Early X. キックス-8
クゥガの実……メイドさんの好物?
珍妙な男女二人の組の姿が消え去って、後に残ったのはごくごく平凡な、どこにでもいそうな男女が二人。
周囲の騒音がまるで思い出したかのように耳に届いてきた。
困惑顔で、互いが互いを見つめ合う。
「えーと、どういう事、かなぁ?」
「……キックス」
「うん?」
「――跪いてください♪」
楽しげに、ノノーツェリアが“命令”を下す。
余りに自然な物言いに、ついでに愛らしさに、キックスは思わずその言葉に従い――かけたところで我に返った。
「嫌だよ。と言うよりもなんで跪け?」
「……全然、命令が効いてないじゃないですか」
ちょっと拗ねが仕草が可愛いとか、そう思ったら負けだと強く思った。
少しだけ見惚れていたという事実はなかったことにして、キックスは改めて気を取り直した。
「と言うよりも……ノノさ、もし僕が命令通り跪いてたら僕に何させるつもりだったの!?」
「……ぽっ」
「怖いよ!? お願いだから何か答えてっ!!」
「それよりもキックス、命令も聞いてくれないのなら、仮の主とはどういう意味なんでしょうね?」
追求するような視線で見つめてみるが、にこにこ笑顔のままノノーツェリアの表情は変わらない、
むしろ『こっちの質問に答えろや、コラ』的なプレッシャーがかかってくる気もするのだが、それは流石にキックスの思いすぎか。
取り敢えず、先程の問いの答えがノノーツェリアから返ってくる事は諦めた方がよさそうだった。
仕方なしに先程の彼女の問いに答えることにする。
「さあ、どういう意味なんだろうね?」
「それにあの男、一体何を考えて私を仮の主にしたんでしょうか?」
「さあ、本当に何考えて生きてるんだろうね、あのご主人様?」
答えがぞんざいな気もするが仕方ない。何せ本当に分からないのだから。
けれどノノーツェリアはそう思っていないらしく、先程から咎めるような視線が向けられてきている。正直心地が悪かった。
「キックス、私、真面目に聞いてるんですよ?」
「僕も、一応真面目に答えてるつもりだけど……」
「全然、そう聞こえませんでした」
「そう言われても……第一、あのご主人様の考える事なんて僕に分かるはずが――」
少なくとも自分から喜々として碌じゃない目に遭いに行くご主人様の気持ちを理解できない事だけは確かである。
「うん、分からないし、分かりたくもない気がする」
むしろ何か分かったら、そんな自分が駄目な気がした。
「彼、私には何も考えてないように見えましたけど?」
ノノーツェリアもあの時見た男の様子を思い出してか、そんな事を言う。
だが、そこがあのご主人様の侮れるところであり、簡単に侮れないところでもあるのだ。それをキックスは一応とは言え知っていた。
「そうかもしれないし……もしかしたらそうじゃないかもしれない」
声に苦渋が乗ってしまったのか、興味深そうにノノーツェリアが見つめてくる。
「それは、どういう意味ですか?」
「一見何も考えてなさそうで、何か変なことでも考えているかもしれないけど結局結果オーライ、見たいな感じがご主人様の怖い所なんだよ。ちなみにコレ、経験談だから」
「……例えばどのような?」
「うん、何か前に狩りに出かけるぞーとか言って連れ出された事があるんだけどね、魔物の大軍に追いかけられて死にかけた事があったなぁ」
あの時は二度とご主人様の狩りには付き合わないようにしようと誓ったものだ――と、今となっては良い話……のわけがない。
少なくともキックスのトラウマの一つではあった。
「そ、それでどうなったんですか?」
「いや、どうなったも何も、僕はこうしてちゃんと五体満足で生きてるから、無事だったんだけど。何か、街の方まで魔物の大軍を連れて行っちゃって大変なことになってたなぁ」
「それは……大変なことと言うレベルではないような、と言うよりも大量の魔物? 確か東のイクトェル国でそんな事件が――」
なんて街の名前だったか……それなりに酷い目に、と言うより国一つくらいが大変な目に遭っていたような気がするんだけど――と、それ以上は精神衛生上、考えるのを止めた。
それと思い出した事が一つ。
「……あ、あと目的の狩りは結局果物数個とって帰っただけだったかな? 確か、クゥガの実、とかって名前だった気がするよ。うん、あれは美味しかったなぁ~」
「クゥガ!? 珍味中の珍味じゃありませんか!?」
「え、何それ……す、凄いの?」
逆にこちらが驚くような驚きようだった。
「凄いも何も……実一つで金貨一枚ほどする超高級品ですよ!?」
「へー、そうなんだ」
アレがそんなにすごいものだったとは……。
「なのに、それを一体どこで取ったと……」
「何か追いかけられてた大きな魔物の背中に数個だけ乗っていて、それを拝借した、ようなことを御主人様が言ってたと思うけど……」
なのでキックスにとっては、魔物の背中にあった果物と言う印象が強い。それはそれで凄い珍物ではあると思うのだが。
そんなに高級な食べ物だったのならもっと味わって食べればよかったなぁ、と。キックスは自分の住んでいた館の端で細々とクゥガの実が――主にメイドさんの好物と言う理由で――栽培されている事実を知らない。
「……偶然と言えば凄い偶然なんですね。もっとも、魔物の大軍に追いかけられて無事だった、と言うこと自体が奇跡のようなものだと思いますけど」
