Act XX とある集落の事情
にゃーと啼く。
それは“迷いの森”と呼ばれる、大陸の最西端の場所での出来事。
ひっそりと世界から隠れるように――本当に隠れ住んでいた彼らの静寂は、集落の青年が大慌てで駆け戻ってきたことにより破られた。
「ちょ、ちょちょちょ、長老様ー!!!!」
「……何だ、そんなに慌てて。また小人どもが迷い込みでもしたか? それとも魔獣でも現れてたのか?」
「ぎっ、ぎん、ぎん……ぎんぱっ…………」
「ぎん……? まさか銀髪のお方が現れたと言う訳でもあるまいに。何をそこまで慌てている?」
「それが――」
「成程、ハイエルフの集落でしたか。道理で……精神体に近い彼らでは旦那様が見つけ難いのも仕方ありませんか」
『!!!!』
一声。
正にその瞬間、のんびりと過ごしていた集落の住人達、総てを取り巻く空気が一変した。誰一人――年寄りから子供……とは言っても見かけは充分青年なのだが、誰ひとりの例外もなく頭を地面に擦りつけて平伏していた。
堂々と、それでいてどこか気品に溢れて優雅に――彼ら、ハイエルフの集落に足を踏み入れたのは一人の女性だった。
くすんだ銀髪に、あり得ないほど整った容姿と誰もが見惚れるであろう身体つき。何故かメイド服を着こんでいるのは“彼女”を取り巻く雰囲気にはミスマッチな様でいて、それでも十二分に様似になっていた。
もはや頭を地面にめり込ませるように、そんな彼らの様子を見て、“彼女”はため息をひとつ。
手で引き摺って来た『荷物』から一旦手を放し――ごんっ、と鈍い音がしたが“彼女”は気にしなかった――困ったような表情を“作った”。
「余りそのように畏まられても困るのですが……?」
「いいえ、いいえっ! 貴女様ほどのお方が何を仰いましょうか!! それよりもこのような地にまでお越しいただき――」
溜息を一つ、“彼女”はワザと零した。
ただそれだけで、懸命に言葉を並べていた、先ほど長老と呼ばれていたハイエルフの老人は――大きく身体を震わせて、口を噤んだ。
「……私とどなたを勘違いされているのかは問いませんが、ハイエルフ――妖精族の一角を担うと云われている貴方方がその様に軽々しく頭を下げるものではないと思うのですが?」
『――』
“彼女”の言葉でも彼らが平伏を崩す事はなかった。それどころかより一層、頭を擦りつけたままぴくりとも動く様子がなくなってしまっていた。
その様子をしばらく眺め、今度こそ……“彼女”は本気でため息を零した。
「……ふぅ。エルフ族もそうでしたが、どうして貴方方はこのように途方もない勘違いをなさるのでしょうね? 私達はただ、ギルドの調査依頼でこの森を訪れただけだと言うのに」
「な、なんと――!?」
ギルド、依頼、と言う言葉に、長老と呼ばれた老人が顔を上げる。
その視線は一瞬だけ咎めるように、だがソレは“彼女”見るなり、直ぐに畏敬の表情の中に消えていった。
「……お、恐れながらお尋ねいたします」
「別に恐れなくてもよいですよ?」
「めめめ、めっそうも御座いません!!」
「……ふぅ。それで、私に聞きたい事と言うのは何でしょうか?」
「は、ははっ。……さ、先ほど、貴女様がギルドの依頼でこちらに来た、と仰ったように聞こえたのですが……」
「はい、確かにそう言いましたね。それがどうかしましたか?」
「しっ、失礼ながら! 何故貴女様ほどのお方がギルド――小人族たちの集まりなどに力をお貸しになられているのか……」
「私としてはヒトに力を貸しているつもりは一切ないのですがね。それといい加減、その畏まり過ぎる態度は止めにしませんか? ハイエルフの、えぇ、クェトメル様の記憶に間違いがなければ、確かポロロトスス様でしたか?」
「こっ、これは私などの名前をご存じ頂けているとは――恐悦の極み!!」
「いえ、クェトメル様がもし会う事があれば、と言う程度で教えて頂いた名ですので。そこまで恐縮しないで下さいませ」
「はっ、ははぁ!!!!」
「……ふぅ。それで、聞きたい事と言うのは私がどうしてヒトに力を貸しているのか、と言う事だけですか?」
「は、はい。その通りで御座いますっ」
「それならば答えは簡単ですね。私はただ――旦那様の望むように、振る舞っているに過ぎませんので」
「だ、旦那様、で御座いますか?」
「はい」
「……だ、旦那様と言うのはもしや、そちらの――」
ちら、とハイエルフの老人――ポロロトススが“彼女”が引き摺って来た『荷物』に視線を向ける。
「――小人族の男の事でしょうか?」
「はい。最早単細胞の生物にすら劣る、私の旦那様です」
『……』
“彼女”の一声。その一声が、再び場の空気を一変させた。
何処となく、剣呑な情動を含む空気が、一瞬で場に広がっていき――その場を代表するように、再びポロロトススが口を開いた。
「し、失礼ながらお尋ねいたします」
「はい、何でしょうか、ポロロトスス様?」
「何故、そのような小人族の男風情が、貴女様ほどのその……旦那、様であると?」
「……」
何も言わず、“彼女”はにこりと微笑みを“作る”。
今も完全に平伏していた彼らはそれに気づかず――なおもポロロトススは言葉を続ける。
「もし、その男に何らかの弱みを握られていると仰るのでしたら、私どもが――」
「――ああ、言い忘れていましたね?」
「……、ぉ」
その時になってようやく、ポロロトススは己の失態を悟った。すぐさま『せめて集落の他の者だけは――』と赦しを請おうとしたが、それすら黙殺された。
頭を下げたまま、頭上から見下ろしてくる冷ややかな視線に、出そうとする言葉すらも凍りつかされていた。
「私が――私たちが誰かなんてこの際どうでも良いのですが、誰が何をどう勘違いしようと気にする気はないけれど、」
『――』
「私の旦那様を――侮辱するのならば前もって覚悟なさい」
場が凍る。
空気が凍る。
その場の誰一人として――呼吸する事すら止めさせられる、絶対者の絶対的なまでの黙殺。
絶対者のソレを敗れる者などこの世には存在しないとばかりに、“彼女”の逆鱗の一端に不幸にも触れてしまった彼らはもう何をする事も、生きる事も死ぬ事すらも許されてはおらず。
「あんまり、こいつら怖がらせるんじゃないぞ。怯えてるじゃないか」
「……旦那様」
“彼女”が引きずってきた『荷物』が口を開き――
「それと……ふむ、今日は白かべら――!?!?」
――無造作に、実に無造作に“彼女”はその『荷物』の頭部に該当する部分を、踏み抜いた。
「随分お早いお目覚め……いえ、もう休みですか、旦那様?」
「……」
「もう、仕方のない旦那様ですね。今起きたばかりだと言うのに」
「……」
「もう少々お休みとは、仕方のないお方。……――さて、ではハイエルフの皆様方、話を先ほどの件に戻しましょうか」
その時、彼らは思ったそうな。
――侮辱って、……一番酷い扱いをしてるのは貴女なのでは?
それに対し、“彼女”はこう答える。
「……御冗談を」
にゃー、眠いにゃ〜。
……別に猫ではない。何となく、フィーリングで。
と、言う事で今回はちょっと休憩の回。