Early X. キックス-7
交渉中……。
それは実に奇妙な四人組だった。
一人目――旅人風味な、普通っぽい男の子、それなりに愛らしい容姿。キックスである。
二人目――金髪蒼眼の普通の女の子っぽい子、ただそれなりに美人。こちらはノノーツェリア。
三人目――メイド服を着た絶世の美女、ただし無表情。言わずもがな……と言うより本名不詳のメイドさん。
……まではまだ、メイド服の女がやや場違いではあるものの百歩譲って良しとしてもいいのだが、最後の一人がもう、完全にアウトだった。
四人目――全身をぐるぐるに縛られて両手両足は鎖で椅子に固定、しかも重りらしきものまで四肢にはめられていて、首にかけられた鉄の首輪から伸びる鎖はメイド服の女の手の中に握られている、まるで重犯罪者のような扱いを受けている、やる気のなさそうな男。
こんな集団が街中の、普通のお店で席を共にして食事を取っている――拘束されている男はメイド服の女に手ずから食べさせてもらっている――のだから奇妙としか言いようがない。
ただそのヒト目を引くはずの四人には好奇の視線はおろか、その場の誰一人の視線さえも向けられてはいなかった。
◇◆◇
キックス、メイド服の女、拘束されている男の三人は居たって平然として――いや、話が進んでいくに伴いキックスの顔色が愉快なことになっていったのだが、それはさておき。
ノノーツェリアも周りの視線が一つも集まらない事に僅かに眉を顰めながらも、追求しようと言う気はないようだった。
運ばれてきた料理――湯気が立って熱々のモノ、を全部一気に無理やり口に詰められて、先程まで喘いでいた男がようやく(無事に)口の中のものを咀嚼し終えたらしく「さて」と低い声で前置きを置いた。
ちなみにメイド服の女が汚れていた男の口元を丁寧に拭いているので全くと言っていいほど締まっていなかったと言っておこう。
「……つまり、姫さんの要求はこう言うコトだな。キックスを買いたい、と」
「え、は? ご主人様、何でそんな話に……?」
不思議そうに、男とノノーツェリアを交互に見るキックス。とはいっても当然ではある。男が『つまり――』などと言ってはいるが、この店に入って料理の注文以外で四人のうちの誰かが口を開いたのはこれが初めてだった。
「――金貨二十枚でどうですか?」
「っていうよりもノノも!?」
一人慌てるキックスを完全にスルーして、二人の商談は先に進む。
最後の一人、メイドさんは男の汚れをふき取った布を魔法で出した熱湯で洗い、その熱湯の後処理をどうしようか、男の頭上で沸騰中のお湯を漂わせていたりするのだがそれはそれ。
「へぇ、随分と大盤振る舞いだな。相場で言えばこの程度の奴隷一人なんて、金貨一枚もしないぞ?」
「こ、この程度ってご主人様ぁ……」
「それはきっと、見る目がないだけです」
傍で落ち込む様子のキックスに頬笑みを向けて、ノノーツェリアは迷うことなくそう言いきった。
男の口元が愉快そうに――頭上の熱湯を気にしてか少し引き攣ってはいたが、つりあがる。
「つまり自分は見る目があると?」
「ええ、そう言っています」
「言うなぁ。……――ま、あながち間違ってもいないと言っておこう。何と言っても俺の奴隷だしな」
「……それで、返答は?」
「ま、断る」
あっさり、こちらも悩む様子や迷うことなく言いきった。
その言葉にいきり立ったのはノノーツェリアである。テーブルを強く叩いて、立ち上がる。
「何故ですか!? 相場の二十倍以上出すと言っているのですよ!!」
「まず一つ、いきなり魔法で地中に埋めやがって。俺のお前に対する第一印象は最悪だ」
つい先ほどの事を言われ、流石にあれはやり過ぎていたと本人も自覚していたのか、ノノーツェリアの勢いが殺がれる。
