ACT XX. スィーカット-3
これで中途半端なお終いです。
少々…いや、かなり不可解な事がある。
ここまで堂々と城の内部に侵入しているというのに今まで誰一人とも見かけすらしないとはどういう事か。
それにしても…
「よう、ご機嫌はどうだ、オオサマよ」
「…痴れ者が、何者だ?」
結局、王の間まで誰一人見かけなかったか。
「ボットナを知っているな。あいつの元ご主人様だ。あいつを返して貰いにきた」
「な、に…?」
王の顔色が変わる。一体どういう事だか我にも説明してもらえると助かるのだが…仕方ない。説明してもらえる雰囲気ではないしな。
それに、
「おい、気づいているのか?」
「あ、何がだ?」
今までと打って変わり、実に不機嫌そうな表情を向ける男。…囲まれている事に気づいていないのか?
正直材料が少なくて判断がつかない。
囲まれている奴らの数は……十は下らないな。
しかし、分からぬな。何故に自らの身を晒してまでこの男を態々王の間まで引き入れる必要があったのか。ここで待ち伏せするくらいならば道中で襲いかかってくれば良いものを。
「ボットナと言ったな、それは誰の事だ?」
「しらばくれる気か?」
「しらばくれるも何も知らぬものは知らぬ。それよりもお主、俺にそんな口をきいてただで済むと思っているのか?」
「…くっ」
男の肩が震えている。今更、事態を把握――いや、これは。
「くくく、ははははははっ。そうかそうか。あくまでとぼける気か。それにしても俺様に向かってただで済むかだって?それは俺の台詞だ。奴――あのクソ賢者から何も聞いていないのか?」
クソ賢者…?
「当然、聞いている。それにしてもあのお方に対してその物言い……聞いていた通りの痴れ者だな。たしか――レム、と言ったか」
「そうかそうか、ちゃんとあのクソ野郎に俺の事聞いてたか。それで、あいつは俺の事なんて言ってた?」
「銀髪の女は絶対に手を出すな、だがおまえを捕えて人質にすればよい、と仰られていたよ」
「なるほど。いかにもあいつらしいクソな手口だな。確かにこの俺を人質に捕れたら…あいつの事だ、実に素直に言う事を聞くだろうな。まあ、ありえない話だけどな。そもそも俺がどうして堂々とここまでこれたのか、想像くらい付かないのか?」
「――なに?」
「貴様の味方はもうこの部屋以外一人も残っていないぞ」
む?
この短時間に……成程。確かに言うとおり、あの娘たちの力、少々侮り過ぎていたか。いや、それともあの銀髪の娘の――
「…だとしても、だ。貴様をとらえれば全て終わりだ」
「はっ!!下らなねぇ、ゲスが。今生全て、貴様に許すのはひとつだけだ。俺の断罪を黙って受け入れろ」
「それはこちらの台詞――捕えろ!!」
陰に隠れていたものたちが一斉に現れる。中々のてだればかりだが我にとっては雑兵も同じ…。
「スィーカット」
「む?」
「手を出すなよ」
何を、と思ったがそう言われたのならば我に異存はない。別にこの男が捕まったとしても我に損害はないのだし、この男が手を出すなと言ったのだ、ならばどうなったところで銀髪の娘も悪くは言うまい。
それに本当にいざとなればこの男の言葉など無視して助け出してやればよいだけの事。
素直に後ろへと下がった。
我の見ている前で男は四肢を貫かれて、地面に押さえつけられ――、?
「――ほぅ」
なるほど、言うだけの事はある。
「ぐあああああああああああああああああああああ」
「はははっ、お前たち、何やっているんだ?」
『!?』
そこにいたのは、四肢を貫かれて地面に押し付けられているのは先ほどまで王の座に座っていたはずの者の姿だった。当然、苦痛に表情を歪ませている。
それが誰だかを悟った男たちは慌てて王の上から退くが、
今のは強制転移の魔術、か?
我が見えないほどの腕前……、いや、あれは魔具、か。僅かに魔力が漏れている。確かに魔具ならば予備動作は必要ないが、かなり高度な魔具だな、あれは。
…まああの銀髪の娘ならばこれほどの魔具を所持していてもおかしくはないか。あるいは単身でも作り出せるだろうからな。だが一方で、使いこなす奴も中々。
「なあ、オオサマよ?何を勘違いしてるのか知らないが、俺様は今かなり頭にきてるんだ。あのクソ賢者の差し金だって事もそうだし、何より俺の元所有物に手を出して、更には俺の所有物に手を出そうともしたんだ。ただで済むと思うなよ」
そう言った男は――王の座に足を組み、王の事を見下ろしていた。
この男も、我が想像していたよりは遥かにやるようだ。それとも我が低く見積もり過ぎていただけか。あの龍族に選ばれた、というのはだてではないという事だな。
「ぐぐ、きさ…」
「さて、と」
男が王座から体を起こす。…む?
