Early X. キックス-15
うぅ、もう駄目駄目だぁ……
「えぇと……つまり、ノノは本物のノノで、死に掛けだけどこうして動いてるって事?」
取り敢えず思った事ををそのまま口にしてみる。
元気なようにしか見えないノノーツェリアを見ていると凄い違和感があった。
「はい。そうですけど、死にかけだけど動いていると言うのは何か嫌な表現ですね。まるで私がゾンビか何かみたいです」
「あ、いや、そういうつもりで言ったんじゃ……」
「分かってますよ。それに嫌な気がすると言うだけで、ゾンビと言うのもあながち間違いとも言い切れませんから」
「え?」
それはどういう意味か。
聞こうとするより先にキックスの様子を見ていたノノーツェリアが答える。
「私が病弱だったのは本当なんです。私、こうやって外に出たのは今日が初めてなんですよ? お陰で今日はとても新鮮なものばかりで、とても楽しかったです」
「――」
本当に楽しそうに語るノノーツェリアの横顔からは、少なくとも嘘を言っている雰囲気は微塵もない。
「買い物とか、あんなにもヒトが大勢いた街の中を何気なく歩き回った事、それに……男の子とこうしてお話ししたり一緒に並んで歩いたり、なんて事も、」
少しだけ恥ずかしげに、でもそれ以上に何よりも、本当に楽しそうに笑うノノーツェリアの笑顔は可愛いと言うよりも、何処か無性に苦しく、やりようのない怒りのようなものを感じずには居られなかった。
その怒りがなんなのかは、キックスには良く分からなかったが。
「でもですね、実は何が理由でこうやって元気になったのか、私自身分かってないんですよ。気がつくと、朝こうして元気になっていて……」
「何か、思い当たることでもなかったの?」
「思い当たる事、と言えばそうですね……」
「何か、あるの?」
「……いえ。ちょっと不思議な夢を見たくらいですかね」
「夢――って、一体どんな?」
「私の顔をした私が出てきて、『生きたいか?』って聞いてくるんです。私は当然『生きたい!』って答えるんですけど、」
「うん、それが?」
「それだけです。私が叫んだところで目を覚まして、それでお終い」
「え……? でもそれのどこが不思議な夢なの?」
「……はっきりと、今でも覚えているんです。まるで本当にあった事みたいにはっきりと。それに私、普段は夢なんて見たこともないんですよ。一度寝たら、次の日まではぐっすりと、死んだように眠っているらしいです。一度、本当に死んでいると間違われたことすらあるんですよ?」
「それは、大変そうだよね」
「ええ、大騒ぎですたね」
ノノーツェリアはその時の事を思い出していたのか笑っていたが、キックスとしては冗談じゃなかっただろうなぁ、とその時の様子を想像しながら、そう思った。
朝、様子を見に行ったら一国のお姫様が亡くなっていた――これはもう凄い一大事である。それはもう大変な騒ぎだったに違いない。しかもそれが勘違いだったとしたら尚更だ。
「けどね、今言った夢だけははっきりと覚えているんですよ。だから、ちょっとだけ不思議な夢なんです」
「……そっか」
「はい。それに私が今こうして元気そうに見えるのも、もしかするとこの命が最後に燃え盛ろうとしているだけかもしれませんし、それか――」
「知らないうちに自分は死んじゃってた、と?」
ツェルカが横から口を挟む。
今まで何かを考えていたように黙っていたツェルカだったが、今は睨むようにしてノノーツェリアの事を見ていた。
「ちょ、ツェル姉、それはいくらなんでも……」
「いえ、キックス。良いんですよ。それに、そうじゃないとも言い切れませんから」
何処か達観を孕んだ――見ているだけで苛立ちが湧きあがってきそうなノノーツェリアの表情を見て、ただ黙っている事など出来なかった。
「や、でもノノの身体はちゃんと温かかったし柔らかかったし――」
「――キーくぅぅん?」
「あ、いや。とっ、とにかく! ノノはちゃんと生きてるし、死んでなんかいないって!!」
「そう言ってくれるのは嬉しんですけど……」
「キーくん、私もね、別にいじわる言うつもりじゃないんだけど、“そういう”魔法もあるにはあるんだよ? 死体を生きてるヒトみたいに見せかけるヤツって」
