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harem!〜カオス煮、いっちょ上がり!〜  作者: nyao
【キックス編】
644/1098

Early-X. キックス-2

むきゅー

左を見る。

――知らない場所だ。



右を見る。

――記憶にない場所だ。




「……どうしよう」



彼――少年は途方にくれていた。


ただ、知らない所とは言ってもこの街自体、初めて訪れたのだから何処を見ても“知らない”“見覚えのない”というのは至極当然のことである。

少年が途方にくれる理由は、むしろ“連れ”と逸れてしまったことにあった。それもただの連れではなく、彼にとっての己の生殺与奪権さえ握っている遥か上の存在-―いわゆる一つの『ご主人様』なのだから、これは少年にとって非常に大きな失態である。



◇◆◇



事の発端は些細な日常から。


くだんのご主人様が“地上”に下りるという事で、今回何故か随伴を許された――と言えば聞こえはいいが実際のところは実に素敵な笑顔でご主人様から『お前も一緒に来るか? いや、むしろ来い』と(強制)連行された為である。

その後の『苦痛は分散……じゃなかった。人数は多い方が俺への被害も減る、かもしれないからな』との呟きは右から左へ聞き流した。どの道、ご主人様が受ける仕打ち(?)に変わりはないだろう、とは彼ばかりでなく同行者全員の総意である。


そうして少年にとって名も知らぬ街に降りてきて暫らく。

突如やってきた衛兵らしき男たちに包囲され、ご主人様の傍仕えの女性の『皆様、散開っ!』との一声に、日ごろの訓練の賜物か、自然と身体が反応して、気づいたときには少年は裏路地らしきこの場所に立っていた、ということである。



……逃走間際、ご主人様が例の女性から足払いを受けて衛兵に一斉に飛び掛られていたことや、『てめっ、謀りやがったな、このっ』とか魂の慟哭っぽいものが聞こえた気もするが、多分気のせいだろう。もしくは見間違えかなにか。

ご主人様を愛して止まない筈の彼女がそんな非道な真似をご主人様に対して行なうはずがないのだから。



◇◆◇



周囲を見て、少年には追っ手がついていないことを確認する。ついでに少年の知り合いの気配も近くには誰一人いないことも確認する。



「と、取り敢えず……ちょっとくらい見て回ってもいいかな?」



初めての場所に、僅かながらの初めての自由。まだ歳若い少年にとって好奇心を沸き立たせるには十分すぎる条件だった。





少年-―名をキックスと言い、姓はない。


年のころは14,5くらいだろうか。

大陸では珍しくもない薄茶色の髪に、逆に世界中探しても珍しい金色の瞳。容姿も良くもなく、悪くもないといったところ。若干、童顔と言うか女顔といえば女顔かもしれないが。

身にする服装も取り立てて立派というわけでもないが、かといってぼろ布一枚、という程に酷くもない。つまりは、彼は特に目立ったような特徴もない、何処にでもいるような旅人の風貌をした少年だった。





「――ちょっと待ちな、そこの坊主」



――否。一点だけ訂正しよう。

その少年は、誰に似たのか実に薄幸そうな雰囲気をまとっていた。



「な、なんでしょうか?」



びくびくしながら振り返ると、予想通りそこにいたのはいかにもならず者と言った風貌の男が三名ばかり、ニタニタと見ている側を不快にさせる笑みを浮かべていた。



「実にいい所にいるよなぁ、お前さん」

「えっと、それは……どうも?」



何故かギャハハと笑われた。



「なあ、実は俺たち金に困ってるんだよ」

「はぁ、それは大変ですね」

「ああ、大変なんだ。だから――俺らに金を恵んでくれねえか?」

「……えと、僕が、ですか?」

「てめえ以外に誰がいるってんだよっ?」

「あー、えっと、」



周囲を見回す。誰もいない――否。



「あ、例えばその娘……とか?」



男たちの背後に、実に怪しげな風貌の少女を見つけた。

どの辺りが怪しいかといえば、全身――それこそ顔まで全てをローブで覆いつくしていて、しかも不自然に周囲をきょろきょろと見渡している姿を見れば誰だろうと怪しいと言い表す他ないだろう。

