Early-X. キックス-3
メイドさんは何処に……!?
「「……」」
互いに僅かに息を切らし、周囲を警戒してもう誰も後をつけて来ていない事を確認する。
「……ふぅ。もう追っ手は来ていないみたいですね」
「そうみたいだね」
安堵して、互いに手を繋いでいたことに気がついた。
あ、そっか。逃げるときに――
「……随分と、大胆なのですね。可愛い顔に似合わず」
「大胆って何が!? ついでに手を繋いできたのは君からで、顔に似合わずっていうのはこれでも気にしてるから止めてくれると嬉しいなっ!!」
「あら……それはごめんなさい」
「いや、うん、分かってくれたなら、良いんだけど……」
「他にも何か? 言いたい事があるのなら、自白しちゃう方を勧めるけど?」
「いや、自白とかじゃなくて、」
「ではなんでしょう?」
「うん――手、離してくれないかな?」
と、少女はつないだ片手を見て、僅かにほほを赤らめながら繋がれた手を更に強く握りしめた。
「お断りします」
「な、なんで? それとちょっと痛いから、出来れば力を緩めてくれると嬉しいなぁ……と、思うんだけど」
「それもお断りします」
「……理由、聞いても良いかな?」
「では単刀直入に聞きますけどあなた、前科持ち? もしくは指名手配犯じゃないの?」
「い、いや? そんなことはないけど?」
「ならどうしてドモるんですか?」
「……そういう君の、その収束していく魔力とこっちに向けてる手は何なのかな?」
「え、だってもし犯罪者なら捕まえなくっちゃいけないでしょう?」
「いや、そんな笑顔で言われても……」
「それで、あなたは犯罪者さん? それとも前科持ちの人生落後組み?」
「どっ、どっちでもないですからその手をこっちに向けるのは止めてぇ!?」
「……ぽっ」
「え、何!? 何でそこで恥ずかしそうにするの!? 意味分からないよ!!」
「ぁ♪ つい……」
「つい? ついって何がついなの!?」
「男の子は小さな事を気にしすぎると駄目ですよ?」
「駄目て――」
言いかけて、にこにこ笑う少女を見て――心無し、若干目が潤んで頬が上気している気がするのは気の所為だと言い聞かせて――言うだけ無駄だと悟ったキックスは言葉を飲み込んだ。
正解である。
「……っ、はぁぁ、もう良いよ。それよりも、君の方こそ追われてたみたいだし、姿恰好だって怪しいし……ご主人様ほどじゃないけど……犯罪者か何かじゃないの?」
「――」
その言葉に、少女はまるで初めて珍獣を見たようにきょとんとした表情をキックスに向けていた。呆けた少女の姿に、キックスは図星を得たとばかりに更に言葉を重ねることにした。
本能のどこかで眼前の少女に会話の主導権を取られてはいけないと警告がバンバンと鳴っていたり、いなかったりするのはここでは関係はない。
「君の言葉を借りるわけじゃないけど、僕の方こそ自首は早めにするのをお勧めするよ?」
「――」
「……ねえ、君、聞いてる?」
じっとキックスを見つめたまま、少女が小刻みに身体を震わせ始める。
呆けたままの少女の姿に流石に本当の事を言いすぎたかと、逆切れされる前に逃走を試みたが、未だに繋がれたままの手が逃がしてはくれそうになかった。
せめて痛くありませんように、と――脳裏についさっき、背後で何かされていた騎士たちの末路を思い浮かべて――それはやっぱり無理だよなぁ、と早々に諦めるしかなかった。
そんな内心での葛藤と覚悟をキックスが決めていると、少女は掴んでいたキックスの片手を離すと半歩、ゆっくりと後ろに下がった。それはまるでキックスの方からしてみれば執行猶予のようなものであったのだが、それはさておき。
遂に殺られる――と、覚悟を決めて腰にある“武器”へと手を伸ばし――
「――ぷ、あははははははははははははっ、はっ、あはっ、あははっ」
「……、へ?」
キックスの悲壮感たっぷりな葛藤と覚悟など蚊帳の外、とばかりに。少女は両手でお腹を抱えて笑いだしていた。
今後は逆に呆けるキックスの前で少女は心底おかしそうに、目には涙すら浮かべてそれでも笑い続ける。
「えっと、何がどうなって……」
「ふふふっ、まさか私が、そんな事を言わる日が来るとは思ってもみませんでした」
「そんな事? 僕、何か変なことでも言ったかな?」
「ええ、言いましたとも。私に向かって、自首は早めに、だなんて……」
「――でもね、本当に自首とか、早くしないと取り返し付かない事になるから気をつけた方がいいと僕は思うんだ」