「……ええ、そうなんですよ」
「でも!」
初耳――ではなかった。キックスもその手の魔法が存在することくらいは知っていた。それでも、だが、
「ですが、キックスが私の事を生きていると言ってくれても……」
「えとえとえと……――ぁ! ほら、胸の鼓動だってちゃんと聞こ――」
すぐさま確認するように、ソコへと手を伸ばし――
「ちょっと、キーくん?」
「――え、あ、や……?」
横から聞こえた怖気の走る声に思わず手を止めて、ようやく自分が誰のどこの何を触ろうとしていたのかを理解した。
「あ、その、これはえっと……」
「――キックス?」
「「今、何処に触ろうとしてましたか(してたのかな)?」」
ぴったりだった。
後は無言の圧力、左右から×2くらいの勢いで。怖さもドンと二倍である。嬉しくもなんともない。
「ごっ、ごめ――ほんの弾みで。悪気とか出来心とかそういうのはなくって……とっ、とにかくごめんなさいっ!!!!」
「……まあ、キーくんに悪気がないのは、」
「……まあ、キックスに悪気がなかったのは、」
「「わかっているけど」」
二人の息が怖いくらいに揃っていることに、無性にこの場から逃げ出したくはなったのだが。
残念なことに両腕ともを二人にきっちりと抱き抑えられているから逃げるなんて事、出来るはずもない。
「じゃ、じゃあ――」
「魔力戻ったらちゃんとお仕置きするから♪」
「魔力が戻ったら、一度地中で反省してください♪」
「……はい」
理不尽だ、とは思うモノの。
それを口に出すだけの勇気がキックスにはない。もし口答えなんてしてこれ以上刑が加算されようものなら、堪ったものではないのだから。
今祈ったり願ったりすることと言えば、少しでも二人の魔力が戻るのが遅れますように、と言う事だけだ。
――
「――?」
ふと。
「キックス?」
「キーくん?」
立ち止まる。
不思議と、何か聞こえたような気がして周りを見渡したが、特に気になるようなものはない。左右に腕に抱きついてきている二人がいるだけで、後は特に目を引くようなものはなかった。
少しだけ心配そうな二人の視線に『なんでもない』と答えてから、もう一度歩きだした。
と歩いてはいるものの。
「……ねえ、二人とも。ちょっと良いかな?」
「はい、なんですか、キックス?」
「何かな、キーくん? 私に出来る事だったら何でもするよ? しちゃうよ??」
「あ、いや、うん、ツェル姉はありがと……じゃなくてだね、」
「うん? も~、仕方ないなぁ、キーくんってば甘えん坊さん♪」
何を思ったか、更に胸を押しつけてきて胸でぷにぷに、頬をすりすりしてきた。これではどちらが甘えているのだか、である。
取り敢えずは、ツェルカのその感触よりもノノーツェリアが抓り上げてきた脇腹が痛かった。あと視線も怖い。
「そうじゃなくて、ツェル姉、ちゃんと聞いて」
「ん~♪」
「痛っ、ちょ、ノノ、足踏んでる、踏んでる!!」
「あら、ごめんなさい。うっかり間違えました」
「痛い痛い痛い! ぐりぐり踏んでる、まだ踏んでるからぁ!?」
「それは大変ですね、キックス♪」
「む!? 私だって負けないんだからっ。ね、キーくん♪」
右からは痛覚で左からは触角で責めてくる。飴と鞭という構造に似ていなくもない、同時に与えられてはいるが。
――これ、なんの拷問?
キックスに二人を止める術は、なかった。
本題――これからどうするか、何処に向かうかなど、思いっきり逃げてきた三人がその事を話し合うのは、もう少し後になりそうだった。
【アルとレムの二言講座(ツッコミ役:レアリア)】
「さて、夕食でも狩ってくるか。アル、ちょっと待ってろよー? 凄いの捕ってきてやるからな」
「……」
「期待してていいからなっ、これでも仮の腕はそれなりに覚えがある方だから」
「……」
「じゃ、行ってくるぜ! 俺の雄姿を待っていてくれっ」
「狩りって言っても――女の子の方はてんでだめよね、レムって」
「――……そんなことないやいっ!!!!」
「……?」
【お終い】
オンラインゲームとか、してると時間がすぐ経っていっちゃいますね?
時間がねぇ……