ど-337. 希望は胸にある
胸、と書いてココと読む。
……希望はココにある。
「……はぁぁぁ、何かもう、希望がなくなった」
「希望など、お持ちになっておられたのですか!?」
「何故そこまで驚く必要がある?」
「いえ、ここはオーバーリアクションを取るべきかと思い実行してみましたが、今一でしたか」
「ああ、そうだな。思いっきり滑ったよ、お前」
「日夜話題で滑らない事のない旦那様ほどでは御座いません」
「え、俺ってそんなに滑ってるの?」
「突拍子及び卑劣卑猥極まりない旦那様の話題についていけるのは私くらいのものでしょうが、ご心配には及びません。私は旦那様を決して見捨てませんので!」
「力んでるところ悪いけど、それって力むところが違ってるよな。つーか、流石に誰の相手もされないほどに滑ってはいないと思うぞ、俺は」
「旦那様ならば可能であるとこの私、固く信じております」
「それは信じなくてもいい」
「そうですか。では信じない事に致します」
「ああ、そうしてくれ」
「旦那様の相手が出来るのは私だけ、と。中々に褒め殺しの科白をお言いになられます、旦那様」
「そんな事を言った覚えは一切ない」
「ぬか喜びとは……ひどい扱いです。ですが私はめげませんともっ」
「……やー、何でそこで俺が悪い、みたいな感じになってるんだ?」
「旦那様が悪いのはもはや常識であると申し上げているでは御座いませんか」
「そう言えばいつか、そんな事もほざいてやがったな」
「はい、ほざいてしまいました♪」
「何無駄に声弾ませてるんだよ」
「無駄などでは御座いません」
「もう平坦に戻ってるし。んで、何がどう無駄じゃないって?」
「旦那様のご気分を害する事に成功したと、お見受けしておりますが間違っておりますか?」
「間違ってない、間違ってないな、確かにっ」
「では功を奏した、という事で私は満足です」
「今のお前の話を聞いて俺は酷く不満なのだが?」
「まあ、それは大変に御座います。御不満を持つのは今さら手遅れではありますが、お身体に宜しくないかと。余りため込まないコトをお勧めいたします」
「誰の所為で不満とかストレスがたまってると思ってるんだ、よ!?」
「不覚にもまるで私の所為の様な言い方に聞こえてしまいました」
「不覚じゃねえよ。つかほぼ全部、少なく見積もっても九割九分はお前の所為だよ」
「……ぽ」
「いやいや待て待て、その反応はどう考えてもおかしいだろう? 何頬赤らめた演技をしてやがりますか?」
「旦那様のお考えの九割九分も私に対する想いで埋まっているなど……そのような真っ直ぐな告白をされたのは私も初めてです」
「あー、そうですねー。なら今度はそれがマイナス方向の感情じゃないように頑張ろうな―?」
「愛と憎は表裏一体、同じものであるとも言いますが?」
「そりゃ違う。明確に違う、絶対的に違う」
「果してそうでしょうか?」
「ああ、誰が何と言おうと、違う。俺に憎いやつは両手で数えるほどいるが、そいつらの事を愛の真逆とはいえそれほど想っていると? ――んな事、考えただけでも虫唾が走る。そもそも考える事もする気はねぇ」
「大丈夫です、旦那様っ」
「だから、何が大丈夫なんだよ?」
「いえ判っておりますとも。旦那様の私に対する思いはほのかに甘酸っぱい、初恋の想い出? ……そのような事は他所でやってくださると大変ありがたいのですが?」
「いや待てよお前! お前の方から言い出しておいて即放り投げるって余りにも酷くないか?」
「これで旦那様の私に対する秘めた思いの程が証明されてしまいました。嬉し恥ずかし、です」
「なんでそうなるの!?」
「……哀し憎し、です」
「いや、だからっ!! ……つーか、俺は一体何を一人でギャーギャーと騒いでるんだろうな」
「旦那様の頭がおかしいのは元よりですので、何も今更に心配される必要はないのでは?」
「あぁそうですねー」
「……最近旦那様が会話を流される事を覚えてしまいました。――非常に悪い兆しです」
「悪くないっての。俺もようやくまともに生きていけるようなスキルを身につけたってだけの話だ。……じゃ、なくてだな。そもそも、」
「そう言えば旦那様、生きる希望を無くしたと仰られていましたが如何されたのですか?」
「誰も其処までは言ってない。ただ希望がなくなった、と言っただけだ」
「旦那様の希望とはあれですか、ただいま巷で人気の『下僕一号様お色気大全集ver.75〜今日は湖のと・り・こ♪〜』で御座いますか」
「違ぇ。第一そのシリーズはシャトゥから一通り送られてきたんで全部持ってるぞ」
「私が全て焼却処分いたしましたが?」
「あ、そう。まあ、別に俺としてはどうでもいいんだが」
「旦那様としては驚くべき事に全て未開読でした」
「いや、あんなモノに興味はないし。どうせファイの日頃の失敗とかその他爆笑集が乗ってるだけだろう?」
「……ファイ様が余りに哀れでしたので私の独断で燃やさせて頂きました」
「そうしろそうそろ」
「所で旦那様、では希望がなくなった、というのはどのような事なので? そう言えば何かお買いになられていたご様子でしたが……」
「ああ、これをちょっと、な」
「……拝見させて頂いてもよろしいので?」
「ああ、良いぞ。つーか、俺にはどうでもいい代物だしな」
「旦那様にはどうでも……、これは?」
「んー、露店で見つけた。ニセ乳、偽パイだそうだぞ。ああ、これを見た瞬間俺は思ったね、この世界も終わったな、と。夢も希望もありゃしない。胸の大きさを偽って楽しいか! そんなに楽しいのかっ!?」
「さて、私には必要のないものですので、分かりかねますが」
「…………まあ、実は割とどうでもいい事だったりするんだけど、ついにこんなものまで造られるようになったかー、と少しだけ感慨深かった」
「成程、そうでしたか」
「ああ」
別に深い意味はありません。偽パイがどうこう言うつもりも御座いません。
ほんとですよー?
愚痴ノート選抜
『夜、あのヒトの部屋に行くとまだ灯りが漏れていた。
徹夜、するならするで声をかけてくれればいいのに、相変わらず水臭いヒト。
なんて思った私が愚かでした。
事もあろうに、料理部の子(名前は伏せます)を連れ込んで、まさかあんなコト〜〜×××
食材の種類を教えるのなら、気軽に私もお誘いくだされば良かったのに』