そう言った時のキックスの脳裏に思い浮かんでいたのは当然、知る人ぞ知る永久首として全世界に指名手配されているらしい――しかも報酬が子供のお小遣いよりも安いという破格の条件の――彼のご主人様である。
「何か、気の所為か凄く実感がこもっていますね」
「……うん」
「やっぱり、あなたって犯罪――あら?」
「だから犯罪者は僕じゃなくて、君の方じゃないのかって……ど、どうかしたの?」
「心配されずとも、私は犯罪者でもなければ指名手配犯でもありませんよ。まあ、追われている事は否定しませんけど」
「じゃ、じゃあ」
「それに関しても私が悪いわけではありませんから。ただ、あの方たちが仕事熱心すぎるのがいけないんです」
「仕事熱心?」
「実は私、この国のお姫様なんです――って言ったら、あなたは信じますか?」
その一瞬、少女の目が細まりまるで品定めするかのようにキックスを睨みつけたが、キックスがそれに気づく事はなかった。
代わりに、キックスが思ったのはこんな事である。
「へー、君ってお姫様なんだ。凄いね」
「……あなた、信じてませんね?」
半眼で、疑うようにバカにするように、それでいてどことなく拗ねるように、少女は胡乱気な表情をキックスへと向ける。
「え、じゃあ君がお姫様って、やっぱり嘘なの?」
「嘘じゃありませんよ。私の名前はノノーツェリア・アルカッタ。正真正銘、この国の第二王女です」
「ふぅん。じゃあやっぱり君はお姫様なんだ、凄いね?」
「凄いて、……あなた、それだけですか? もっと他に何か言う事は?」
「言う事? ……ああ、君にだけ名乗らせるっていうのも駄目だよね。僕はキックス。姓は――君みたいに立派な生まれじゃないから持ち合わせてないよ」
「……仮にもこの国の姫が相手ですよ? それなりの敬意を払うなり、取り入ろうと言う気はあなたにはないんですか?」
「敬意?」
言われて、キックスは不思議そうに首を傾げて、
「「……」」
直後、ようやく思い当たったように眼を見開いた。
「――ぁ!? そそ、そうだった。今までの失礼なお言葉、御免なさいませお姫様!!」
「……」
「お、お姫様?」
「ぷっ、あははははっ、御免なさいませ、ごめんなさいませって何ですか、いったい」
「あ、あれ? 言葉を間違えた?」
「やっぱり面白いです。あなた――ううん、キックス、あなたはとても面白い人ですねっ!!」
「……日頃から敬語なんて、気持ち悪いとか言って使わせてくれないからなぁ、ご主人様。――って、面白い? この僕が?」
「ええ、とても面白いですっ♪」
「面白い……僕が、面白い……」
「? 何を落ち込んでいるのです?」
ちなみに――キックスが育った館の中では“面白い”とはすなわちご主人様の代名詞の一つであり、ご主人様と同格に見られてしまっているということに他ならない。だからして“面白い”とは決して褒め言葉などでもなく、落ち込むのはむしろ当然である。
と、言う事を当然、ノノーツェリアが知るはずもなく、ただ不思議そうに落ち込むキックスの様子を眺めるだけだった。
「それでお姫様は――」
「私の事はノノでいいですよ」
「え、でも……」
「お姫様、なんて言われると目立って仕方ありませんからね。同じ理由でノノーツェリア、なんて本名も言語道断です」
「あ、そっか」
「ノノと言うのは親しい方だけに許してる呼び名ですけど、キックスにはそう呼ぶ事を許しましょう。だから敬語は必要ありません」
「え? お姫様、それは流石に申し訳がありません!」
「……そうですか?」
「はい。それにさっきの呼び方の事ですけど、第一そんな目立つ格好をしていて、目立って仕方ないも何もないですよね?」
「キックス、敬語はなくて良いですよ。……それにしても、目立ちます? 装飾品は全部はずしましたし、服だってちゃんと、民の皆が来ているようなものを選んだつもりですし、私の偽装は完ぺきなはずなんですが……?」
「それ、本気で言ってます?」
「だから敬語は――えぇ。そうですね、むしろ敬語を使うと極刑にしましょうか。ふふっ、楽しそうですねぇ……」
身の危険を感じた。
「君、本気で言ってるならちょっとおかしいよ。そんな顔隠してローブで全身を覆って、如何にも怪しいですの雰囲気ぷんぷんさせておいて、偽装が完璧? 全然完璧じゃないって」
日頃の環境もあって、変わり身はは早い方であった。そうしなければ、生き残れない――!