「旦那様、申し訳ありません。お待たせいたしました」
「ああ――いや、ちょうどいい到着だ」
「ありがとうございます」
銀髪の娘が男の半歩後ろ隣に現われていた。
二人は周りの事など無視して話を進めだす。まあ、当然だな。あの銀髪の娘がいる限り危害は加わらぬだろうし、心配もする必要すらないだろうからな。この程度の雑魚相手では。
それに実力が分かる程度はあるのだろう。銀髪の娘が現われて以来、奴らも静かなものだ。最も、あの銀髪の娘が威圧しているというのもあるのだろうがな。
「ボットナは?」
「只今、ミーシャ様が保護なさっております」
「そうか。――――無事か?」
「外傷は私が責任を持って全て治療しておきました。ただ精神的な方に至っては……申し訳ございません。後ほど旦那様のお力を少々お借りしてもよろしいでしょうか?」
「…そうか、分かった。下がっていいぞ」
っ!?
何だ、今の寒気は?誰から…
「――旦那様」
「何だ?もうお前は下がっていいぞ」
「旦那様、どうかご無理だけは」
「下がれ」
「ですが」
「分かってる、ああ分かってるさ。俺は努めて冷静だよ。あのクソ賢者が関わっているからって草々ブチ切れて堪るかよ」
「旦那様。お願いですからどうか、どうか、ご自愛を」
…いや、その物言いからして十分に冷静さを欠いていると我は見るのだが?
それにしても、だ。何故に銀髪の娘がここまで必死なのかがよく分からない。それともあの男が使う力が何かあの男自身の命と関わりがあるのか?たとえば自分の命をすり減らして用いる禁呪である、とか。
「……、はぁ。分かったよ。少し落ち着く。ちゃんと分別もつける。事情を知らない奴らには手加減もする。それでいいか?」
「はい。それでこそ私の旦那様でございます」
「――ただ、他の奴らには一切の慈悲は抜きだ。これだけは譲らない」
「はい。いいえ、旦那様。旦那様が実行せねば代わりに私が実行いたしますので。旦那様のお怒りは私の怒りも同然です」
「…そうだったな。ああ、もういいぞお前は…お前たちはもう戻れ。これ以上は居る必要がない」
「まことに遺憾ながらもう一度だけお聞きいたします。旦那様は今冷静であられますね?」
「ああ、問題ない」
「ならば――了承いたしました。旦那様の御心、すべてお受けいたします。では、スィーカット様?」
む?
ようやく会話が終わったと思えば、何だ。もしかして我ももう戻れと言うのか。と言うよりも我は結局何もしてないぞ?
「この男を残す気か?……正気か?」
「はい、スィーカット様には感謝のほどもございません。旦那様のお傍にいてくださりありがとうございました。おかげで旦那様もご自重なされた様子ですし」
自重…いつの事だ?
それに、まだ周りの兵たちを無力化もしていないのに?
…まあ、先ほどの魔具の所持を考えれば確かにこの程度の相手なら問題はなさそうであるが。
「ふむ、主がそう言うのであれば、問題ないか」
「では――。旦那様、先に戻っておりますので、お帰りは如何程で?」
「明日には戻る」
「了解いたしました。では明日、心よりお待ちしております、旦那様」
と、言って銀髪の娘は有無も言わさず我の手を――
気づいたら元の部屋に戻っていた。
「…ふむ」
一人にしたミミルッポが心配だ。早く行かねばな。
少しではあるが今の人間たちの様子や実力も観察できたしな。時間を考えればまずまずの成果か。
「さ、ようやく俺様以外誰も居なくなったな。これで周りを一切気にせず、遠慮なくやれるって訳だ。オオサマたちよ、てめぇら他の奴みたいに自覚もないままぐっすりと眠らせるだけじゃ、済ます気はないぜ。覚悟はいいな、屑ども――?」
さて、オオサマ達の最後はどうなったでしょうね?
ちなみにレムくんは別に国取りなんてしてません。彼は一国の主になる気はまるでないので。