Early X. キックス-11
キックスは基本弱気です? へたれとかじゃない……つもり。
いつまで長引いちゃうんだろうか、この話……と思わなくもない。
がくがくブルブルと震える少年が一人。
目の前に広がるのは地獄のような光景……と言うか、生首の畑だった。
見渡す限り生首って、これどうよ? と思わなくもない。
「大体こんなところですかね」
ついでに言えば生首の群れよりも、むしろその生首畑を何の感慨もない瞳で眺めているノノーツェリアの方が何倍も怖かった。
「……えっと、ノノ?」
「ああ、はい、キックス。お待たせしてしまって済みませんでしたねっ」
「い、いや。そんな……全然、待ってなんていないけど」
「そうですか? それはありがとうございます」
「いや、はは、あははは、は……」
彼女曰く『社会の掃除』をしていた時間はそれなりに長い時間ではあったのだが、キックス自身は別段、長かったと感じているわけではなかった。
片隅で震えている間に、いつの間にか終わっていた、と言うのが実際のところだったりする。敢えてそれを告白しようとは思わないが。
「ではキックス……やはり事情は聞きたい、ですよね?」
「ぜ――」
反射的に出かけた言葉を、キックスは命がけで飲み込んだ。
成功してよかったと心底思いつつ、社交辞令を口にすることにする。
「うん、聞きたいかな」
何か凄い事に巻き込まれそうな気配がひしひしと伝わってくるので聞きたくありません、と言えるだけの度胸はキックスにはなかった。
作り笑顔が完全に様になっていたのが悲しいと言えば悲しい。
「ですよね。これを話してしまうとキックスを巻き込んでしまうんで、出来れば話したくはないんですけど……」
「じ――」
じゃあ話さないで!
もう生存本能が訴えかける勢いでのど元までせりあがった言葉を、今度も何とか飲み込むことに成功する。
微妙に脅迫っぽいモノがノノーツェリアの瞳に宿っている気がしないでもなかったが、気のせいと思いたい。それが気の所為かどうかを試すだけの気概はキックスにはなかったのだが。
「そうですよね。ここはキックスの意思を尊重して、話してしまった方がお互いのために良いですよね?」
「……うん、そうだね」
心の中では号泣モノである。
「……キックス」
「う、うん」
不意に、ノノーツェリアの表情が真剣なものに変わる。どうやらここからは本当に真面目な話になるらしい。
一体どんな凄い事を言われるのかと、キックスは半ば無意識に喉を鳴らして――
「実は私――この国のお姫様なんです」
「うん、知ってる」
「どうしてそれを!?」
「いや、どうしても何も……」
心底驚いた様子のノノーツェリアだったが、キックスの方こそその場に膝を折って崩れ落ちてしまいたかった。主に緊張の限界的な意味合いで。
「ノノってば、会ってすぐに自分がお姫様だって言ってたじゃない。何を今更」
「……そう言えばそうでしたね」
「うん、そうだよ」
「なら私が実は姉の変装をしていると言う事ももう言ってあったんですね」
「うん……、?」
それはあまりに自然な物言いに、キックスは反射的に頷いてから――ふとおかしなことに気づく。
「なら話は簡単です」
「――いやちょっと待って!? やっぱり聞いてない、聞いてないって!!??」
「そんな事はありません。私はちゃんとキックスにこの国の姫ですと確かに言いました、先程思い出したので間違いありません」
確信を持って頷く。
確かにその通りではあるのだが。
「いや、そっちじゃなくて! 姉の変装とかって話!!」
「ああ、そっちでしたか。私、実は今、姉の変装をしているんです」
軽かった。
どのあたりが変装なのかは、キックスが初めて会った時のノノーツェリアの姿そのままだったので良く分からないが、取り敢えずは変装をしているらしい、と言うことで納得しておく。
「うん、それで?」
「お終いです」
「……え?」
「以上ですけど、どうかしましたか?」
どうやら本当にそれだけのつもりらしく、きょとんと首を傾げていた。
「いや、何で変装してるのか、とかそのお姉さんってどういうヒトかとか、色々と言う事はあると思うんだけど……?」
「まっ、キックスって顔に似合わず……ぽ」
「今何考えたの!? 顔に似合わずって何!? 何が顔に似合わずなの、そしてどうしてそこで恥ずかしそうなの!?」
「私の姉ですけど、双子の姉でナナーツォリアといって、命を狙われているんです」
「きゅ、急に話をかねないでよ、ノノ」
もう、先程までのは一体何なのかと言うほどの変わりようだった。瞳がほんの少し笑っているような気がするので、彼女なりの悪戯だったのかもしれない。キックスとしては必要なさすぎるモノだったのだが。
「キックスが聞きたいと言ったのではないですか。もう、我儘ですね」
