Early X. キックス-13
ふと、ストーリーが全く進んでいなことに気がついた。
……や、やばい。
「……あれ?」
いつまで経っても(人生の)終わりが来ないのを不思議に思い視線を戻したキックスが見たのは不思議な光景だった。
先程まで互いに睨みを利かせていたはずのノノーツェリアとツェルカがその場で座り込んでいた。
また同様に聞こえていたはずの大量の足音も全く聞こえず、近づいてきていたはずの魔力たちも全く感じられない。
「……二人とも、どうしたの?」
「な、何だか力が入りません」
「お、お姉ちゃん、足腰が立たないよ、キーくぅ~ん」
ノノーツェリアもツェルカも、こちらを見てくるが現状がよく分かっていないのはキックスも同じ。むしろ辞世の句を考えて現実逃避していたキックスの方が分かっていない可能性が高い。
取り敢えず、分かった事は一つだけ。
――どうやら命を拾ったらしい。
生の喜びを噛み締めていると、ふとノノーツェリアがこちらを見ていることに気づいた。
「えっと、どうかしたの、ノノ?」
「どうした、ではありません。キックス、あなたは今、一体何をしたんですか……?」
「はい?」
当然の事だが何もしてはいない。しいて言うなら世を儚んだ事と辞世の句を考えたくらい……。碌な事をしているとは思えない。
「何がって……何の事?」
「キーくん、キーくん、何か光ってるけど、それ何かな?」
「?」
光っている、と言われて初めて気がついた。腰に下げた羽飾り――くすんだ銀髪のメイドさんに貰った――が淡くだが光を発していた。
「あ、本当だね。なんだろ、コレ?」
「私に聞かれても困るんだけど。どうしたの、それ?」
「うん、ルイルエお姉様に餞別に貰った」
「ルイルエ、お姉様……?」
「あ、うん。ノノも知ってるよ? あの銀髪の綺麗なヒト」
「――あぁ、あの方ですか」
「うん、そうあのヒト。あ、ちなみにルイルエって言うのは間違いなく偽名だから、余り気にしないでね?」
「偽名……成程、込み入った事情がありそうですね」
「「……事情って」」
何やら真剣な表情で呟きを洩らしたノノーツェリアに、思わずと言った感じでキックスとツェルカが互いに顔を見合わせて、微妙な表情を浮かべた。
そう言われればそれなりの事情があったりするのかもしれないが、少なくとも彼、彼女らにとってはあのメイドさんが偽名を名乗るのは当然のことであり、余り深く気にする事はなかったのである。
ちなみに、ノリでそうしている、と言われても納得できそうなところが怖い。
「? なんですか、キックス」
「いや、なんでもないよ、うん」
あのくすんだ銀髪のメイドの事は、少なくともキックス自身にも分かっていないので微妙なこの気持ちをうまく説明できる自信もなく、だからキックスは口を閉じることにした。
それに込み入った事情があると言うのも、もしかするとあながち間違いではないのかもしれないし。
ただ――彼女が隠し通そうとしているのであればその理由が込み入ったものだろうが些細な下らないものだろうが、どちらにせよ日の元に明らかになる日は永遠に来ないのだろうが。
「でもそれ、ルイルエお姉様に……そうすると、それってもしかして魔力無効化のマジックアイテムか何かなのかな?」
「僕にも良くは……」
「何となく変な感じはするんだけど、私マジックアイテムにはそれほど詳しくないしなぁ。ニャマルなら少しは分かりそうなんだけど……キーくんには何か“視え”ないの?」
「うん、僕には何も。ただの良く分からない羽飾りにしか……それにルイルエお姉様からはご主人様撃退用にって渡されただけだし」
「ご主人様撃退よっ!? やっぱりご主人様もキーくんの事狙って――!!」
「……あー」
ここにはいないご主人様に怒りを見せるツェルカに、恐らく次に会った時にでも無用の火の粉が降りかかるご主人様に内心キックスはごめんなさいと謝り――やはり止めた。
ノノーツェリアが仮の主とか、余計な事をしてくれたのはあの人だったと思いだす。
「魔力無効化……?」
二人の会話を聞いていたらしいノノーツェリアも不思議そうに、キックスの腰に下がった羽飾りを見る。
「まあ、そうかもしれないってだけだけどね」
「成程ですね、そう言えば服を脱がせようとした時も魔法を無効化――」
「何しくさっちゃってるかなこの盛りのついた雌豚がぁ!!」
「――はい? あなた、今なんて言いました? あぁ、もう一度は言わなくていいですよ。そのくだらない口は、私が責任を持って閉じて差し上げますから」
なんか、突然戦場に戻りました。
また睨み合いを始めるノノーツェリアとツェルカの二人。とは言っても二人とも座り込んでいたり、魔力は全然集まっていなかったりと先程までよりは若干マシとも言えるのだが。
少なくとも二人の中間に立たされているキックスとしては勘弁してほしいと思った、心の底から。
「きっ、キーくんの服を脱がせたとかどんなやましい事をしちゃって、しようとしてたのかな、えぇいこの羨ましいっ!!」
