Early X. キックス-4
何だかんだで。
何でいつの間にか女の子の方が立場が強いようなことになっているのか、不思議でたまりません。
「ふぅん……こう言うのが普通のヒトの服装なんですね」
「まあ、多分」
とは言ってもキックス自身、育った環境が『ほぼ全員女の子&メイド服の集団』だったりするので本人も確固たる自信がないのは愛嬌な訳だが。
そんな内心はともあれ、ノノーツェリアの恰好は少なくとも怪しげなローブ一枚の風貌に比べれば、格段と普通の女の子に見えるようになっていた。
言ってしまえば普通に服屋で、一番安い服を買ってそれを着ただけなのだが。
「でも、これだと顔を隠していませんし、すぐに私だってばれちゃいまいませんか?」
「それは大丈夫じゃないかな?」
「そう、でしょうか?」
「あのお店の人だって、ノノの事お姫様だって気付かなかったみたいだし、大丈夫だよ」
「ですが……」
「大丈夫だって。それにしても、ノノって結構自意識過剰だよね?」
「……――言いますねぇ」
「ぁ、いや! 僕は別に、悪い意味で言ったんじゃなくて、」
「思ったことを口にしただけ、ですか?」
「そう、そうなんだよっ! ただ単に感じた事をそのまま口にしちゃっただけで、別にノノの事を悪く言おうと思ったり、そいう事は決して――」
勢い良くそこまで言って、にこにこと朗らかにヒトを殺せそうな笑みを浮かべるノノーツェリアの表情に、ようやく己の失言に気がついて口を噤んだ。もう遅いが。
「ねえ、キックス。私、思ったんですけど、あなたってもしかして痛いのが好きなんですか? それとも自分を痛めつけるのが好きとか?」
「ちがっ、違う違うっ!! そんな倒錯的な趣味を持ってるのはご主人様だけであって、僕は全然! 全然、誓ってそんな趣味なんて持ってないよっ!!」
「……」
「だ、だからさ、……痛いのは止めて欲しいなぁ、と思うん、だけど……?」
言いかけていた言葉を飲み込む。
ノノーツェリアの表情からふざけた様子が抜け落ちて、何処か神妙な表情で見つめてきていることに気がついた。
「……、――ご主人様?」
「あ、うん。ご主人様がどうかしたの?」
何か失言でもしてしまっただろうか、と内心でびくびくと震えているキックスに、ノノーツェリアがとった行動は明確なものだった。
「――、キックス、あなた……ちょっと上着を脱ぎなさい」
「ぇ、へ、えぇ!!??」
「ぐずぐずせずに、さあ早くっ!!」
「いや、ちょ、ま、ここ街な、皆見て、お願、本当に後生だから、ねぇ、ノノ!!??」
服に手をかけて、一気に脱がしにかかる。
当然と言えば当然なのだが、それはもう必死に抵抗した。何故に急に服を脱げとかわけがわからないし、そもそも衆人監視の街中で好奇の視線にさらされながら服を脱ぎ捨てる趣味や性癖は持ち合わせてはいない。
……彼のご主人様とは違って。
結果はと言えば、当然の結果に終わったわけだが。
「あぁ、もうっ、神妙にしてください、キックス!」
「無理! 無茶! 嫌だよっ!!」
「男らしくないですねっ!」
「此処で服を脱ぎ捨てるのは男らしいとは違う気がするんだ!!」
「つべこべ言わず脱ぎなさい、脱げ、嫌なら脱がせますっ!!」
ノノーツェリアの言葉に街中の視線が一気に集まるが、キックスはそれどころではない。何せ油断一つでもしようものなら一瞬で身をはぎ取られてしまいかねないほどに彼女の手際は鮮やかだった。
――と、言うよりも鮮やか過ぎるし何処か慣れみたいなものを感じるんだけど……? と、内心で思いかけて、ノノーツェリアの形相に慌ててその考えを打ち消した。
「ちょ、いきなりなんだよ、もぉぉ」
「本当に往生際が……こうなったら仕方ありませんね」
「え、仕方ないって、その魔力、冗だ――」
「捕えて――アース・バインド」
「うわ、」
瞬間、キックスの足元を地面から伸びてきた土が絡め取る。それは足だけに留まらず、足腰、身体、そして両腕と巻きついていってキックスの動きを完全に封じてしまう。
身動ぎしようにも、先程まではあれほど柔らかそうに動いていた土塊が、今ではがちがちに固まっていて、まるで身体を動かせる様子はない。
「っっ」
「よし、これでもう逃げられませ――」
完全に拘束されたキックスの姿に、ノノーツェリアは満足げににんまりとした笑顔を浮かべて、身動きできなくなったキックスの服に今度こそ手を伸ばした。
