ACT. XX ファイ-1
ファイさんは、こんなお方でした
「あわわわわっ」
目を閉じる。
ガシャン、と食器の割れた音が響いた。
「う、うぅぅ…」
「はぁ、また貴方なの、ファイ」
「だだだだってだってだってききき緊張しますっ!!」
「はいはい。貴方の言い分はわかったから、ちゃんとする。大丈夫だって。あの男や…何よりあの銀髪のメイドがいる限りはよほどの事でも心配ないわよ。それにスフィアって奴隷の権利が他国に比べてすごく高い国なんだから」
「そそそそれは分かってますけどっ」
分かっているのと実際の行動に繋がるかどうかは別問題なのだ。それに何より私が緊張しているのはそんな事じゃなくて…
「何よ?」
「いいいいえいえなんでもありません、ハイ」
うぅ、半眼の目が怖いですよ。
「…あのね、ファイ。何度も言うようだけど別に私におべっか使う必要はないのよ。生まれは違うかもしれないけど今となっては同じ立場なんだし」
「そそそそうは言いますがアメリア様」
「だから“様”は必要ないって何度も言ってるでしょ?…もう、いい加減ライカーレからも何か言ってあげてくれない?」
「?アメリアはどーしておこってるの?」
「別に、私は怒ってないわよ、ミミルッポ。ただどうしてファイの態度はいつまでたっても治らないのかしら、って疑問なだけっ」
「ファイのたいど??ファイどこかおかしいの?」
「…はぁ、初っ端からこれじゃ気が重いわ」
少し怒り気味なアメリアさ…、と、心配そうに私を見つめてくるミミルッポ。それにどこか疲れた様子のライカーレ…、と確か最近加わったスィーカットさん、だったかな?珍しく男の方。
それに加えて私、ことファイ。本当はあと一人、マレーヌって言う処理部の子がいるはずなのだけど、ここにはいない。色々と手続きがあるみたいでどうにもそれをしてくれているらしい。ちなみにマレーヌと私は面識がなかったりする。どんな娘かな…?
以上、六名が今回アルゼルイに派遣される事になった人たちだ。
私は実はすっごく新入りだからよく知らなかったのだけど、年に一度のこの学園都市アルゼルイへの派遣は館の皆の中で結構な競争率を誇るものらしい。館の外に出る機会っていう意味でもそうだし、このアルゼルイはさっきアメリア様が言っていたように私たち奴隷に対してもやさしい国だから、人たちも割と普通に接してくれるらしい。刺激という意味では貴重な機会だと、私もそう思う。
…まあ、そんな細かい事を置いておいて、聞いた話だとどうにもここでお婿さんを見つけて館から出ていく人たちの割合が圧倒的に高い事が一番の理由らしいのだけど。
私にはぴんとこない話だ。…もしかすると物心ついた頃から奴隷として生きてきて、館に来て初めて一人の人間として扱って貰えた私みたいな汚れた存在だからかもしれないけど。
あ、あともう二人、レム様とカゥルヒム様(間違いなく偽名のような気がしますけど…)も今回は派遣に同行されたようで、今はお二人仲良くお出かけになっています。
…なんとなく、アメリアさ…の機嫌が悪いのはレム様が一緒だったからという気がしないでもありませんが、私には関係のないことです。…だといいなぁ。
今回の派遣にはみんなそれぞれの理由があるらしい。らしいって言うのはカゥルヒム様がそうおしゃっられていたからで、私としては他の人の事情はよく知らない。でも私としては今回のこの派遣にはドキドキしぱなっしというのは本音の所。
私は、夢にも見た『お勉強』をさせてもらえるらしいから。
実は私、そもそも文字が読めなくってどうにもならないのだけど、カゥルヒム様が補助鏡(改良版・量産型)を貸してくれたから大丈夫なのだ。これを通してみれば不思議と意味が分かるようになる、マジックアイテムらしい。
本当ならこんな高価そうなモノ私ごときが使うなんてとんでもないのだけれど、レム様の「お前が使わなかったら壊すだけだ」という脅しに屈してしまいました。マジックアイテムはすっごく高価なものなのに……あれは絶対に本気の目でした。
と、言うわけで色々と学ばせて頂ける機会を貰えた私としては今回の派遣は本当に、身にも余る光栄で――。
「ファイー?だいじょうぶー??」
「あ、うん。大丈夫、大丈夫」
私が割ってしまった皿を片づけているうちに代わりにライカーレが奥から食事を運んできてくれていたらしい。テーブルの上にはもう食事の準備が整っていた。
本当ならこの料理は料理部である私が作っているはずなのだけど……カゥルヒム様から私の料理はレム様以外の為に作っては駄目だと初日に言い渡されてしまったので、これは館で作ってきたものをちょっと温めただけのものなのだ。
ちなみに一応私は毎日レム様の食事を作っている。…レム様、本当に大丈夫なのかな?初日に料理部のみんなを全滅させてしまうほどの料理の腕である私としてはすっごくレム様が心配なのだけど、とりあえずカゥルヒム様は微動だにしていないから大丈夫なのだと思う…今のところは。
「それじゃ、いただきましょうか」
「うんー」
「ほら、ミミルッポ、ちゃんと行儀よくしなさいよ」
アメリアの第一声に、ミミルッポが答えて、ライカーレが彼女の世話を焼く。スィーカットさんは壁際で腕を組んで目を閉じていた。聞いた話だと食事をしなくても大丈夫な体らしい。…食事をしないなんて勿体ないと思うなー。
「…いただきます」
私も、昔誰かに習った朧気な記憶…目の前の料理に感謝して食べ始める。
これが、私たちがアルゼルイに来てからの最初の食事だった。
すっすめ〜、すっすめ〜
つっき進めっ!
今日も今日とてご奉仕だぁ
料理を一つ、…毒殺で
料理を一つ、変殺で
…意味はない。気にしないでください。
別にファイさんの料理が下手とか、そんなのは関係ない。