Early X. キックス-10
まだ全然、話が進んでおりません。
ノノーツェリアは、楽しそうとか小悪魔的とか可愛いとか色々とあるのだが、取り敢えずは未だへとへとで動けそうにない。そして騎士たちはそんな彼女のすぐ傍で彼女を取り逃がすまいと囲っている。
キックス自身と騎士たちとの間に距離はまだあったものの、ノノーツェリアと一定以上離れられないと言う理不尽極まりない制約があるため、もしノノーツェリアが彼らに捕まったらその時点で自分も詰みの状態になるのは明らかだった。
自分が――ノノーツェリアとの諸事情も含めて、騎士たちからまだ逃げ切れそうかと言う事を考えて、考える必要もなく答えは出た。
「こうなったら僕も男だ、覚悟を決めるよ」
そう言いつつ、無抵抗の証として手を騎士たちへと差し出すキックス姿には哀愁を誘うモノがある。
「――?」
だが不思議と、一向にキックスの両手にお縄がかかる兆候は見られなかった。それどころか、騎士たちはノノーツェリアを囲んだまま、キックスには見向きも見せようとしていない事に気づく。
それに――それに、だ。
何故自分たちのお姫様を“囲う”必要があると言うのか。キックスの方が囲われるのであれば納得できるが、ノノーツェリアは彼らの主であり、保護されるならまだしも囲われる理由は何もない。
だと言うのに今の状況はキックスが見向きもされず、ノノーツェリアの方だけが騎士たちに囲まれていて――しかも囲まれている彼女の表情からは何処か緊張のような、余裕が感じられない気がした。
これではまるで追われているのはノノーツェリアの方みたいではないか。
キックスのその疑心は――次のノノーツェリアの言葉である種の確信を得ることになった。
「――あなた方は、何処の手のものですか?」
警戒心、と言うには生温い。敵意でもまだ。
――それは確かに殺気だった。
「姫様、我々は」
「近づかないで下さい」
「――」
「近衛、とでもいうつもりですか? その白銀の鎧を何処で手に入れたかは知りませんが、それを着ているだけで近衛騎士になれたと思っているのでしたら、それは実に滑稽な事ですね」
「何を仰られますか、姫様――」
「黙りなさい。上辺だけの建前など聞きたくもありません。私があなたたちを知らない時点であなたたちはアウトなんです。もう一度聞きますよ? あなた方は何処の手のものですか」
知らないも何も騎士たちは全員鎧を着込んでいるので顔の判別すらつかないのだが、その辺りのツッコミをするほどの余裕はキックスにはなかった。
と、言うよりもノノーツェリアが怖くて近寄れません! ――が、正直な気持ち、と言ったところだった。
「叔父様、叔母様――それとも兄様たちの内の誰かでしょうか。目的は私の誘拐? それとも――」
随分と候補が多い……王族と言うのは大変なんだな、とキックスはこの時は未だ他人事の様に思えていたのだが。
ノノーツェリアを囲っていた騎士たちの雰囲気が変わる、――と言う事は彼女の言葉はそれなりの的は得ていた、と言う事なのだろう。
つまり、騎士たちの狙いはキックスではなくノノーツェリアであると。
◇-◇
一瞬、キックスの中で悪魔(?)が囁いた。……何でかその悪魔(?)はご主人様の恰好をしていた。
『放っておこうぜー? 俺たちには全然関係のない事じゃんっ』
『それはできません』
今度は天使(?)が現れて、悪魔(?)の言葉を否定した。……やっぱり天使(?)は見覚えのあるくすんだ銀髪のメイドさんだった。
『それにバカですか、あなたは』
『何でだよ。むしろ被害者じゃね、俺ら? だったら放っておいても良いじゃねえか』
『駄目です。彼らが彼女をどうするかは分かりませんが、口封じとしてこちらを消しに来る事だけは確かですよ?』
『おい、お姫様を助けようぜッ! もうそれしか生き残る手はないって!!』
『そうですね。頑張って、自分のために、彼女を助けましょう』
あっという間に決着がつきました。
◇-◇
「実力行使、ですか。私としても短絡浅慮の方が手間が掛からず助かります。それにそれでこそ――私が此処にいる意味があると言うモノです」
脳内討議の結果、駆け寄りかけたキックスはけれどその場で足を止めた。と言うか竦んで動けなくなった。
その原因が重武装をした騎士たちではなく、壮絶な笑顔を浮かべているノノーツェリアである事が実に情けない。