ちなみに何故そんな全身ローブの一見怪しい人影を“少女”であると彼が見破れたかといえば、……まぁ日頃の鍛錬の賜物というほかないのだが。



「その子だぁ? 何を適当な……――お?」

「んん?」

「おぉ?」

「――ぇ?」



上から順に、三人の男たち、そして急にその三人(+α)の視線に見つめられた怪しげな少女である。

一瞬、場に珍妙な沈黙が下りたが、それを壊したのはどこか安堵したような彼の一声だった。



「ほら、僕だけじゃないでしょう?」

「……そうみてぇだな」



男たちが顔を見合わせて頷きあう中、その不穏な空気を感じ取ったのか、それともこわもての男たちの視線に耐え切れなくなったのか、注目の少女は半歩後退りながら、声を上げた。



「ぁ、あの……その、私に何か御用、でしょうか?」



どこか不安そうに、そして緊張、警戒するように発せられたその声は耳に心地よく残る、実に美しい声だった。そしてその声に男たち三人が再び顔を合わせて頷き合う。



「女だな」

「ああ、女だ」

「今日はついてるみてぇだな」


「それじゃ、僕はお邪魔みたいなんで失礼させてもらいますね?」


「え、あの――」

「おい、待てよ坊ちゃん」

「てめぇ一人だけ逃げようってのか?」

「有り金全部、おいてきな、坊主」



にこやかに、そして空気のようにその場を去ろうとしたのが失敗に終わり、キックスは内心でため息をつきながら腰に下げた“武器”へとそっと手を伸ばした。

ただし、腰に下げた武器とは言っても決して剣などではない。流石に剣を腰に差し、それに手を伸ばしたとなれば男たちも警戒をしたであろうが、それがキックスにとっては幸運であり、男たちにとっては不幸であった……のかもしれない。


ちなみに――その“武器”はご主人様と、例のご主人様付きの彼女からそれぞれ護身用に-―互いが互いに『いいか、あいつに何かされそうになったら-―』『いいですか、もしも旦那様に襲われそうになった際には――』などと言って渡された用途不明、効果不明のものである。少なくともアクセサリーっぽい何かの羽とか、何処にでも転がっていそうな木の枝とか、武器に見えそうにもないことだけは確かである。



