Early X. キックス-9
がんばれ、男の子っ
隣で実に楽しそうに並走しているノノーツェリアの横顔を見て、思う。
ああ、何でこんなことになってるんだろう?
「ねえ、キックス。私たち、これからどうしましょうか♪」
「何でそんな楽しげなのさ!?」
「だって楽しいじゃありませんか。キックスは楽しくないのですか?」
「全然っ、楽しくないよっ!? 捕まったら死ぬの確定とか、そんなので喜ぶのはご主人様だけだからっ!!!!」
「……私は楽しいのに」
「そんな拗ねた表情で言っても駄目! ちょっと可愛いからって良い気になって――僕にも限度ってものが、」
「え、可愛い?」
「――ゴメン、今のなし。と言うか、何で騎士のヒト達に追いかけまわされながらこんな会話してるのさ、僕ら」
「何だかどきどきわくわくして楽しいですよね♪」
「だからっ、僕は全然楽しくないよ!! ――っていうか、騎士のヒト達が追いかけてくる理由とか僕が勘違いされてるのは全面的にノノの所為だよね! ねぇ!?」
「違います。キックスの自業自得です」
「違わないよ!? それにさっきノノと一緒に逃げたことで、また一段とあの騎士さんたちに完全に勘違いされちゃう気がするし……!」
「今更悔いても遅いと思いますよ?」
「それは言わないでっ!!」
「現実逃避は現実を見れない愚かか可哀想なヒトがするものだと私は思っています」
「と言うよりもノノに言われたくないセリフだよ、それ!!」
「キックスってば凄く失礼ですね。それではまるで私が現実を見ていない可哀想なヒトみたいじゃないですか」
「いや、そういう訳じゃ――」
「ふふふー、何だか、悲鳴の一つでも上げたくなってきたかも……しれません。ここで『変態!』などと叫んで足をすっと横に出したりしたら…………どうなるんでしょうね♪」
悲鳴を上げる、結果、追ってきている騎士たちの誤解と色々な溝が深まります。
足を横に出す、結果、キックスが転びます。
結論――死亡ふらぐ?
「止めて!? お願いだからそんな事は絶対しないでよ!?」
「ふふっ、……ちょっとした冗談、じゃないですか、キックス。…………それとも私が本気、でそんな事をするとでも?」
「うん」
「――」
無言で足を掛けられた。
それはもう絶妙のタイミングとさりげなさで。神さまの悪戯とか、ちょっとした偶然とか、少しでもタイミングがずれてたら危なかっただろう。
そしてもし躓いてなんてたりしたら――キックスは顔を青くしながら、ちらりと隣のノノーツェリアの様子を窺った。つーん、とワザとらしく視線を彼方へと逸らしている姿は何と言うか……こういうときと場合でなければ良いのになぁ、とつくづくそう思う。
それはもう、盛大なため息しか出なかった。
「ノノ、お願いだからこういう事は冗談でも止めてよ!?」
「……」
「――ねえ、ノノってば!! お願いだから、ね!?」
「……」
「……ノノ?」
返事がない事と、ほんの少しだけ隣に響く足音のリズムが遅れた気がして、少しだけ心配になったキックスが横目で確認するとノノーツェリアの様子がおかしかった。具体的に言えば息を切らしていた。
今までキックスは全速力で逃げてきていた。そしてノノーツェリアはそれに並走していた。女性で、キックスよりも(多分)歩幅が小さい彼女が、である。むしろ今までよく並走する事が出来たともいえる。
背後からは相変わらず騎士たちが必死の形相(とはいっても兜で顔が見えないが)で追いかけてきている。
どうせ捕まったとしてもあの騎士たちがノノーツェリアの事を悪く扱う可能性は小さい、と言うよりもあり得ないだろう。
迷っているのかどうかわからない、決断は一瞬。そうと決まれば――キックスの決断は早かった。
朗らかな笑顔で少し後ろで走るノノーツェリアを見た。彼女の方は必死に両足を動かすだけでキックスを見返すくらいしか余裕がないようだったが、それは仕方がない。
キックスの目から見てもノノーツェリアは明らかに体力切れだった。間違いなく、これ以上この速度についてくる事は厳しいだろう。
「うん、ノノ、ちょっとの間だったけど楽しかったよ。また会う事があったなら……うん、出来れば絞首台とかその類以外の場所で会いたいかな?」
もう、ぜいぜいと息を切らしている彼女からの返答はない。それでも――耳に届いてくらいは要るだろうとキックスは言葉を続けた。
「まあ、そういう訳だから――ノノ、僕は先に行かせてもらうねっ!!」
「ぁ、キックス――」
縋るような声が後ろから届きはしたが、それにかまう余裕はキックスにはなかった。何せ自分の命がかかっているのだ、それに対する彼女は何一つとして危なげなものを掛けてはいない。
……あれ、これって凄く不公平な事じゃない? と思わないでもなかったが、残念ながらその思考は長くは続かなかった、と言うよりも驚きと言うか驚愕と言うか絶望と言うか、兎に角思考を止められた。
