ど-348. 第六感
虫の知らせ?
「……何やら悪寒が」
「ん? 顔色が悪いみたいだけど、お前大丈夫か?」
「……旦那様。いえ、ご心配おかけして申し訳ございません。ただ少々、悪寒を感じまして」
「悪寒? お前がか?」
「……、旦那様、それはどういう意味でしょうか? 何やらただ今の旦那様の発言に不穏当な意味合いが含まれていた気がしてならないのですが?」
「いや、別に他意とか悪意があったわけじゃないんだけどさ、ただお前が悪寒を感じるなんて珍しいな、って思っただけだぞ」
「そうですか」
「ああ」
「どうせ旦那様にとって私など、日常で女の子らしく何かを怖がるようなこともない、ただ都合の良いだけの鉄の女と言うことで御座いますね」
「誰もそこまで言ってないだろ」
「……アイアンメイド」
「ん? なんだ、もしかしてお前、そのフレーズ気に入った?」
「いえ、そのような事は断じて御座いません。旦那様が実はレム・ザ・へたれキングの称号を挽回したいと考えている、と言うほどにあり得ません」
「つまり、気に入ったと」
「何をどうとればそのような珍妙奇怪不名誉極まりない回答になるのか、心の底より旦那様の思考過程の正常さ加減を疑います」
「どう考えたってそうなるだろうが。俺がへたれキングとか、そんなふざけた事が全世界的に広がってるのは元はと言えば全部お前の所為だぞ。んな名前は要らん。……後な、今更だけど“挽回”じゃなくて“返上”だろう、お前が言いたいのは」
「それは承知しておりました。旦那様が実はへたれキングの称号を気に入っているという憐れな事実を踏まえた上で、敢えて“挽回”と言わせて頂きました」
「……なら聞かせてもらおうか。へたれキングを挽回して、それで俺は一体何を得られると?」
「世界一のへたれであるという称号が得られます!」
「……いらねぇ」
「確かにそうですね。今更確かめるまでもない事実ですから」
「俺は! へたれじゃない!!」
「……、そうですね」
「……、ふー。今思ったけど、言葉って便利だよな」
「急に如何されました?」
「いやな、“言外”って言葉があるくらいに、言葉ってのは言って良し、黙っててもいろんな意味合いを伝える事が出来るんだな、って思ってな。たとえばお前の意味有り気な、微妙な沈黙とかなっ!」
「いえ、お褒め頂く程の事でも御座いません」
「ああそうだね、お前にとっては確かに朝飯前な技術だろうね。毎日毎日……言外に俺をバカにしたり詰ったり、俺の品位を貶めたりその他色々とっ、本当に良く思いつくよなってくらいっ!」
「……ふむ、ただいま言葉の難しさを実感いたしました。旦那様には私の愛の形は伝わっていない、と」
「愛とかを俺に伝えたいならもっとストレートにやれ」
「愛しております、旦那様」
「……わー、どうしてだろうな? 何かしらの裏があるように感じるぞ」
「私にどうしろと」
「日頃のお前の行いの所為だ。正当な評価だと思って素直に受け取っておけ」
「実に素直な私に対して、非常に不当な評価では御座いますが……ソコは旦那様クォリティーと言う奴ですか。旦那様が旦那様であるのならばこの程度の在りもしない事実を歪めてまるで初めからヒトをコケにしているような真実を捏造する事など造作も御座いませんか」
「多分、俺は実に素直にお前の事を評価していると思う」
「それを旦那様に理解していただくというのもあまりに酷な話と言うものですか」
「……まるで俺の言い分を聞いてないな」
「聞くに堪えませんので」
「おーい、仮にもお前の旦那様のお言葉だぞー? それを聞くに堪えないとかって何だ」
「つい本音が」
「なお悪いわっ!!」
「……いえ、今のは場を和ませるための軽い冗談です。あまり本気に取られぬよう、旦那様」
「うん、和むとかとは真逆の方向にいったな、間違いなく」
「旦那様は冗談のセンスがないです」
「お・ま・え・にっ! 言われたくはねぇよ!!」
「確かに私に冗談のセンスは御座いませんが、私が笑えと言えば皆様笑ってくださいます」
「……それはもしかしなくても脅迫か?」
「いいえ?」
「冗談だとしても笑えないな」
「冗談ではありませんが?」
「……尚更、性質悪ぃ」
「旦那様譲りですので♪」
「……」
「……」
「……しっかし、お前も器用だよな。無表情のまま、声だけ弾ませるとか。一体どんな服芸だって感じだよ、本当に」
「へそで茶を沸かせます」
「へ?」
「旦那様が」
「って俺かよ!? 確かにへそで茶を沸かすとか、服芸だろうけどさ。……いや、そもそもへそじゃなくて空中とかでも沸かせるだろ、お前の場合」
「軽いですね」
「だろうな。……そう言えばお前さ」
「はい?」
「悪寒がしてたとか言ってたけど、結局どうなったんだ? 何か悪寒がする心当たりとかは?」
「強いて言うならば旦那様がお傍にいる事でしょうか」
「いや。この際、冗談とかぬかして、真面目な話」
「私は真面目に答えましたよ?」
「だーかーら、真面目な話だって言ってるだろう!?」
「……、旦那様、本当に、私は至って真面目にお答えいたしましたが?」
「……えーと、うん、俺の所為?」
「はい」
「どういうこと?」
「全てのトラブルの原因は須らく旦那様であると、決まっているではありませんか」
「いや、そんな事は――」
「御座いましょうとも。私自身も含めて、……このような言い方、旦那様は厭われるでしょうが――【全ての出来事の元凶】たるお方?」
「……そんな、全部が全部俺の所為ってのにされても困るんだけどな」
「存じております」
「……まぁ、何だ。でもよ、俺のせいだって言うのなら俺が守ってやるさ――あの“なんちゃって♪”存在の手前もあるしな」
「――……はい、旦那様」
リンリンと。
しんしんと。
愚痴ノート選抜
『旦那様が私の事を抱きしめてくれた』(←過去)
『爆発で吹き飛んだレム君が向かった先にたまたまメイドさんが!?』(←事実)