ、ツェル姉、それは無理――」
「そうですが、どうせならSランクくらいは欲しい所ですね」
「ノノ、それはもっと無――」
「んー、でも魔物が近くにいないとそれも無理なんだよね」
「そうですね、それが一番の問題でもありますか」
いつの間にかキックスが魔物の大群を倒す、と言う話になっていた。
二人が本気で話し合っているのが何となく分かってしまった分、キックスとしては冷や汗ものであった。
「や、そもそもSランクの魔物とか、倒せる倒せないっていう問題がだね――」
「都合良く魔物の大軍とか、湧いて出てくれないかなー?」
「ツェル姉は何物騒なこと言ってるの!?」
「これもキーくんのためだから仕方ないんだよ」
「全然仕方なくないよ!?」
モラルとか何とか、もっと学んでほしい、と心底思う。
「そうですね、魔物の大軍でも出てくれればいいのですが早々都合良く魔物のの大軍など見込めるはずも有りませんか」
「いや、ノノも何物騒な――! ノノってば仮にもこの国のお姫様だよねぇ!?」
「大丈夫です。その辺りもちゃんと考えていますから」
「あ、そうなん――」
「被害が出る前にキックスが何とかすればいいだけです」
「全然考えてるとか言わないからね、それ!? あと僕は魔物の大軍を相手にするとか、そういうの無理だから!!」
こっちもこっちで、モラルとか常識とかを全然分かってくれていなかったらしい。
「ツェル姉だって、僕の実力知ってるよね、ね!?」
「キーくんは、やる時はやる子だってお姉ちゃんは信じてます」
「信じないで!? お願いだからちゃんと僕の実力を正しく色メガネなしに把握してよ!?」
「大丈夫、お姉ちゃんはキーくんがやれば――」
「やっても無理だと言う事を信じて!?」
「――キックス、何事もやる前から諦めるのは駄目だと思いますよ?」
無償の信頼は痛いものだと、この時キックスは学んだ。
「でも無理な事とか、初めから分かってる事は色々といっぱいあるよね、二人とも!?」
「……それもそうですか」
「……まあ、確かにちょっと無理があったかもしれないしね」
「ふ、二人とも。やっと分かって――」
「魔物の群れなんてそう簡単に見つからないしね」
「魔物の群れなどそう易々と見つかりませんからね」
「――分かってないよね、全然っ!」
信頼と言うか、これはもう妄信って言っても良いんじゃないかなー、何でそんなに信じられてたりするのかなーなどと現実逃避をしてみる。
実際、魔物の群れなどを相手に出来るだけの実力は自分は持ち合わせていないとキックスはそう思っているし――それがおおよそ間違ってはいない事もまた確かであった。
「……でも、まあ確かに魔物の群れなんてそう簡単にいるモノじゃ――」
――
「ない……ないしね」
「そうだよね」
「そうですね」
「――ところで二人とも、ちょっと向こうに行くのは止めにしない?」
「? 急にどうしたのですか、キックス?」
不思議そうにするノノーツェリアに対して、
「……キーくん、もしかして何か見つけた?」
つき合いの長い方のツェルカは、キックスの様子に何か感付いた様に、目を細めてちょっと脅しっぽくキックスの事を半眼で睨めつけてきていた。
あるいは、何かしらの直感でも働いたのかもしれない。
「え、いやそんな事はないけど……」
「――お姉ちゃんが見つけたキーくんが嘘つく時の23個の癖、発見!」
「うぇ!?」
23個は既に癖のレベルじゃないと思います。
「それって、もしかして私たちが話してたことと関係あるのかな?」
「ううん、それとは関係ないよ」
「ふむふむ。もしかして魔物の群れでも“視”ちゃったりでもした?」
「いや! だからそういう訳じゃ……」
「つまり、どういうことでしょうか?」
「キーくんが道を変えたいって事は、この先に行きたくないってことだよね。つまりこの先で何かを“視た”と」
「……私には何も見えませんが?」
「キーくんの目はちょっとだけ特別だからね。兎に角、この先にはキーくんにとって好ましくない、もとい今の私たちにとっては都合のいい、トラブルの種がいるかも知れないって事」
「――魔物の群れですか」
「――魔物の群れだね、きっと」
「だから二人ともっ、違うから、全然そんな事じゃないから――ねっ!?」
「……成程、今の嘘は私にも分かりました」
「だよね? キーくんは凄く分かりやすいから」
「そっ、それに二人とも。まだ魔力が回復とかいしてないんだよねっ!?」
「そうだけど……」
「そうですが……」
「「――何か不都合が?」」
「大丈夫! 心配してくれなくても、自分の身を守るくらいの魔力は回復してるからっ!」
「私もです。自分の身を守るくらいの事は出来ます。だから、キックスは思いっきり暴れてくれて結構です」
「だから何でそういう話になってるの!? というか、だから僕には無理だってそんな事ぉぉぉ!!!!」
「私、信じてるからっ♪」
「私も信じていますから♪」
可愛女の子二人の清々しいまでの信頼の笑顔に挟まれて――ここはどこの地獄だ、と思わずにはいられなかった。
【アルとレムの二言講座(ツッコミ役:レアリア)】
「かぁぁぁ、この一杯が格別だぜ!」
「……」
「ん? アルも飲みたいのか? 仕方ないなぁ、ちょっとだけだぞ?」
「……」
「ほいっ、ちょっとだけだからな。……の、ついでにアルのファースト間接キッスをゲットだぜ!」
「……と言うか、泉の水で何やってるの、あんた?」
「うるさいなぁー。空気読めよ、空気」
「……(こくん)」
【お終い】
世の中平和が一番。
……もっとちゃんと、ストーリーを進めていかないとなぁと思ったり。てか、このままじゃ一カ月ほど今のキックスくん話が終わりそうにない気がしたりしなかったりするのが怖すぎます。
……もう、見捨てないでくれると嬉しいです。