「……うぇ?」
急に、先に進めなくなったのだ。いや、厳密に言えば先には進めるのだが、不思議とある速度以上が出せない。そしてそれはキックスの全速力には絶対に及んでいない。
しかも何の嫌がらせか、走る速度は次第に低下していき……終いにはその場から、一歩も進めなくなっていた。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
後ろでは完全に息を切らしたノノーツェリアが膝に手をついて荒い息を整えているが――キックスとしてはそれどころではない。
何せ今は絶賛、追われ中。捕まったら即死刑確定と言う実に楽しくない追いかけっこの最中なのだから。この足止めは文字通り致命的になりえた。
「ちょっとちょっとちょっと、何で動かないの!? 何で僕の身体動かないのぉ!?」
愉快でもなんでもない事に両手両足をバタバタと動かしてみても、まるでそこに壁があるかのように先に進む事が出来なかった。「お嬢様ー」とか背後から駆け寄ってくる声と足音が刻一刻と近づいてくるのでもう必死の形相である。
「動いて!? お願いだから、僕の身体さん、動いて下さい!!」
「はぁ、はっ、……――キックス?」
少しだけ落ち着いたらしく、息の整ったノノーツェリアの声が背後から聞こえ
「え? っと、良し動――……って、またこれ以上進めないしぃぃ」
急に半歩ほど動けたと思った瞬間、またそれ以上は先に進めない。かと思えば半歩、半歩と進む事は出来る。
「ちょっと、キックス。待ってください」
「ノノ!? だから僕は急いでるから、これ以上ノノに付き合う事は出来な」
後ろを振り返って――あることに気がつきキックスは戦慄せざるを得なかった。
一歩、ノノーツェリアがキックスに近づく。不思議なことにそうするとキックスの身体は半歩だけ前に進む事が出来た。更にノノーツェリアが一歩踏み出すことでキックスも半歩だけ、前に進む事が出来る――その繰り返し。
へとへとのノノーツェリアの一歩とキックスの一歩は大体同じくらいの歩幅だった。結果――二人の距離は変わらない。
「――ちょっと待って。これってもしかして……」
ノノーツェリアもキックス同様、その仕組みに気づいたのか立ち止まる。そうするとキックスはそれ以上先に進めない。
ノノーツェリアが一歩、後ろへと下がる。キックスの身体は理不尽な事に、その歩幅だけ引きずられるように後ろへと下がった。
もう確定である――と言うか、『これは何ですかご主人様ー!!??』と内心キックスは叫んでいた。
「これは何ですかッ、ご主人様!!??」
「――成程。仮の主とは、つまりそういう事ですか」
いや、実際に叫んでいた。
納得顔のノノーツェリアと泣きそうな顔で絶叫するキックスの二人は、実に対照なものだった。
一定以上、キックスはノノーツェリアから離れる事が出来ない。それが命令権も持たない、“仮”の主としてのノノーツェリアのキックスに対する優位性。もっとも探せば他にも何かあるのかもしれないが――。
少なくとも今、この場でそれを模索している時間がない事だけは確かだった。何せ追われている身なのだ、こんな場所に何時までも立ち止まっている事など出来るはずもない。
余りの理不尽さにキックスは追手の事を忘れており、ノノーツェリアはノノーツェリアでこれはこれで楽しそうだ、などと内心浮足立っていたりした。
◇◆◇
――ちなみに、今までどのくらい二人が立ち止まってこの場で時間を無駄にしていたかと言えば。
「姫様っ、ようやく、追いつきましたぞ!!」
声を上げた先頭の男のヒト、それと後ろに無言で立っている白銀の鎧を着込んで兜までしっかりと着込んだ騎士さんたちが、六人ほど。
……人数が増えていた。
まあ、追いつかれて囲まれるくらいの時間は経っていた、と言う事で。
無言の威圧に囲まれながら――キックスは潔く、“この場”は諦めることにした。逃げるチャンスがあればいいなぁ……と、絶望的な楽観を抱きながら。
【アルとレムの二言講座(ツッコミ役:レアリア)】
「アル、デートをしよう!」
「……」
「そうか、してくれるかっ! じゃあアルはどこに行きたい? そうだな、俺は別にどこでも……アルが喜んでくれるならどんなところでも連れて行ってやるぞ?」
「……」
「ふふっ、全部を俺にお任せなんて、アルも中々男泣かせな性格してるなっ。――それに応えねば男じゃあるまいっ」
「……」
「よしっ、ならアル、俺の全力をしかと――」
「――っていうかレム、一人だけ盛り上がってて、虚しくならない?」
「……うん、すっげぇ虚しい」
「……(ふるふる、ふるふる)」
【お終い】
ちなみに前回が総話で650だったんですね。もう何と言うか、多すぎてビックリです。そして未だに終わりが見えない話の流れに……どうすればいいんでしょうね、コレ。
と、言うか自分が話の構成力(?)がないのが悪いのかっ!?