「私はただ“隷属の烙印”を確認したかっただけです。あなたみたいに他意はありません」
「そんなことあるはずがない! キーくんの綺麗な身体を見てウズウズしない子なんてこの世に絶対いないんだからっ!!」
いや、そんな事は……と思ってノノーツェリアを見たのだが、頬を赤くしてそっぽを向かれた。
「ノノ、今の反応は何!?」
「……べつに」
「ほらねっ、ほらねっ! キーくんの裸体を見て興奮したな、この性悪女!」
「し、してません!」
「まだシラを通すつもりなの? 私だったら絶対、キーくんの裸とか見たら興奮するのに!!」
「しないでよ、ツェル姉!! と言うよりも見せないから、裸! ノノにだって、上着を脱いだ程度で裸とかそういう訳じゃ……」
「この性悪は片す! 絶対ここで片してやる!!」
「出来るものならしてみなさい。そう簡単に後れを取る私じゃありませんよ?」
「ふ、二人とも落ち着いて。ねっ?」
「私を侮辱したのはそちらが先です」
「その女がいけないんだよっ」
お互いに睨み合ったまま、埒があかなかった。
これは……お互い意固地になっているだけかもしれない、なんて事を思いたい。理由はどうあれ魔法は使えないみたいだし、そうなると素手での取っ組み合い――それはそれで悲惨な絵になりそうだった。
出来るなら単に意地を張っててその収めどころが解らないだけとか、そんな戯言を信じたかった。
「ね、ねえノノ?」
「私を説得する気ならば、彼女を先にどうにかしてください、キックス」
「……えっと、ツェル姉?」
「何で私の方がその女よりも後なの!?」
怒鳴られた。
「ツェ、ツェル姉の事は色々知ってるし、取り敢えず後に回しても大丈夫かな、と……」
「それは私への信頼の証だね、キーくんっ!」
「あ、うん……まあ、」
そうとも言うかもしれない。ツェルカの雰囲気が少しだけ和らいだので、敢えて否定とか、口にはしないが。
「――つまり、その女よりも私の方が御し易いと思われたのですね、キックス♪」
と、思ったらもう一人の方が大変なことになっていた。
笑顔は可愛いのだが、ノノーツェリアの笑顔はもう一瞬見惚れるほどに可愛らしかったのだが、目が笑ってないとか可愛いと思うよりも先に寒気がした。
「ふふんっ、そんなの当然じゃないっ、私とキーくんの絆は絶対なんだからっ」
ならお願いしますから今すぐいがみ合おうとするのを止めて――とは言える雰囲気ではなかった。
「こんな年中、頭の中がお花畑のような女よりも私の方が御しやすいと思ったのですね、キックスは」
「あ、いや、えっと……」
「年中お花畑って何かなっ、この色情魔!」
「色――! 言うに事欠いてあなたが言いますかっ、そちらの方が先程から、よほど盛った発言をしているではないですかっ!」
「私は良いのっ! キーくんのお姉ちゃんだからっ」
「良くありません!! むしろ姉と自称するのならその発言を控えなさい!!」
「ふんっ、羨ましがったってキーくんのお姉ちゃんな地位は渡さないんだからっ」
「別に欲しくありませんよ。それに――私はキックスの主ですから。どんな事も思いのままですよ」
お願いだから勘弁して下さい。
「そ、それなら私はお姉ちゃん――」
「姉が如何程のものだと言うのです? 先程最後には、などと言っていましたが、それは最後でなければあなたの所には帰らないと言うことでしょう? あなたの所にキックスが帰るのは、所詮最後だけです」
「むぐっ、……うぅぅ、性悪女め」
またもや一発触発な雰囲気である。
――と言うか。
「ふ、二人とも。お願いだから止めて……」
野次馬とか、何か這いつくばって城の中から出てきた大量の兵士とか、色々ともう勘弁してほしかった。
◇◆◇
「おー、愉快なことになってるなぁ」
「そうで御座いますね」
「しかし、他人事とは思えないっつーか、まああれだ。余所で見てる分には楽しい見世物だな、これは」
「そうですね。旦那様はいつもあのような感じの……およそ五十割増しと言ったところでしょうか」
「五倍!?」
「平時で、ですが」
「……ほんと、ヒトのふり見て我がふり直せ、だな」
「可能であればそうして下さいませ、旦那様」
などと言う野次馬も混じってたとか何とか。
【アルとレムの二言講座(ツッコミ役:レアリア)】
「雨宿り雨宿りっと。アル、ちゃんと服は乾かしておかないと風邪引くからな。気を付けるんだぞー?」
「……」
「はい、それじゃあ脱ぎましょうねー?」
「……」
「――ってあんたは何自然にアルの服を脱がせようとしてんのよ!? アルの服は私がやっておくからっ、レム、あんたは何処か余所に行ってるか、膝抱えていじけてるか、地面に埋もれてるかでもしてなさいっ!!」
「……それは、いくらなんでも酷い扱いじゃないかと思うんだが? まあ、一応向こうは向いておいてやろう。レアリアも服とか濡れてて寒そうだしなっ」
「……(こくん)」
【お終い】
う~む?
そう言えばキックスの話って数日で終わるようなものじゃない気が……とか思ってるけど、どのくらい続くんだろうか、コレ。まあ気長にハーレム(?)を目指しましょう。