少しばつが悪そうに、それと自分を落ち着かせるように静かに椅子に座りなおした。
「それは……その、あなたが逃げようとするのがいけないのではないですか」
「……ま、それも確かにその通りではあるし。良いだろう」
「なら――」
言いかけたノノーツェリアの言葉をワザと遮るように。
「二つ目」
当然、その図ったようなタイミングの悪さにノノーツェリアは眉を顰めていた。
「……何ですか」
「そのヒトを金で買おうとか、そういう精神が気にいらねぇ」
「……そもそも奴隷はお金で売り買いするものでしょう?」
「だとしても、だ。ヒトの一生を金で買おうとか、買えるとか思ってる根性自体が俺は気に食わない」
「それは――まるで奴隷制度そのものを批判しているみたいですね?」
「否定はしない」
奴隷制度の完全否定を――例え内心で思っていたとしても、此処まで言い切る輩は非常に珍しい。
またもや言い切った男に、その真意を探るようにノノーツェリアは男の事を睨みつけるが、それで何がどうなると言う事はなかった。
「ならば、私がこう約束すればあなたは満足ですか?」
「何を約束するって?」
「――彼が望むのであれば、私は彼に刻まれた“隷属の烙印”を破棄してもよいと考えています」
「え!?」
「……、ふんっ」
驚きの表情で――どういうつもりなのかとノノーツェリアの方を見るキックスと、それに決して視線を合わせようとしないノノーツェリア。
そんな二人を愉快そうに見やり、ニタニタとヒトの悪い笑みを浮かべる。もっとも――
「へぇ、だってよ? ……それとそろそろ、頭上の危ない塊を何とかしてくれ。冷や汗が止まらねぇ」
「それは御立派に御座いますね、ノノーツェリア様。それと御提案の件はお断りいたします。それとも寒いと仰るのでしたら、私が今すぐ、温めて差し上げますが?」
「止めろそれは絶対必要ないからなっ!?」
「はい、旦那様」
男のそのニヤニヤの笑みもメイド服の女とのやり取りですぐに必死の形相に変わってしまったわけだが。
「……ですから、私に彼を売って――」
「なら、」
再び、そのノノーツェリアの言葉を遮るように、男が言葉を口にする。
流石に二度目ともなると、それに僅かに浮かべた男の意地の悪そうな笑みに、ノノーツェリアもわざと言葉を遮られているのだと気がついた。
「そういう事なら益々売るわけにはいかないな」
持ってつけたような男の言葉に、それに先程から所々で癪に触る男の仕草や言い様に、ノノーツェリアの中で何かがぷつりと――……切れた。
「だからっ、その理由は何ですかっ? あなたは大金が手に入る、私はキックスが手に入る。どちらも良い事だけじゃないですか」
「良い事、ねぇ。大体、どうしてあんなどこにでもいそうな、ちょっと顔の可愛いだけの野郎なんて欲しがるんだ?」
「それは……あなたには関係のない事ですっ」
「よしっ、ストレス発散のお相手なら俺が勤めようっ!!」
「違いますっ!! ……と、言うよりも私をノノーツェリア・アルカッタと知ってのその発言……――死にたいんですか?」
唸るような声でそう言ったノノーツェリアは、色々と溜まった鬱憤も相まってかもう目がイッていた。
彼女の様子を一目見れば少しは遠慮と言う言葉を思い浮かべるはずだが、事実キックスは彼女のその様子に顔を青くして震えていたりするのだが。
「ふっ、俺を殺すとキックスも死ぬぞ!」
残念なことにその空気を読むような気が意は男にはなかったらしい。が、悪運なことにその言葉はノノーツェリアに若干の理性を取り戻させていた。
「お、脅しとは卑怯な……あなた、それでも男ですかっ!!」
「ふんっ、俺にとってはこの程度、造作もないわ」
「旦那様、流石です」
「ご主人様、情けないです」