だがそこで、服に触れるより先、彼女は驚きの声をあげることになった。
「「――ぇ?」」
驚いたのはノノーツェリアだけでなく、キックスも同じ。
キックスが腰に下げていた何かの羽――の、様なものが光を発したかに見えた瞬間、キックスを拘束していた土が一瞬のうちに朽ち果てていた。
当然、これでもう彼を拘束するものは何もなくなったわけで。
ついでに言えば日頃のハプニングへの慣れからか、先に我に返ったのはキックスの方だった。
「っっ!!」
逃げ出した。もう脇目も振らず、一目散に。
それはキックスにとっては――先程のノノーツェリアの手つきとか、不気味に息を弾ませるノノーツェリアのちょっと高揚した魅力的な笑顔とか、その辺りに言いようのない身の危険を感じたための、言うなれば生存本能が訴えてきた逃げの一手だった。
「ちょ、キックス! 待ちなさい!!」
後ろで何か喚いているようだが振り返る余裕もなければ、余裕があったとしても怖くて振り返る事なんて出来やしなかった。
心の底から感謝を――護身用にと正体不明の羽のようなアクセサリーをくれた件のご主人様に何時もつき従っているメイドの彼女へと、日頃からのお世話の念も込めて、強く思った。
――ありがとうございます、本当にありがとうございますっ、九死に一生得ましたっ
「誰かっ、あの男! あいつを捕まえて、捕まえて下さいっ!!」
後ろから届く声はいつになく不穏なモノでしかなかったが、それでもキックスは脇目も振らずに、全力で逃げた。もしくは、全力以上で。
恐らくは、日頃からこれと似たような苦労をしているご主人様の事を思い、今度からはもう少しだけ優しく接した方が良いのかな、と思い直しながら。
すぐに、その念は怨みの念に変わることになる。
◇◆◇
「おやおや、早速面白そうな事になっているようですね。それもお相手はこの国のお姫様ですか」
「……ちくしょぅ、キックスの野郎め。ちょっと目を離した隙に上手くやりやがって」
「それで、旦那様。如何致しましょうか?」
「如何って、何が?」
「どうやら彼女、キックス様の発言から彼が奴隷ではないかと疑いを持ったようですが?」
「ま、『ご主人様』とか言ってりゃ、それはなぁ」
「確かに。そのような事を言うのは旦那様のような特殊な趣味をお持ちのご同類方か、もしくはそれ相応の身分の方々かと言うことに御座いますれば」
「だな。……つか、俺はそんな特殊な趣味は持ってないぞ?」
「御謙遜を」
「いや、謙遜とかじゃなくてだな、」
「それで、旦那様は如何なさるおつもりで?」
「んー、取り敢えずは……交渉?」
「旦那様、何か企んでおいでで?」
「いや、何も? 決して、俺を差し置いてお姫様とかと仲良くなったキックスの奴が羨ましいなぁとかそういう事は、一切思ってないから」
「仲良く、ですか。あれは微妙に……私には珍しい小動物相手に興味を持った、程度にしか見えないのですが?」
「興味もまた好意の一種に変わりはないだろう? あとはただ、どうやって次のステップに移るかってだけだ」
「キックス様は、それが可能であると?」
「さてなぁ。それもあいつ次第だろ。俺の知った事じゃないし」
「その割には何かなさろうとしているご様子ですが……?」
「楽しい事、面白そうな事には首突っ込まなきゃ損だろ?」
「他人事なら尚更、ですか」
「そういう事」
「旦那様もお人が悪い」
「そう言って傍観してるお前の方こそ、随分とヒトが悪いと思うんだけどな?」
「私は旦那様の意に従うだけですから」
「俺の所為にしようってか」
「事実ですので」
「……まぁ、ちょうどいい機会だし、あいつには思う存分働いてもらうことにしよう」
「お可哀そうなキックス様」
――それが、誰も気付かぬ街の片隅での会話。
【アルとレムの二言講座(ツッコミ役:レアリア)】
「さて、アル。今日は俺の素晴らしさについてとことん語ってやろう。具体的には洗脳一歩前、病み付きになるくらいに」
「……」
「ははっ、逃げ出さないなんて、そうかぁ、アルも俺の話を聞きたいんだよなっ?」
「……」
「それじゃあ早速――」
「レム、その子、もう寝てるわよ?」
「……(すぅ、すぅ)」
「分かってる。だからこれは――睡眠学習だ!」
「……ま、私の睡眠妨害しない程度に頑張れば? 無駄でしょうけど」
「……(こくん、こくん)」
【お終い】
やむ~。