「あの……もしかして貴方たちは物剥ぎさんか何かだったり、しちゃいます?」

「はっ、んなの見れば分かるだろうがっ!」

「そんなことも分からねぇとは、お前何処のお嬢さんだぁ~?」

「もしかして、どこかの貴族の坊ちゃん嬢ちゃんだとか……」

「「ひゅ~♪」」



男たちの低俗極まりない、下卑たる言葉。その言葉を聴いて、キックスは腰の“武器”に手を当てたまま一歩だけ後ろに下がろうとして、背中が壁にぶつかった。

次の瞬間――



「――あ、そうなんですか♪」



空気を震わせたのは、先ほどまで怯えていたと言うか不安そうにしていた少女の声だった。



「「「あん?」」」

「そういう下種なヒト達が相手って言うのなら何の遠慮も要りませんよね?」

「ああ、何言ってやがるんだ、嬢ちゃん?」

「けけっ、そう心配せずとも俺らは紳士だからな。そこの坊主相手ならともかく、嬢ちゃんにそうひでぇことはしねえさ」

「ギャハハ、キョッス、てめぇが紳士? 寝言は寝て言ってくれよ」

「んだとぉ? 俺はどこからどう見ても男気溢れる紳士様じゃねえかよ」

「バッカ、お前が紳士なら俺はもう悟り啓いた仙人にでもなれてるっての」

「違いねぇ!!」

「ま、嬢ちゃん相手に酷いことをしないってのは本当だけどな。気持ちイイ事なら――」



「ふふ、ふふふふっ――」



男たちの言葉を遮ったのはまたもや少女の声――いや、厳密には違った。自らローブを取り、素顔を見せた彼女の容姿にあった。

金髪蒼眼――流れるような金糸の髪に、宝石の如く煌く蒼穹の瞳。そして傷一つない滑らかで張りのある肌に、浮かんでいるのは全てを赦してしまうような慈悲の微笑み。

一言で言えば美しい、言葉を並べるならば賛美以外は必要ない、そんな少女の素顔が露になり、男たちは一時の沈黙の後、そろって歓声をあげた。



「ひゅ~、上玉!」

「おいおい、今日は本気でツイてるな」

「ギャハハハッ、これも俺らの日頃の行いってか!」



一方で、キックスは背中を後ろの壁につけ、内心冷や汗、表面引き攣った笑みを浮かべていた。


――この男たちは何を馬鹿なことを言っているのか、というよりももしかして自分がどれほど危険な状態にあるのか気づいていない? そんな馬鹿な、これだけの魔力、ってか殺気に気づかないなんて何処の馬鹿か間抜けか阿呆か、それとも自殺願望とかあるのかなこのヒト達? 馬鹿なこと言ってないで早く逃げて、逃げてしまえって! さっさと逃げ出さないとどうなったって知らない責任なんて取らないぞっ!!


が、少女が素顔を現して、片手を掲げるまでに思い浮かべたこと、その“一割”である。



「愚か者に、鉄槌を――ブレイク・ダンス」



少女の掲げた手の平から飛び出した十数本の鎖が一瞬で男達を絡め獲る。その時、余りに一瞬の出来事に男達は何が起きたか分からぬよう、半笑いのまま表情を強張らせたままである。


ズッ――



「「「「あ?」」」」



続けて急に頭上に差した影に、男たち三人(+α)は揃って上を見上……


――ォォォォォォォォォン!!!


見上げる事も出来ず、宙に出現した文字通りの鉄槌に押し潰されていた。



「……あわ」



男たち三人が目の前で、しかも鼻先を掠めて通り過ぎた鉄槌に押し潰される光景を目のあたりにして、キックスは引き攣った笑みのまま――腰を抜かしてその場に座り込んでいた。



「さて、と……」



すぐ傍から声が聞こえて、キックスが視線を上げると先ほどの少女が何事もなかったかのような、僅かに心配そうな表情を浮かべながら立っていた。



「あの、だいじょ――」

「命だけはお助けをっ!!!」

「う、ぶ……ですかって聞こうと思ったんですけど、ねぇ?」

「……ゴメンナサイ、マチガエマシタ」

「――全く、もうっ。私ってそんな、誰にでも見境なしに襲い掛かるように見えちゃいます?」

「い、いやそんなことはないです――!!」



悲しげな表情を浮かべかけた少女に、キックスは反射的に否定の言葉を発していた。


……と、いうのもキックスが住んでいる所の男女比率はちょっとおかしくて、男:女=5:800くらいなので恐ろしいほどに男の地位が低い。決して居心地が悪いと言うわけではないのだが、単純に考えて一人の機嫌を損ねれば800倍くらいの報復が返ってくると思ってもらえればいい。800倍返しである。

だから女性を立てること――というのはある意味生きるための必須条件である、と言ってもよい。それが出来なければご主人様と似た扱いになる、と言うのが数少ない男性諸君の常識であった。



「そうですか。ほっとしました」

「ぁ」



安堵するように、微笑を浮かべた少女の表情はとても美しかった。

日頃からありえないほどの美人を見慣れてしまっているキックスでさえ――何故か彼が住んでいる所は美女、美少女、美幼女(!?)比率が異様に高い――一瞬見惚れてしまう程だった。……実は見惚れた理由に単純に少女の笑顔が美しかった、以外の理由もあったのだが、少なくともキックス本人は気づいていない。




「……――まぁ、確かにこの男の人たちみたいな低脳さん達はすぐにでも処分すべきだとは思っていますけど」

「……キコエナイ、キコエナイ」

「でもほら、ちゃんと峰打ちで抑えてあるんですよ?」

「……ぁ、ほんとだ」



地面に沈んでいた鉄槌がスッと消える。その下から出てきたのは潰された醜い肉塊――などではなく、目を回して気絶している台の男三人の姿だった。

峰って一体どのあたりが峰なのだろうとか、地面の方は思い切り沈下しているのにどうして彼らは無事だったのだろうとか、色々と思う所はあったが、ニコニコと笑う少女を見てキックスはそれ以上の言葉を止めた。