と、まあ実に潔く態度を変えたキックスに対してノノーツェリアは再び呆れた視線をキックスへと向けた。睨みつけるその眼光にはほんの少しだけ――あるいは全てか、逆恨み成分がなかったとは言えないが。
「キックス」
「……ぼ、僕は悪くないぞっ。ちゃんとノノに言われた通りにしただけなんだからなっ!」
「いえ、今の実に明け透けな言葉には、私はほんの少ししか怒ってないですから。心配しなくても良いんですよ? ――あと怖がらなくても」
「ひ!?」
「それよりも……ねぇ、キックス。私のこの格好、そんなに変ですか?」
「……」
「――キックス?」
「う、うん! 変、変だよ、凄く変! だから滅茶苦茶、目立ってる!!」
「……そう何度も変、変と言われると、流石に私も落ち込みます」
「あ、ごめ……」
「……本当の事を言ってくれない嘘吐きの社会のごみゲス塵芥よりは私、好きになれそうですけど。ふふふっ」
「……」
この時。
一生嘘は吐かないでおこう、少なくともこの少女の目の前では必ず――などと悲愴感たっぷりの決意をキックスが固めていたのは余談である。
「でもそうですか。なら次からはもう少し目立たない格好、と言うのを考え直さないと駄目ですね。――と、言う訳でキックス! 私、あなたにお願いがあるんですが」
「お願い? ……きょ、脅迫とかじゃなくて?」
「……キックス? あなた、私の事をどんな目で見ているのですか?」
「何か……我儘お姫様? 言う事聞かないと『極刑よ、首を撥ねなさい!』とか言いそうな雰囲気――」
「あら、そうなの? ふふっ、じゃあキックスってば、本当の私とは正反対の像を私に描いているのですね。ふふっ、凄く――可笑しいですね」
「……は、は。そ、そうだねぇ」
ノノーツェリアの笑顔を見て、悔しい事にまた見惚れて、僕はここで死ぬのか――と、キックスは覚悟を決めた。
「それじゃあキックス、行きましょうか」
「い、逝くってやっぱり、し、死刑場?」
「? 何故そんなところに行く必要があるのです? 今から行くのは服屋ですよ?」
「服、屋?」
「ええ。散々キックスに変と言われてしまったので、この格好ではもう恥ずかしくて街を歩けそうにありませんから」
「ご、ごめん」
「いいえ。本当の事を教えてくれたキックスには私が感謝こそすれ、謝られる必要はないですよ? ……私の悪口や、変、変って散々言ってくれちゃったりしたことに関してはまた別件ですけどね」
「……」
いつか、僕はこの子に殺される――その時、キックスはそう根拠のない確信をしたそうな。
そして――その確信はある意味では間違ってはいなかった…………の、かもしれないし、そうじゃないかもしれない。
「だから、ちゃんと私に変じゃない服をキックスが選んでください♪」
「え、でも僕は服なんて全然……」
「――謝罪も込めて」
「喜んで選ばせて頂きます!!」
「ありがとうございます、キックス♪」
「微力ながら全力を尽くすよ、ノノ!」
「はい、期待していますね?」
「ああ!」
◇◆◇
それが、キックスと言う名の少年とノノーツェリア・アルカッタと言うお姫様との出会いの、その一端。
ん~、このまま続けていていも良いのかな、となんとなく思ったり。メイドさん出てこないし、旦那様も出てこないし。二人とも出る予定は今のところ当分ないし。
……微妙、かなぁ、と思わなくもなかったり。
それと、毎日この長さは自分には無理っぽいのです。話の最初だからと少し張り切っているけれど。多分次回からは今の長さの半分くらいになる? と思われまふ。
ほんと、計画性皆無なんですけどね。
話のストック? それ何? 美味しいの? って感じなので、涙でいっぱいですよぅ。