だがそれも仕方ない事ではないだろうか。ノノーツェリアを取り巻く魔力が、それはもう凄いことになっていた。
分かりやすく言えば破裂寸前の風船がそこにはあって、もしその風船が破裂擦ればこの町程度なら後も残らず吹き飛んでしまう代物である、と言うことだ。それが、ノノーツェリアの周囲で渦巻いていた。
当然、気づいていないらしく、ノノーツェリアを囲う騎士たちの雰囲気には若干の緊張は見てとれども、恐怖は感じられない。
「一応あなたたちのような社会の底辺でいるだけで邪魔な方々に私の事情も加味して忠告しますけど、まだ仲間がいるのでしたら呼んだ方が賢明ですよ?」
ノノーツェリアの言葉に、内心で激しく同意する。
たったこれだけの人数じゃ全然足りない――少なくとも、魔法に心得のあるものがいなければこの騎士たちではまるで歯が立たない。
……と、言う事は分かっていたのだが、キックスはもう恐怖の余り目からしょっぱい汗が滲み出ているような気がしないでもなかった。
「威勢のいい姫様ですね。貴女がノノーツェリア様であるならばいざ知らず、この人数相手にどうにかなるとでも?」
ノノーツェリアを囲う騎士たちの輪が僅かに小さくなる。
全員がほぼ同時に剣を抜き、その内二人の騎士が左右から同時にノノーツェリアへと襲いかかり、
――あれ?
「なりますよ? 捕えよ――アーク・バインド」
地面から生えた土くれの触手が騎士たちを拘束する。向かってきていた二人の騎士のみならず、周りを囲っていた騎士全員を完膚なきまで、完全にとらえていた。
ついでにもう二つほど、遠くで悲鳴のような、カエルの潰れたような音が僅かに耳に届いた。
「私も魔法はそれなりに使えますから。あなたたち程度ではほら、ご覧の通り」
笑顔が怖いです、ノノーツェリアさん。そして今のは“それなり”なんて可愛らしいレベルじゃありません。魔力量にモノを言わせた文字通り力の暴力でした。
内心で戦々恐々としていたものの、お利口さんのキックスは決して口には出さない。そんな事をすれば――と言うよりも唇も恐怖で震えてまともに声を出せそうになかった。
今の魔法に集めた魔力の一割も込めてはいないので、キックスはノノーツェリアの周囲にある破裂しそうな魔力の塊には未だに怖くて近寄れないでいた。正直結構な距離があるのだが、可能ならばもっと離れていたいと言うのがキックスの本音である。
「……さて、私にあなたたちを誰が差し向けたのが誰か、聞きたいところですが……話してくれますか?」
『――』
「ですよね。私も初めからそれは期待していませんでしたし、職務に忠実な事で立派でなによりです、この社会のゴミども」
次の瞬間、先程とは比べ物にならない量の土くれの触手が地面から生えて――捕えていた騎士たちを地面へと引きずり込んだ。
後に残ったのは何処かで見た事あるような地面から生える生首と言うシュールな光景。
「私が、今度という今度は徹底的に潰してあげますから――覚悟していてくださいね?」
生首を見下ろして口元だけでわら手見せるノノーツェリアの姿は、やはりキックスには怖くて、怖くて怖くて怖くて近寄りがたいものではあったが、それ以上に――
「……ノノ」
「? ああ、はい、キックス、なんですか? と言うよりも事情は後で説明しますから、もう少しだけ私に付き合って下さいね?」
「いや、それは……」
「あっ、とはいっても私はキックスの仮の主ですから、嫌だと言っても付き合ってもらいますけど♪」
「――うん、そうだね」
――綺麗だ、と思わせる何かがそこにあった。
今こうして、キックスと楽しそうに話をしているノノーツェリアの可愛らしい笑顔とはまた別の、惹かれる様な何かが確かにあった。
【アルとレムの二言講座(ツッコミ役:レアリア)】
「よしよし、アルはいつ見ても可愛いなー」
「……」
「ふふ~、その無防備な顔も素敵だぞー」
「……」
「――ねえ、レム? 一応言っておくけど、寝てるその子に変な事するんじゃないわよ?」
「分かってるって、そんな事」
「……(すぅ、すぅ)」
【お終い】
今回はちょっと、不満な出来だったり。
事件がなければ物語は始まらない、とは言ったモノ。日常じゃないモノ、っていったらは何かしらの大きな変化が必要と言うことなんですよねぇ~。