ど-336. 闇に乗じて……
獲物を狩る
「――む!? そこかぁ!!」
「!」
「……で、やっぱりお前なのね」
「流石は私の旦那様。腐っていても、ヘドロでもどろどろでも旦那様は旦那様という事ですか」
「俺は腐ってもないしヘドロにもなってない。んで、一体何をしてるのか、聞かせてもらおうか」
「闇に乗じて旦那様をお試しさせて頂きました」
「ほー、俺を試す、ね。そう言うのを世間じゃどういうのか知ってるか?」
「闇討ちですか?」
「ああ、そうだな、その通りだな。……遂に俺の命を取りに来やがったか」
「その様な事、」
「ないわけないよな。気配を完全に消して、背後からの奇襲。おまけに手には獲物まで持ってると、これで言い訳が通ると思うか?」
「いつも通りでは御座いませんか」
「……あれ、そう言われればそうだな。お前が気配を消すのも、奇襲してくるのも、おまけに偶にナイフとか物騒なモノを俺に向けてくるのも、……なんだ、考えてみればいつもと変わりないじゃないか」
「そうでしょうとも。なので旦那様の御命を狙うなどという不届きな真似、この私がしようはずも御座いません」
「そうだよなー、お前はそう言う事を言って、よく俺の命を危険にさらしてるわけだよな」
「私は旦那様を信じておりますので。そして旦那様はその私めの信頼に全て、応えて下さっております」
「その信頼って奴は一つでも応えないと命がなくなるような代物なのか?」
「その様な事は御座いませんが?」
「いやいや、十二分にあると思うぞ。……今までの経緯とか、経験を考えるとさ」
「そうでしたか?」
「そうでしたか、って思い出してみれば解る事だろうが。まさか記憶力のいいお前が忘れたとかいう事はないんだろう?」
「はい、忘れてはおりませんがしかし」
「しかし?」
「私の記憶が正しければ、旦那様は自ら進んで命が危険な方へ向かわれている気がいたしますが?」
「そんな事ないぞ」
「そうでしょうか?」
「当然だ。誰だって命は惜しいからな」
「まさか! そのようなお言葉を旦那様の口から聞く日が来ようとは――!!」
「いや待て、それじゃあ俺は一体どんな奴なんだっての。俺はそこまでホイホイと自分の命を捨てるような事はしないぞ」
「ええ、そうでしょうね。ですが、危険に飛び込むことと命を捨てる事は大いに異なっていると思われますが?」
「まあ、その通りだな」
「私はあくまで旦那様は危険に飛び込まれる、と申し上げたまでの事。旦那様がご自分の命を軽視しているなど、考えた事も御座いません。が、しかし――」
「また“しかし”か? 今度は一体何なんだよ」
「旦那様に軽視するつもりがなくとも、お忘れになるということも時にはあるかもしれません」
「いや、ないだろ、普通に考えて」
「普通に考えれば、で御座いましょう?」
「……そうだな」
「ですので、この様に時折ご自身の命の危険を感じて頂き、命の大切さを再確認していただこう、というのが私の考えでして、」
「一歩間違えれば本当に死ぬけどな」
「そこはそう。先も申し上げましたが私は旦那様を信じておりますので」
「もう少し疑ったりしてくれると俺も嬉しいな、なんて思ったりして」
「私の旦那様への全面の信頼は揺らぐことなどありえません」
「それが揺らいでくれ――うお!?!?」
「……、旦那様の確保に成功しました。それと旦那様、御忠告差し上げますが、会話にばかり気を取られて足元を疎かにしていますと、掬われてしまいますよ、只今の様に」
メイドさんは旦那様の事だったら何でも知っています。
ちなみにどこかのストーカー級女神様も知っています。
愚痴ノート選抜
『湯浴みを共にして無関心とは慣れと言うのも恐ろしいものです。
むしろどうして震えていたのかが不思議でならない。
もっと、甘い言葉をくれてもいいのに』