24. にげる
三十六計、逃げるが勝ち
☆☆~リッパーの場合~☆☆
(リッパー:ストーカー。何処かのお姫様だった気もするけど、重要ではない)
「レム様――――!!!!」
「……おっと」
「な、何故私の抱擁を避けてしまわれるのですか、レム様!?」
「いや、普通避けるだろ」
「胸ですか!? 胸なんですね!!」
「質問です、全力でこっちに疾走してくる奴がいます。ちなみに何もしなかったら正面衝突間違いなし。さて、どうする?」
「避けるに決まってます!!」
「だろう?」
「それと私の愛の籠った抱擁と何か関係があるんですか?」
「関係も何も、愛とか抱擁とか当たり障りの良い表現してれば男は誰だって喜ぶと思ったら大間違いだぞ、リッパー」
「?」
「……――うん、取り敢えずさっきの体当たりも心の底から単に抱きついてきただけとか信じてるのは分かったけど、抱きついてくる気ならせめて速度を落とせ」
「ゆっくりとなら抱きつかせてくれるんですかっ!?」
「ん~……、」
「えいっ」
「おっと」
「何で避けるんですかっ!?」
「あ、いや……なんとなく? 身に危険を感じてな」
「そんなっ、私はこんなにもレム様をお慕いしていますのにっ!」
「慕ってくれるのは嬉しいけど、ちゃんと限度とか考えような?」
「私のレム様を思う心に限度なんてありませんっ!!」
「……そうか」
「レム様? どうして離れようとしているのです?」
「気の所為だ」
「レム様? 何故後退っておられるのですか?」
「多分、目の錯覚だから気にするな、リッパー」
「はい、レム様がそう仰られるなら……」
「――んで、リッパー」
「はい、何でしょうか、愛しいレム様?」
「そういうお前は何でこっちににじり寄ってくるんだ?」
「レム様が愛しいからです」
「その、ワキワキと嫌な感じに動かしてる両手は何だ?」
「レム様への愛しい想いの表れです」
「何か心無し、リッパーの目が爛々と輝いてるように見えるのだが……?」
「それもこれもレム様への愛しい思いが募りに募るのがいけないのです」
「身の危険をひしひしと感じる」
「……はぁはぁはぁ」
「リッパー、少し落ち着こう」
「レム様が、レム様がいけないんですっ、レム様が私を拒むからっ、レム様が私に全然逢いに来てくれないからっ、レム様ぱわーが足りないんですっ!!」
「良し、分かった。分かったから、一端落ち着け。じゃないと――お前を縛る」
「レム様、そんなご趣味が――」
「ついでに放置する。そして俺は逃げる」
「いきなり放置ですかっ! わ、私に耐えられるのでしょうか……?」
「知らん。だから放置されたくなけりゃそれ以上近寄るんじゃねえ、リッパー」
「……つれないです。レム様、他の方には優しいのに、私にだけ」
「あ、いや……そういうつもりはないんだけど。お前相手にしてると何と言うか、つい……」
「まぁ、レム様♪」
「……――何処かの痴女二人を思い出して、身体が自然と拒絶反応を」
「私だけが特別だなんて、レム様、そんなお上手ですっ。私を喜ばせてどうなさるおつもりなんですか、もうっ♪」
「……別に何もしないけどな。それよりさりげなく近づいてくるな、リッパー」
「あら?」
「ったく、油断もありゃしないっての」
「ですがレム様、この愛は誰にも止められないのですっ!!」
「うおっ!!」
「レム様、避けないで下さいませっ!?」
「避けるに決まってるだろうがっ!! それにそもそもリッパー! お前は自分の国とか開けてて大丈夫なのかよ!?」
「国ですか?」
「仮にもお前、女王様だろうがっ」
「――昔の話です。今の私は、レム様の愛の虜なんですからっ」
「いや、それはどちらかと言うと昔から……」
「それもそうでしたね、私は昔からレム様に心を奪われてしまっているのですから……」
「兎に角っ、お前はにじり寄ってくるんじゃねえ! 言い寄るのは好きだけど言い寄られるのは好きじゃないんだよ!」
「ならレム様が私に言い寄って愛の囁きを――……ま、まぁレム様ってば大胆です」
「一人妄想で勝手に悶えるな、このストーカー」
「愛の前には些細な障害なんて無力なんですっ」
「よし、リッパー。さっきから何度も言ってるが少し落ち着け、落ち着こう」
「私は十分落ち着いてレム様をお慕い申し上げておりますっ!!」
「なら落ち着いたうえで考えるんだ、今は一体どういう場だ?」
「? ……もしかしてレム様と私の披露宴でしょうか」
「勝手に趣旨を捏造するな」
「ではでは、やはり結婚――」
「とかでは断じてない。良いか、今は俺の日頃の疲れを皆が労ってくれていて、俺は女の子に囲まれてうはうはで日頃の心労とかを癒す時なんだよ」
「私の出番ですねっ」
「お呼びじゃない」
「そう遠慮なさらずとも宜しいと思います」
「ヒトの話を聞きやしねぇ……って、考えてみれば誰も俺の話を聞いてくれないからリッパーに限った話じゃないか、これは」
「……うぅぅ、レム様、せめてレム様と手を繋いで楽しくお話しをして笑い合って抱きついて頬擦りしていっぱいいっぱいレム様の温もりをこの身に感じさせて欲しいです」
「リッパー、その熱烈な愛情が少しは収まったら考えてやろう」
「収まりました!」
「いや、嘘だろ、それは」
「ちゃんと収まりました! レム様の事なんて大嫌いですっ」
「リッパー、言動と行動があってないからなー? 言動よりも先に、その両手ワキワキとか、頬染めてにじり寄って隙あらば飛びかかろうとしてくるのをまずは止めようぜ」
「はっ、つい無意識に……」
「無意識なのか」
「はいっ、レム様を想わない日はありませんからっ」
「……――不思議だよなぁ、普通これだけ言われたら嬉しいはずなんだけど。リッパーからだとさっぱりだ。普通に美人だし、器量よし性格良し家柄良しの文句のつけようもないはずなんだけど……どうしてなんだろうなぁ?」
「そんなクールなレム様も素敵です……」
「取り敢えず、いつまでも付きまとわれるのも困るから今はこれだけで許せ」
「ぁ、レム様――」
「んー、よしよし~」
「はぁぁぁぁ、レム様の匂いです、温もりです。温かさと愛を感じます。レム様に抱き締められて私、今最高に幸せです」
「安い幸せだな」
「そんなことありませんっ! とても高いですっ!!」
「……いや、そう言えば幸せなんて元から、他人にとっちゃ安いものばかりか」
「レム様? 何かお辛いのですか?」
「……そういう敏感なところがなんとも、いや、いい。それよりも、リッパー」
「あぁ、レム様が――」
「とりあえずはこのくらいな。まあ気が向いたら次の機会って事で」
「に、逃がしません、レム様っ」
「そう言って未だかつて俺の逃げ足についてこれた奴は一人しかいねぇ!!」
「――うぅ! 愛しいですけど、レム様のいけずですっ!!」
と、言う訳で不思議なことにレム君はリッパーが苦手で溜まりません。
折角堂々とレム君に愛を語ってくれる美人なお姫様なのに……。
だから世の中ままならないのです。