ど-354. タイプー山
タイプー山、世界で一番、高い山。
台風とかと語呂が似ているが、意味はある。
「あのさー、館に戻るのはもう納得したからそれでいいんだけどな、」
「愚痴の多い旦那様ですね」
「ゃ、良いから聞けよ」
「……御機嫌がすぐれぬ様子」
「良いから、黙って聞け。な?」
「はい。では、ならばどうされたのですか、旦那様」
「うん……――なんで俺達、こんな山の中を歩いてるんだ?」
「何をお訊ねになるかと思えば、旦那様は不思議な事を仰られるのですね? 何故も何も、館へと戻る為ではありませんか」
「は?」
「御存じないわけでもないでしょうに。世界最高峰のタイプー霊山、つまりこの山の事ですが、その山頂直前に館への入口があるのですよ?」
「いや、そりゃ分ってるけど……」
「ならば旦那様、こうして私どもがこの地に居る事に何の不思議が御座いましょうか」
「でもよ、それってあくまで“正規”の方法だろう?」
「はい、そうですが何か問題が御座いますか?」
「問題と言うか、こんな風に別に苦労して山を登らなくても……転移魔術とかで一気に行ったら駄目なのか?」
「駄目ですね」
「……一応聞いておいてやるが、どうして駄目なんだよ?」
「覚えておいででしょうか、旦那様。あの館の――“竹龍の地”の統制権が一度奪われてしまったのを」
「ああ、当然だ。誰が忘れるかよ」
「余り感情を波立てぬよう。重要なのはソコでは御座いませんので」
「――」
「旦那様?」
「……――あぁ、分かった。……んで、お前は何が言いたいんだ?」
「つまりですね、元々希薄で必死に惨めにしがみついていた旦那様の権利が遂になくなってしまったのです。転移などのある意味“正規”ではない方法で館の方に向かおうとしますと――攻撃を受ける可能性が御座います」
「――む?」
「正確には旦那様お一人が、ではありますが」
「お前は……って、お前の場合はそもそもあそこに拒絶される理由がないもんな。お前が攻撃を受けるなんてこと、あり得ないか」
「はい。旦那様とは違うのですよ、旦那様とは違うのですよ」
「二度も言うな」
「はい。よって私どもはこうして苦労して、タイプー霊山を登っているのです。ご納得いただけたでしょうか」
「……はぁ、一応な。でもこの山、伊達に霊山とか呼ばれてないんだよなー。この辺りじゃ魔法とかほとんど使えないからなぁ」
「はい。ですから私も一苦労です。か弱い女性に山登りは辛いものなのですが……旦那様は私に何か仰る事は御座いませんか?」
「……普段通りのメイド服、靴だっていつもと同じもの、しかも汗一つかいてなけりゃ服には埃の一つ、皺の一つもついてない。そう言う奴にどういえと?」
「労いの言葉などを頂けると大変嬉しいです」
「必要ないだろう?」
「嬉しいです」
「俺に利点がないな、うん」
「主に私が喜びます」
「……あー、でもお前はこうやって俺に付き合ってくれてる訳だから、その点で言えば礼は言うべきか」
「いいえ、旦那様。私どもがこのように旦那様にお付き合いしているのは全てが私の勝手であり、礼を言われるようなことではありませんが」
「良いんだよ。俺がありがたいって思ってるんだから。お前は素直に俺の感謝を受け取っておけ」
「……はい」
「ん。……まぁ、日頃から何かとありがとな」
「いえ」
「……――ん、と。あれ?」
「如何なさいましたか、旦那様?」
「いや、そう言えばで思い出したけど、俺以外の奴らって確かお前が大規模転移魔術で一気に転送したんじゃなかったか?」
「はい、そうで御座いますね。それが何か?」
「と、言う事は、だ。別に俺だってお前の転移魔術で館の方に飛ぶことは問題ないんじゃないのか、と思ったりする訳なのだが……?」
「――旦那様」
「な、何だよ?」
「旦那様が転移魔術などで館に向かいますと、看破しきれぬ危険が御座います、危険があるのです。旦那様には権利が御座いませんので攻撃される恐れがありますし、何より危ないのです。どうかご理解くださいませ、旦那様」
「……んじゃ、どんな危険が?」
「主に私が退屈します。非常に退屈します」
「……そう言えば思い出したりしたんだが、お前って説明とかを二度繰り返す場合は冗談を言ってるんだよな?」
「はい、それがどうかしましたか?」
「んで、お前はたった今、二度目の説明を俺にしてくれたと。おまけに余計な一言を添えて」
「はい、そうで御座いますね。それが如何かされましたか?」
「……――よし。うん、ちょっとこっちこい、お前」
「さて、残り四合程ですか。旦那様、頑張って登ると致しましょう」
「……うがっ―!! ちょっと待ちやがれテメェ!」
「お断りいたします。旦那様のお仕置きも大変甘美な提案ではありますが――此処は逃げるが上策と心得ます」
「まーちーやーがーれー!!!!」
「……――捕まえてご覧下さいませ、旦那様?」
風が吹くぜー、気持ちが盛り上がるぜー
と言う事でらんらんと、風の音とか聞いているとちょっと外に出るのが鬱になる今日本日の事です。
あの娘に聞く!~あなたにとってのレム君は?~
-二人目【サカラの場合】-
「マスターの事ですか? 私にとってのマスターは……な、何か怪しげな関係に聞こえてしまう響きよね、“私とマスターの関係”なんて言い方は。――ぁ、と。それで私にとってのマスターは……そうですね、マスターは私にとって大切な、命を賭してでも守るべき対象、かな? …………逆に守られてばかりいるのが、嫌になっちゃうけど」
補足:『サカラ』護衛部長。館の中ではホロンに次いで腕が立つ? でも Wildfiredでは燎原の賢者にぼろぼろにやられてたヒト。登場話、ど-20,21とかそのあたり。