「……どうやら、キックスの言うとおり、心の底からへたれな男のようですね、あなたは」
「それでこそキングオブ・へたれ。ヘタレの中のヘタレ、旦那様の中の旦那様」
「「「情けない」」」
その場の意見が一致した瞬間だった。
「誰だっ、俺の事をヘタレとかほざいた奴はっ!? 俺はへたれとかマイナスな意味合いじゃなくて、ちょっと優しいナイスガイなだけだっ!!」
「……あなた、鑑って知ってます? 自分を映す道具なんですけど――」
「それくらい知ってる」
「そうですか。では一度、自分の顔を見てみる事を進めます。それとも私が今、見せてあげましょうか?」
「いや、結構だ。どうせ映ってるのはきゃーきゃー騒がれる美男子だけだしなっ!」
「……成程。頭が弱いだけでしたか。だから奴隷のはずのキックスもあんな風に育っているのですね」
何か晴れ晴れと、納得したような表情をしていた。
「――兎に角、姫さんにキックスを売る気はないからな」
「……ご主人様ぁ」
そう言いきる男に少しだけ見直した様な、感動した視線を向けたキックスだったが、それはすぐさま撤回された。そしてそんな視線を向けた事を悔やんだ。
「こんな面白い事――いや、こんな愉快な事を放っておくとかあり得ないだろ?」
「その通りに御座いますね、旦那様」
「……ヘタレなだけじゃなく、なんて意地の悪い!」
険悪な――それこそ今にも魔法をぶっ放してきそうな雰囲気がノノーツェリアを取り巻くが、それは幸いなことに次のメイド服の女の言葉で完全に消え去った。
「旦那様、お戯れになるのもそのくらいにしてはいかがですか」
「まぁ、それもそうだな」
「――戯れ、ですって?」
「ノノ、落ち着いて! 少し落ち着こうよ、ね!?」
違う意味で一発触発っぽくなりはしたが。
「ま、そういう訳で姫さんにキックスを売るってのはなしだけど。でも貸し出すんなら良いぞ?」
「貸し出す……奴隷を?」
「そ。ちょっとまってろ。……認証――『権利』、部分仮譲渡。対象はキックス、仮の主はノノーツェリア・アルカッタ」
――認証、確認、……承認、『権利』部分仮譲渡、完了です
突如となく、どこからか響いた、機械的な声。
僅かにキックスの“隷属の刻印”が――服の下の“印”と“両眼”がぼんやりと光り、すぐに消え去った。
「……今、あなた何を――」
「と、言う訳で取り敢えず仮ではあるけどキックスのご主人様にしておいたから」
「「え、え?」」
キックスとノノーツェリアは互いに目を白黒させて、何が起きたかは判りはしたが、何か起きたかを納得できないでいる中。
二人を後目に男は隣のメイド服の女へと視線を送り、
「――じゃ、そろそろ行くか」
「はい、旦那様。ではキックス様、ノノーツェリア様、私どもはこれで失礼させていただきます。それと食事の代金の方はこちらに」
「「え?」」
何を言われているのか、二人が理解するより先に。
「それじゃあキックス――検討を祈る!」
忽然と。
男とメイド服の女の姿が消えた。それは何ら前触れもなく、一瞬の出来事だった。
後には椅子と男を縛っていた拘束具、綺麗にされた布、食べ終えた料理の皿。それに――
ばしゃっ、と宙に浮いていた熱湯が床で弾け、その飛沫が頬にあたって、キックスとノノーツェリアの二人はようやく我に返った。
【アルとレムの二言講座(ツッコミ役:レアリア)】
「なあ、アルゥ? 偶には俺の事も構ってくれよぉ~」
「……」
「ほらっ、甘いものとか美味しいものとか、あるが喜びそうなものもいっぱい用意したしっ!」
「……」
「さあ、アル! 俺のこの胸に飛び込んでおいでっ!!」
「――モノでつってる時点で最低よね、あんたって」
「うぐっ!?」
「……?」
【お終い】
とーます・えじそん。
単なる思い付きです。