……決して、背中に薄ら寒いものを感じたとかそういう理由ではない。



「でも――もしかして怪我とかさせてしまいましたか?」

「え? そんなことはないけど……どうして?」

「いえ、先ほどから座ったままなので、先ほどの魔法があたってしまったのかな、と。一応ちゃんと狙ったつもりではあるんですけど……」

「あ、うん。それなら大丈夫だったよ。……鼻先を掠めただけだったから」

「そうですか。ならよかったです。――……ではどうして座っているんですか? もしかして行き倒れというやつでしょうかっ? 私、初めて見ました!」

「あ、や、違うけど」

「……そうなんですか。…………がっかりです。もし行き倒れさんなら、お顔も可愛らしいですし、お持ち帰りで私のペッ――」

「……ウン、キコエナイ、キコエナイ」

「ではどうして座ったままなんでしょうか?」

「えっと、それは、その……」


腰が抜けて立てない、なんて恥ずかしくて言えたものじゃない――


「ではやはり行き倒れさ――」

「腰が抜けて立てません! それだけですっ!!」

「……腰が?」

「は、はい」

「あらっ、それは大変ですっ」

「は? なんで……」

「だって、先ほどの私の魔法の所為なんでしょう!?」

「それは、その……」

「別にあの程度で腰が抜けるなんて気が弱くて情けない限りですねっ! なんて事は一切思ってませんし、」

「うぐっ」

「あなたならそれもチャームポイントになりますからっ、全然オッケー問題なしですよっ♪」

「あぅ」

「ぁ……と、そっ、それで大丈夫ですか? まだ立てません?」

「ああ、うん。まだちょっと……」

「なら私が肩をお貸し――」


少女が微笑みながら手を差し出し、キックスはその笑顔に若干の身の危険を感じながらもその手を取ろうと――



「あそこだっ、あそこに居られたぞっ!!!!」



突然の怒声にキックスが視線をやると、立派な白銀の鎧を着込んだ騎士が五人ばかり、二人を目掛けて――厳密には少女を、なのだがキックスは気づかなかった――凄い勢いで迫ってきていた。



「うぇ!?」



恐怖である。

キックス自身は身の覚えもない、むしろ潔白なのだが、彼のご主人様が色々と……端的に言えば『旦那様は永久賞金首なのでお供の際には巻き込まれぬよう気をつけて下さいます様』とご主人様付の例の彼女によくよく言い聞かされていたりしたので、少なくとも他人事とは思えなかった。


先ほどまで腰を抜かしていて立てなかったのも何とやら。素早く立ち上がると巻き込まれた――と、勘違いした――少女の手を取り、



「逃げ――」

「逃げますよっ!」



――より早く。

キックスのどの行動よりも先に、隣にいた少女は再びローブを覆いなおしてキックスの手を掴み引っ張りあげて、有無を言わせず走り出していた。


「ぇ、ちょ、て、ま……」

「つべこべ言わずっ、追いつかれてしまいますよっ!」

「――それは困るっ」

「ならほらしゃんとっ、足を動かしてくださいっ」

「はいっ!!」



『ちょ、お待ち下さい、姫さ――』



「沈めっ――グレイヴ・ダウンッッッ」


後ろから何か声が聞こえたがそれも隣を走る少女の一声、そして何かが崩れたような音が響いた後に聞こえなくなった。

後ろでは何が起きたのか、少なくともキックスには振り返って確認する余裕――度胸、ではなくあくまで余裕――はなかった。隣で少女が『大丈夫、峰打ちですからっ』などと言っていたのも余裕のなさに拍車をかけていた。



「さっ、逃げますよ♪」

「う、うんっ!!!」



何処となく少女の声色が楽しそうだったのは恐らく気のせいだろう、とキックスは自身に言い聞かせて。

にこりと微笑む少女の横顔に、これ以上“余計なこと”は考えないよう全力で足を動かすのに専念することにした。



むきゅー

……むきゅー

…………むきゅー



や、全く意味ないですけど。

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