ど-339. 微風が吹いたら
春一番……とかではない。
「ぉ、風……か」
「今のは心地の良い風でしたね、旦那様?」
「ああ、そうだな。何つーか、心を洗われるって言うのか、心が和ぐみたいな良い微風だったな」
「はい」
「お、また――」
「――」
「んー、ここは良い場所だな。小高い丘、見渡す限りの花畑で、それ以外は何もない。おまけにいい感じの風が吹く」
「はい。それにこの場所は確か……時期が時期ならば雪原になっているはずです」
「へぇ、そうなのか」
「はい。街からもそれほど遠い場所では御座いませんし、周囲に危険な動植物も野生してはいませんから、一種の穴場というものですね」
「まぁ、何にせよこういう場所があるのはいいことだ。日ごろの疲れが癒される感じがするぜ」
「心が洗われます」
「……」
「? その様に私を見つめられて、如何なさいましたか、旦那様?」
「いや、心が洗われるって、」
「如何に完璧たる私でも旦那様の様な旦那様のお傍にいる限り日頃から溜まっているモノが存在しているという事です」
「いや、そういう事じゃなくてだな」
「?」
「お前の心が洗われれば、少しは今よりもマシな態度になるのかなー、とか思ってな」
「今のままでも十二分に勤勉な態度では御座いませんか」
「何処が、と突っ込みを入れたくなる科白だな、それは」
「私の勤勉さが理解できておられないとは、旦那様であるならば致し方ない事ではあるとは思いますが……旦那様の方こそ心が洗われる事でもう少しは正常になりませんか?」
「俺は至って正常だ」
「私も、旦那様にご指摘を受けるほどではないとと心得ます」
「……」
「……」
「……はー、まあ、何だ。せっかくこんないい感じの所に居るんだし、何もこんな場所でいがみ合う必要もないか」
「そうで御座いますね。最もいがみ合っていると感じているのは旦那様お一人だけで御座いますが」
「言ってろ」
「ですが確かに、このようにゆったりとした場所で余計な事をするのもまた風流に欠けると言うモノ。此処は旦那様のご提案に乗っておきましょう」
「ごちゃごちゃ言わずに始めっからそう言っていろよな」
「はい、旦那様。では次の機会にはそのように」
「……まぁ、あれだ。今はもう少しだけ――この場所でのんびりするとするか」
「はい」
ムラマサさんの亡霊は怖いものです。
ムラマサさーん、呪わないでいてあげて〜。
愚痴ノート選抜
『時々見せる気遣いとか優しさとか、時々言い様もないほどに腹立たしく思えてくるときがある。
何だってあのヒトはこうもずるいのか』