ついでに何故かこっちが悪いことにされていた。
キックスは何か言い返そうとして、無駄である事を悟り諦めた。
「いや、それは確かに聞きたいって…………言わされたりしたけど」
敵前逃亡とも言う。そして戦略的撤退では決してない。
「その姉が命を狙われているので、私が身代わりになって、暗殺者と言う名の社会の害悪を駆除しているんです」
「……えーと、色々と突っ込みたいところがあるんだけど」
ノノーツェリアって時々凄い毒を吐く事があるよなぁ、と思いつつ。取り敢えずは一番気になる事を聞いてみることにした。
「はい、なんでしょう?」
「ノノのお姉さんが命狙われてるのは分かったけど、それをどうしてノノが身代わりになってるの?」
「私たち、双子なのでそっくりなんですよ。昔からお世話してもらっている乳母のサナおばちゃんでも見分けがつかないくらいです」
「へぇ、そうなんだ」
「はい、だから私が姉の身代わりになってるんです。分かりましたか?」
「うん、全く分からない」
似てるから身代わりとか、それは似ていなければ身代わりそのものが成立しないので、似ている事に是非はないと思うのだが。
だからと言ってその身代わり役をノノーツェリアがやっている理由が、キックスには分からなかった。
と、ノノーツェリアから何か憐れんだ目で見られていることに気づく。
「……キックスって実はおバカさんだったんですね」
「いや、そういう事じゃなくて。身代わりとか、護衛とかでも、ノノ以外にいるでしょ、そういうヒト」
「確かにいますね?」
「何でそういうヒト達を使わないのかな、って。お姉さんが狙われてるって、ノノだって一応はお姫様なんだから、危ないのは駄目なんじゃないの?」
「そうですね、キックスの言うとおり、私も一応、この国のお姫様なので、危ないのは駄目ですね?」
「うん。だよね?」
予想通り、ちゃんとそういうヒトは要るらしい。ならばどうしてそんな危ない役を態々ノノーツェリアがやっているのかと――疑問を口に出そうとして、
「でも、それじゃ駄目なんです」
酷く、真摯な呟きが耳に届いた。
「駄目……って、どうして?」
「――もう、だれも信用できないですから」
「信用できない?」
「えぇ」
そう言ったノノーツェリアの表情はどこか悲しそうで、寂しそうで、怒っているようで泣いているようで、何を思っているのか、キックスにはその内心を窺い知る事は出来なかった。
それでも、何かを言わなければいけない気がして。
「それってどういう……」
「さあ、それじゃあそろそろお城の方に戻りましょうか。ナナの事も心配ですし」
がらりと、ノノーツェリアの雰囲気が変わった。真面目な話はこれでお終い、これ以上はなし、と言外に語っている気がして、それ以上の言葉を言えなくなる。
だからキックスは、それ以上は何も言えなかったから、ノノーツェリアに合わせることにした。
「あ、そうなんだ。それじゃあ僕はこれで……て、訳にもいかないんだよね?」
「そうですね。仮とは言え私はキックスの主ですから。ちゃんと付いてきて下さいね?」
「……うん」
「それじゃあ、行きましょうか♪」
楽しそうなノノーツェリアの背中を眺めながら、キックスはふと思いついた事を口にしていた。
「そう言えば、さ。ノノ」
「はい?」
「さっき、信用できるヒトがいないとかって言ってたけど、……僕の事は大丈夫なの?」
「……、――ええ、大丈夫ですよ」
「そうなの?」
「はい。私は、あなたを信じると決めた私を信じていますから。だからもしこれでこの先、キックスが何か私を裏切るような事があろうとも――それは私の所為でありあなたの所為じゃありません、キックス」
「――」
身震いが、した。
まっすぐこちらを見つめてくる蒼い瞳に。その中に映っているキックス自身は不思議と酷く落ち着いているように見えた。今、自分の内心はこんなにも波立っていると言うのに。
「……さ、行きましょうか」
少しだけ、頬を染めて恥ずかしそうに背中を見せるノノーツェリア。ただ無防備すぎるその後ろ姿が、全ての答えのような気がした。
キックスは、ほんの少しだけ彼女の背中を眺めて、
「うん、そうだね」
その後を追いかけた。
【アルとレムの二言講座(ツッコミ役:レアリア)】
「アルはさ、もう少し太った方がいいと思うぞ?」
「……」
「ほら、だからいっぱい食べた食べた。これに……それにこっちだってほら、美味しいぞー?」
「……」
「なんか、傍から見てると肥やして食べちゃおうとしている変態男に見えるわね、レムって……――って、間違ってもいないのかしら?」
「はいそこっ、これ見よがしに俺の悪口言わないっ! アルが本気にしたらどうするつもりだよ、ったく。……ほら、アル、こっちの料理も美味しいぞ~」
「……(もぐもぐ)」
【お終い】
平和?