「うん、僕もそう思う。あそこで急に転んだご主人様が『俺に構わず……先に行けぇー!!!!』とか言ってくれなきゃ、正直危なかったよ」
当然、脇目も振らずに逃げました。
最後の光景に魔物の群れに飲み込まれるご主人様を見たような気がしたのだが――その後で無事に再会できたので多分気のせいだったのだろう、とキックスは思っている。
「……でも、その主も無事だったんですよね?」
「そうだね。残念ながらどうやって逃げたのかは僕は見てないから分からないけど」
何せ魔物の群れの中に――……いや、アレは気のせいだったと思い直す。
「……――一体どうやって逃げ遂せたんでしょうか」
「さあ。僕も知りたいけど、本人は『一生懸命走って逃げた、逃げるのは得意なんだ』とか言ってたよ?」
「逃げるのは……成程、確かにチキンっぽい感じではありましたね、あの男」
「だよねー?」
「はい」
中でも無傷なのに関わらず服が泥だらけになっていたのは印象が強かった。本当にどんな逃げ方をしたのやら。
――そこまで考えて、逃げた、と言うことに今の状況を思い出した。
「あー、でも御主人様、また逃げちゃったてことは、僕また探さなくっちゃいけないのかなぁ」
「――では私も、」
「あ、ノノは良いよ、うん、もういい、ホント、助かったから、ね?」
何か言いかけていたので、今度こそ早々に遠慮させてもらった。
「……」
――ついでに何か言いたげな表情でノノーツェリアがこちらを見つめてきていたので、慌ててフォローも入れておく。
「ほら、それにノノって、やっぱり色々と忙しいんでしょ? 奴隷の僕なんかに構ってないで、色々といっぱい、大変な事をしなきゃ。ね?」
ちなみに大変な色々が何かとか、キックスには全く想像がついてはいない。けれど兎に角ノノーツェリアは色々と大変なんだから、何かノノーツェリアと一緒にいると酷い目に遭いそうな気がひしひしとしている、などと言う自分の保身のためではない。
「それはつまり、キックスはもう私についてきてほしくないと言う事なのですか?」
「え、いや、別にそんなつもりじゃ、ない……んだけどぉ」
ノノーツェリアの浮かべていた表情に思わず否定の言葉を出して……でもそれを完全に肯定できない自分がいた。そして彼女の獲物を見つけた狩人のような目を見つけてしまい、自分の失態を悟る。
「ないんですけど――何でしょうか? 後ね、キックス、私、言い訳なんてする男はいっそのこと滅んだ方がいいのではないかと考えてくらいには、思ってたりするんですよ♪」
「……へ、へー、そうなんだ」
冷や汗が止まりません。
「はい、そうなんですよ。――それで、キックス? どこまで話をしていたのでしたでしょうか?」
「僕にはノノが必要だって話だったよねっ!」
言い切った。
男らしく言いきった、のだが深い意味はない。強いて言うならば強迫観念に駆られて口からこぼれおちた願望、とでも言っておくか。
「……」
見ると、何故かノノーツェリアがニコニコ笑顔を止めて、少しばかり真剣な表情をしていた。
――嫌な予感がする。
「えっと、……ノノ?」
「……まあ、キックス。今の言葉は大変嬉しかったんですけど――少しばかりタイミングが悪かったみたいですね」
「……、え?」
ノノーツェリアの視線を追って、店の出口の方に視線を向けると――そこには見覚えのあるような騎士たちが数名いらっしゃった。
「いらっしゃったぞ!!」
「ああ! それに今の発言……同じ男としては褒め称えてやりたいところだが、」
「これも仕事だ、仕事! ……流石にあのような威勢のいい男を亡くすのは多少心が痛むが、仕方ない」
あるような、という曖昧な言い方ではなく、間違いなく会った事のある御仁たちだった。と、言うか――
「っていうか何!? 亡くすって何!? それはもしかしなくても僕の事でしょうか!!??」
「聞かれてしまいましたね、キックス。ではどうしましょうか♪」
心底楽しそうなノノーツェリアの表情が、生き生きとして可愛いと思ってしまえるから困る。
「ど、どうするも何も逃げるしか……――ゴメン、ノノ! 僕、逃げるからっ!!」
とはいっても正面は既に塞がれているので、逃げるならば裏口しかない。
「あ、ちょっと、私も一緒に――」
キックスが思いっきり駆けだすと、ノノーツェリアがついてきた。少しだけ、背後の騎士たちが色目気だった気がするが、キックスは気にしたら負けだと思うことにした。
お店の主は気のいい人だったのか、それとも小心者だったのか、キックス達の行動をとくに邪魔するでもなく、道を譲ってくれた。隣で並走していたノノーツェリアが店の主人に何かを握らせていたような気もするが……見てない、見てない。
【アルとレムの二言講座(ツッコミ役:レアリア)】
「一家の大黒柱として、俺はまじめに働こうと思う!」
「……」
「しいてはアルを養うためっ! アル、良い子にして待ってるんだぞ、美味しいものをたんと食わせてやるからなー? それと知らないヒトについて行ったりしちゃ駄目だぞ、アルは可愛いんだからなー?」
「……」
「じゃあ、俺は行ってく――」
「待ちなさい、レム。せめて私の財布は置いてけ」
「……ちぇー。アル、ゴメンな、美味しいものはまた今度になりそうだよ」
「と言うよりあんた、働くんじゃないの? 養うっていうのなら自分のお金で養いなさいよ」
「……(こくん)」
【お終い】
漫才とかじゃない……漫才とかじゃないんだっ!
レム君は至って真面目……まじめ、なのか?