Act XX. エイリッシュ-1
その時はその時で。
「は……わ――」
目の前の少女は少しだけ驚いたように目を開いて、何かに耐えるように唇をギュッと噛み締めて、それから少しだけ両目に涙を溜めて、
「あなた、ヘンタイさんですか?」
「違うわっ」
「ならロリコンさんですか」
「俺はロリコンじゃねぇ!!!!」
「……そうですか。ではこの世界の敵、クズ、ゴミめ。あなたなんて一度と言わず九十九度ほどこの世界から出ていってくれませんか? むしろ出ていけ」
「……むしろ貴女様は一体何様のつもりでしょうか?」
「むしろあなたこそ何処の塵芥ですか? いえ、答えなくて結構。耳が腐りますから」
目が覚めたなり、そこは見も知らぬ男の膝の上。しかもタイミング悪く髪に付いた草を取ろうと手を伸ばしていた最中。
誤解するのは分かる。うん、凄く分かる。
「惜しかったですね、旦那様♪」
そこで素敵な笑顔を“作って”いるメイドもどき、無駄無意味に煽るのは止めろ。
ほら、彼女だって勘違いして――ますます凄い視線で睨みつけてくるじゃないか。
でもね、あのさ? この子って本当におじいちゃんの身代わりになります、とかって献身的に言った子と同一人物なのかな? 何か違う気がしてきたんですけど。
「し――」
「ん?」
「しししししし、失礼いたしまびっ!?」
ぅ、……おおおおお。
ぶった。思いっきりぶちましたよ、今。急に顔なんて上げてくるもんだから、頭と顎がごっちんこと……痛ぇ、つか、シャレにならないくらい痛いぞ、可愛い顔して実は石頭だな、お前?
――てな事を思ってはいたが、顎が痛いんで喋る気にならねぇ。
「旦那様、大丈夫ですか?」
大丈夫に見えるか?
「問題ない様で何よりに御座います」
何処をどう見たら問題ないように見える? お前の目は節穴か?
「滅相も御座いません。それに旦那様は我慢の子、これしきの事でめげたりしませんっ……しません、よね?」
正直めげたいです……て、あれ?
「如何いたしましたか、旦那様?」
いや、俺声に出してないよな、ってか会話が成立している時点でおかしくないか、これ?
「なんと、ここに取り出しましたるは、相手の頭をハックして色々とイケナイ事が出来てしまい、ついでに読心機能も付いているという超お徳モノ、名を『光明』といい、私が発明した魔が付いてしまう道具でして――」
没収だ、もしくは封印指定な、それ。普通に危ないから。
「……残念です。ですが旦那様がそう仰られるのでしたら仕方ありませんね。造ったのは勿体無いですが――壊しますか」
一瞬、ほんの一瞬だけ、あいつの手の平から黒いモヤの様なものが溢れ出して――『光明』と呼んでいた腕環を包み込んだ。
――そうして、“全て”が無に帰す。
相変わらずおっかないのな、お前。
「旦那様ほどでは御座いません」
……って、どうしてまだ会話が続いているんだ?
「私ほどになりますと、旦那様の読心などわざわざあのような道具を使うまでもなく可能ですから。むしろあの魔道具は見せかけだけのおまけ品です」
……なんでい、そりゃ。
「――」
ん?
「何だ、ぼっとして。どうかしたのか?」
「あなた……あなた程のどうしようもない塵芥とそのお方とはどのような関係なのですか?」
「旦那様の事をどうしようもない塵芥と見抜くとは――流石ですね」
「はい、お前は黙ってようなー。それとこいつとの関係は見ての通り俺が主人でこいつが下僕、な関係だ」
「耳が腐るので一度口を閉じろって言いましたよね? 一度で理解できないとはどれだけの低脳ですか、あなた。今も空中に漂っている塵芥よりも役に立ちませんね?」
「……まさか、こいつ級に口の悪い輩が他にも存在するとは思いもよらなかったぜ」
「学習する気もなしですか? あなた、何考えて生きてるつもり? どうしようもない塵芥は仕方がないけど、せめてその以上性癖を私に向けるのは止めてくれません? このロリコン」
「俺は断じてロリコンじゃないっ!!!!」
「っ」
「旦那様の、魂の叫びその一」
「……っと。つい我を忘れて叫んじまったぜ。悪い、怖がらせたか?」
「そうやって大声を出せば誰もが従うと本気で信じてるんですか、屑の上に救いようのないどチンピラとは、もしかしてあなたは天然記念生物ですか?」
う~む、微妙に震えていらっしゃるのが何だか小動物みたいで可愛いな。
「その視線で犯すのは止めて下さい。たとえ変態の想像の中の出来事とはいえ、私に変なことすると酷いですよ? ……本当に酷いですよ?」
「――ふっ、強がりとはまだまだ子供だな」
「私は子供ですよ。それともあなた、私の姿を見て大人と本気で思ったのですか? 小さい子供に手を出すのはダメで小さい大人に手を出すのはオッケーですか、――この真性」
「……わー、普通にムカつく事言うよな」
「大人げない旦那様……いえ、大人げも何もありませんか。旦那様は所詮旦那様でしかない……――ふむ、我ながら言い得て妙ですね」
「それでも、耐えるしかないので……が、頑張れ私っ! ふぁいと、おー!」
「そうだぞー、頑張れ―」
「……、泣いちゃダメ、泣いちゃダメ、泣いちゃダメ」
「何故に!?」
「旦那様がー、泣かせましたー」
「いや俺何もしてないだろっ!?」
俺はただ頑張ってるみたいだったこの子を応援しただけで……べ、別に酷い事とか一切してなかったよな、な?
「そ、それで……本当はあなたの声を聞くのも子供が出来ちゃいそうだから厭ですけど、」
「いや、それくらいじゃ絶対出来ないだろ、子供」
「……おじいちゃん、先立つ不孝を許して下さい」
と、何処から取り出したのか尖った氷の欠片を喉元に向けて――って。
「待て待て待て、待てって。お前急に何してやがるっ!?」
「離してっ下さいっ、あなたに汚されるくらいならいっそその前に」
「ゃ、だから俺は何も――、……」
◆◆◆
「御安心を。その前に私が全責任を持って“黙らせ”ますので」
「……、ふぁ?」
ソコに在ったのは、白目を剥いて仰向けに倒れた男と、その彼の膝の上で氷の欠片を両手に震えている少女。そして二人からやや離れた場所で佇んでいる――メイド服を着た、くすんだ銀髪の女。
「さて、エイリッシュ様――中々、見どころがありそうですね?」
ハイエルフの少女~。
またまたお休みの回と言う事でっ。